10円わらしべ長者の結末   作:キョクアジサシ

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第4話

「すみません、あたし『交換品』になるもの何も持ってないです……」

 

 窓の外の陽は落ちて、夜の帳が空を包む頃。

 ラジオ収録の仕事を終え、リビングに姿を見せた果穂がしょんぼりと肩を落とした。

 そう言えばこの後、ご両親が迎えに来る予定だっけ、と俺は思いながら慌ててフォローする。

 

「き、気にしなくていいって。そもそもが偶然から始まった話だったんだし……!」

「でも甜花さんの缶バッジ、あたしもらっちゃいました……」

 

 申し訳なさそうな声で、果穂は手の平にある缶バッジへ視線を落とす。

 事情を説明しながら俺があげたものだが、返すものがないと落ち込むのは果穂の性格だな、と思う。

 すると羽那とはるきも横に来て、果穂へ声をかけた。

 

「果穂ちゃん、あたしもプロデューサーの言う通り、気にしなくていいと思うよ?」

「そうそう~、最後に果穂ちゃんが幸運を手にしてハッピーエンド! の物語だったんだよ~」

 

 そんな声を聞きながらソファーの方を見ると、透は透で缶バッジを、じっと見つめている。

 何か言えることがあれば、という雰囲気だが正直、俺もはるきと同意見だ。

 これで終わりなら、それはそれでいい。

 ハッピーエンドという言葉を選んでくれるあたり、さすがはるきだな、とも。

 そして俺は気晴らしになればとテレビを点けながら、問う。

 

「果穂、ご両親が来るまで時間もあるから、何か暖かいものでも飲もう。何がいい?」

「えっ、でも」

 

 更に恐縮する果穂に、俺は親指を立てて笑って見せた。

 

「今日の仕事は早めに終わって、元気が余ってるんだ。もうちょっと何かさせてくれ」

「は……はいっ。じゃ、じゃあ、ホットミルクが飲みたいです!」

「ん、了解。透達は何がいい?」

 

 透がコーヒー、羽那、はるきはストレートティーをリクエストし、俺はキッチンへ引っ込む。

 ケトルでお湯を沸かし、粉末タイプのコーヒーと紅茶を選んでいると背後に気配を感じ、俺は振り向いた。

 

「……羽那?」

「プロデューサー、今、ちょっといい?」

 

 意外な人影に、俺は内心で驚きつつ、「あ、ああ」と頷く。

 

「どうしたんだ? 果穂、まだ落ち込んでるとか?」

「あ、ううん、果穂ちゃんはもう大丈夫みたい。聞きたいのは個人的なこと」

「個人的なこと?」

 

 予想外の言葉に俺は首を傾げ、羽那は一度リビングへ視線を向けた後、改めてこちらを見た。

 

「その……浅倉、さんのこと」

「透の?」

 

 思わず、どきんと胸が緊張で高鳴る。

 さっきの会話を聞かれていたということはないと思うけど、タイミングがタイミングだ。

 

「えっと、怒ってない……よね? 浅倉さん」

「怒る? 透が?」

 

 二度目の予想外の言葉に、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

 

「もーっ、プロデューサー、大きな声出さないでよー」

「す、すまん。でも透は平常運転だし、びっくりして……」

「平常、運転……?」

「ああ、普段通り。まあ、ちょっと思うところもあるみたいだけど、怒るってほどじゃないし」

 

 俺の返答に羽那は、「そっかー」と安心したような、でも割り切れてもいないような微妙な笑みを覗かせた。

 普段見せないリアクションだったが、俺は敢えて視線を逸らし、戸棚へ手を伸ばしながら問う。

 

「……どうしてそう思ったんだ? 確かに透って口数は少ないけど、滅多に怒ったりしないぞ?」

「あ、うん……。それは――」

 

 羽那は一瞬言いよどんだ後、決意を固める様に息を吸い、再び口を開く。

 だが次の瞬間、

 

「思いつきましたー!」

 

 という元気いっぱいな果穂の声がリビングに響き、羽那の言葉が引っ込んでしまう。

 そして状況が飲み込めないまま、

 

「……行こっか、プロデューサー」

 

 という羽那の促しのまま、俺達はリビングへ戻った。

 するとさっきまで肩を落としていた果穂が元気満々の表情で瞳を輝かせており、傍の透とはるきも、「なるほど」という表情を浮かべている。

 俺と羽那は一度顔を見合わせた後、問いを投げかけた。

 

「ええと、透、どうしたんだ?」

 

 透はその疑問に言葉で答えず、どこか得意げな表情で親指と人差し指を唇へ寄せ、「ピーッ」と軽く鳴らして見せた。

 それに続いてご機嫌な様子の果穂が嬉しそうに、

 

「はーいっ、ご要望は何でしょう? 透さん!」

 

