終戦から数日後のある日。浩一は家から少し離れた闇市で炊き出しの雑炊を食べていた。寒くて冷えるこの時期の雑炊は彼の冷えた体を温めている。
商店主「このコソ泥が!!」
女「どいて!!どいてどいて!!」
その時、遠くから商店主の男の怒号と逃げる女の声が聞こえた。3人の商店主の男が逃げる女を追っている。
商店主「そいつ捕まえてくれ!!」
逃げる女に浩一が立ち塞ぐ。
女「ハッ・・・」
立ち塞ぐ浩一を見て、女は思わず。
女「お願い!」
浩一「え!?」
抱えてる赤い風呂敷に包まれた何かを浩一に手渡し、すぐに走り去った。
商店主「待てコラー!!」
店員「待てコラー!!」
逃げ去った女を商店主と店員の3人が追い掛ける。
浩一「?」
逃げ去った女を見た後、赤い風呂敷に包まれた何かを見た。
赤ん坊「・・・・」
それは、生まれたばかりの小さな赤ん坊だった。
浩一「え・・・!?」
突然赤ん坊をお願いされ、浩一が困惑していると。
ゲント「浩一、どうしたんだ?」
そこにゲントがやって来た。今日の彼は、都内で身分証を貰いに行っていた。元の世界の身分証は使えないので、この時代の身分証を発行して貰ったのだ。
浩一「ゲントさん・・・これ・・・」
女に渡された赤ん坊をゲントに見せた。ゲントは赤ん坊を見て驚いた。
ゲント「赤ちゃん!?何で・・・!?」
近くのベンチに座り、先程の出来事をゲントに話した。
ゲント「じゃあその子は、闇市で万引きしたその人の子供って事か。」
浩一「どうしたら良いのか分からなくて・・・」
ゲント「その人は戻って来るのかな?」
浩一「さぁ・・・」
そう言うと浩一は、赤ん坊をベンチの上に置いた。
ゲント「おい、何してるんだ?」
浩一「あの人が戻って来ないからここに・・・」
ゲント「だからって、赤ちゃんを置き去りにするのか?」
赤ん坊「うう・・・」
浩一「・・・・」
ジッとこちらを見てる赤ん坊に浩一は、置き去りにせず抱えた。
仕方無く、女を探しに歩く2人。
ゲント「一体何処に居るんだ・・・?その人は。」
闇市を抜け脇道に入った時。
女「お兄さん!!」
先程の女が物陰から飛び出して浩一に声を掛けた。
浩一「ハァ・・・やっとですか。」
女「お兄さんが悪いんだよ。あんな場所に居座ってたら迎えに行ける訳ないでしょ。」
ゲント「この人がさっきの?」
浩一「ええ。ずっと見張ってたんですか?」
赤ん坊を女に返した。
女「いつ動くかって痺れ切らしたよ。ねー。お腹空いたよねー。」
赤ん坊をあやす女。
ゲント「まあ再会出来て良かった。じゃ、俺達はこれで。」
2人が去ろうとしたが、女が呼び止めた。
女「何でこの子を置き去りにしなかったの?ねえ!」
浩一「あんな所に置いて行ける訳ないでしょう。」
女「へー。へ〜?」
そう言うと、女はゲントと浩一に付いて行く。
浩一「付いて来ないで下さい!」
女「こんなとこ放っといたら、私もこの子も死んでしまいますよ?」
浩一「知りませんよ!」
ゲント「まあまあ浩一。こうなった分はしょうがない。」
その夜。女は赤ん坊と連れてゲントと浩一が共同生活するバラック前にお邪魔し、浩一から借りた鍋を使って握り飯を崩した重湯を作っていた。
浩一「それ終わったら帰って貰えますよね?」
女「怖いねー。このお兄さん人手なしだね。」
ゲント「酷い言われようだな。」
浩一「旦那さんはどうしたんですか?兵隊に取られたんですか?」
女「私に夫が居るように見えます?」
浩一「え?」
ゲント「夫が居ない?じゃあその子は?」
女「どうでもいいでしょ。」
浩一「よかないですよ!!」
女はしばらく黙り、訳を話した。
女「空襲の時頼まれたの。死に掛けたこの子のお母さんに。」
ゲント「戦争孤児・・・?」
浩一「じゃあ、その子とは縁もゆかりも?」
女「だったら何?」
浩一「バカなんですか!?そんな赤ん坊連れて太平楽出来る身分じゃないでしょ!」
ゲント「何の計画も無し孤児を引き取るなんて、後々苦労するハメになりますよ!」
女「お兄さん達だってほっとけなかったでしょ?」
そう言うと女は出来た重湯を小皿に移してバラックに勝手に入って行った。
浩一「おい!」
バラックに入って居座る女。
浩一「名前は?」
女は赤ん坊のおくるみに施された縫い取りを見せた。赤ん坊の名前は明子。
ゲント「そっちじゃなく、君の名前です。」
女「典子。」
彼女の名は大石典子。
浩一「何でそんな成りしてるんですか?そんな浮浪