 と大きく手を振る。

 やがて、状況が飲み込めないままの俺と羽那にはるきが説明した。

 

「見ての通り、指笛です。これが果穂ちゃんの、『交換品』になりますね~」

「す、すまん、はるき。なんで指笛が、『交換品』になるんだ?」

 

 すると何かに気付いたらしい羽那が、「あはっ」と笑顔を輝かせて頷く。

 

「そっかー。ジャスティスV第26話、『さらば友よ、指笛の誓い』だね?」

「そうです! も、もしかして、羽那さんも見てたんですか!?」

「うん! 結構SNSでも話題になった回だし。……ラストシーン、違う道を選んで背を向けた友人にジャスティスレッドが、『ピンチになったら指笛を吹いて俺を呼べ。どこにいても助けに行く』って決め台詞がカッコよくて!」

「~~~! 羽那さん、今度お時間ありませんか!? ゆっくり話したいです!」

「あはっ、いいよ~。熱い話になりそうだね?」

「はいっ!」

 

 思わぬところで同好の士を見付け、興奮する果穂の傍らで、俺は何とか状況を理解する。

 つまり、『デビ太郎缶バッジ』の代わりに『指笛』を、というのが果穂の提案のようだ。

 これもまた果穂らしいというか、釣り合ってないものをもらってしまった気持ちになるが、ここで断るのは無粋というものだろう。

 そしてソファーに座っていた透が、「ふふっ」と果穂へ笑いかける。

 

「じゃ、頼りにしてるから、果穂ちゃん。助けに来てね、ピンチになったら」

「はいっ、みなさんがどこにいてもあたしが駆け付けます!」

 

 その元気いっぱいの返答に、羽那とはるきも頬を緩ませて頷いた。

 

「あはっ、頼もしいボディーガードができちゃったかな?」

「ふふ~、果穂ちゃん。指笛、練習しておくからね~?」

 

 そして俺も勢いのまま、果穂へ笑い返した。

 

「俺も何かとピンチの多い日々を送ってるからな。……いざという時、背中は任せたぞ?」

「はいっ! みなさんの期待にこたえられるよう、頑張ります!」

 

 そう宣言してジャスティスVの決めポーズを取った時、果穂のスマホが鳴った。

 どうやら、ご両親が事務所前まで着いたらしい。

 

「では、あたしはここで! 羽那さん、今度お話ししましょうね!」

 

 そして高揚の余熱を残し、果穂がリビングを出て行った後、俺達は何とはなしに視線を合わせて、笑った。

 

「ふふっ。果穂ちゃん、さすが」

「あはっ、なんだか身体が熱くなっちゃったね~!」

「でも、余韻が気持ちいいです。この感情を何かで表現できないかなぁ……!」

 

 それぞれに今の心境を語り、心地いい熱に浸る。

 10円、ミルクティー、デビ太郎缶バッジ、そして指笛で10円わらしべ長者の結末はついた。

 俺は親指と人差し指を唇に寄せ、笛を鳴らそうとするが、「スーッ」という空気が抜ける音しか出ない。

 どうやらそれなりの練習が必要なようだが、

 

「最後に貰ったのは、『正義の心』って感じだもんな。……うん、カッコいい音で呼べる様に練習しないと」

 

 と呟く。

 するとそれを聞いていた三人は目を丸くした後、揃って吹き出したので何だか恥ずかしい気分になってしまった。

 

「な、なんだよ、笑わなくてもいいじゃないか。大人になったら忘れがちになるし、大事なことだ」

「ふふっ……だね。カッコ悪いところは見せられないから、助けに来た果穂ちゃんに」

「あはっ、やっぱりプロデューサーって優しいね。だからかな、283プロの雰囲気がこうなのって」

「そうかも~。『正義の心』、わたしもいいと思います~」

 

 嬉しいような恥ずかしいようないじりに、俺は思わず顔を逸らしてしまう。

 そして少しの間、さざ波のような笑い声がリビングに響く。

 そんな中、俺は羽那がつけっぱなしになっていたテレビへ、ずっと視線を向けていることに気付いた。

 

「どうした、羽那?」

「え? あ、うん。さっきも言ったけど、283プロの雰囲気ってこうだったなーって」

「?」

 

 要領を得ない解答に俺が首を傾げると、羽那はテレビから視線をこちらへ向け、続ける。

 

「ほら、あたしって高校卒業までデビューを待ってもらってたでしょ? だからこそ分かっちゃうっていうか」

 

 羽那の指摘にはるきも頷いた。

 

「わ、わたしもそう感じること、あります。283プロの空気感っていうか。新人だからかもですけど……」

「それと、あたしにも待ってる時間はあったから」

「待つ?」

「うん、デビューを待ちながら、テレビや動画で283プロの人を見てた。そこで浅倉さんのことも知って、その……」

 

 羽那はわずかに口ごもったが、やがて意を決したように本音を言葉にする。

 

「クールでミステリアスな人なのかなー……? って」

 

 そこで俺と透の、「え」という声がかぶる。

 同時にキッチンでの羽那の、

 

『えっと、怒ってない……よね? 浅倉さん』

 

 という発言が蘇り、その真意をようやく理解した。

 確かに、CMや新施設のイメージキャラクターでだけ透を知っていたら、そういう印象を持ってしまうかもしれない。

 『年上の後輩』を意識する透と、『クールでミステリアスな先輩』を意識する羽那。

 今日、このリビングで起こったすれ違いは、それが原因だったのだ。

 

「羽那、それは――」

 

 誤解だ、と俺が告げようとするが、羽那は首を左右に振り、

 

「ごめん、プロデューサー。もう少しだけ……話させて?」

 

 とどこか密やかに告げたので、俺は口を閉じる。

 そして夜空の星々が奇妙な静寂でリビングを包んだ頃、羽那は再びテレビを見ながら話し始めた。

 

「テレビやネットには浅倉さんだけじゃなくて、みんながいた。あたしもそこへ行くんだって思いながらずっと見てたんだ、画面越しに……。とっても不思議な、一人の時間だった」

 

 過去を語る羽那の神妙な口調に、音のない雪のような静けさで透が問う。

 

「……苦手? 誰かを待つ時間は」

 

 それは不意のものだったから、羽那は少し驚いた様子を見せたものの、やがてゆっくりと首を左右に振って答えた。

 

「寂しい……って気持ちはあったと思います。でも、その時あたしが見ていた世界は――」

 

 そして羽那は瞳を閉じ、左胸に右手を寄せる。

 

「忘れたりなんかしない、あたしだけの宝物……。だから待つのは」

 

 そしてゆっくりとまぶたを開き、羽那は穏やかに微笑んだ。

 

「得意じゃないけど……あたしにとって、大切な時間です」

「――」

 

 透がその言葉に何を感じ取り、何を想ったのか、俺には分からない。

 羽那の隣にいるはるきも、戸惑いを隠せず目を瞬かせている。

 けど、透と羽那、二人の間で通じる何かができていく雰囲気を、俺は感じ取っていた。

 やがて、ずっと薄く張られていた緊張の糸が、いつの間にか切れていることに気付く。

 それは羽那も同じだったらしく、

 

「あはっ、以上、突然の少し恥ずかしい思い出話でしたー。急に喋っちゃってごめんなさい、浅倉さん」

 

 と、普段の調子でおどけて見せた。

 そしてそんな羽那に、透もいつもの自然体で答える。

 

「ふふっ、全然。待つのは得意じゃないから、私も」

「浅倉さんも、ですか?」

「いいよ、普通で。……呼ぶから、羽那って」

 

 そうして、初めて真っ直ぐ目を見て向けられた透の言葉に、羽那は嬉しそうな笑顔で頷いた。

 

「うんっ! じゃあ、あたしも透ちゃんでいい?」

「オッケー。私もしてるし、呼び捨て」

 

 最後に二人はそう告げ、笑い合う。

 その光景を目にしながら俺は、これでようやく今日という日の幕が下りたんだな、という実感を抱く。

 状況を飲み込めないはるきはキョロキョロしていて、正直なところ気持ちは俺も同じだが、深く追求する必要はないんだろう。

 だからこれが本当の、10円わらしべ長者の結末。

 ささいなことから始まり、交換を重ね、幸福を得た小さく密やかな物語だ。

 

「ところでさ、透ちゃんは初めての撮影って、どうだった? あたしはすっごく大変でー」

「え? あー……。終わってた、息してたら」

「えーっ!? 参考にならないよー。透ちゃんの写真、結構見て来たのにー」

「ふふっ、メイド服とか着させられるかも、その内」

「メイド服!?」

「あー……それと始末書?」

「えーっ、透ちゃん、なにやったの!?」

 

 ……とはいえ。

 俺は遠目に二人のやり取りを見ながら、とある予感に軽い頭痛を覚え始めていた。

 やがて、それを感じ取ったらしいはるきが横に来て、困ったように苦笑しながら眉を八の字にした。

 

「プロデューサーさん。ちょっと思ったんですけど、あの二人を引き合わせたのはいろいろ危険だったのでは……?」

「ストップ、はるき! みなまで言うな! それ以上はダメだ!」

「業界の方が気付かないとも思えませんし、近い内に二人当てのオファーが来るとか……。本当の10円わらしべ長者の結末って、もしかして……?」

「だからストップだって! そういうことは言葉にすると現実に――」

 

 そして、慌ててはるきの発言を遮ろうとした時、デスクに置いてあったスマホが、「ピピッ」と着信音を鳴らし、俺とはるきは同時に振り返ったのだった――。

 

 

 

                         10円わらしべ長者の結末 完

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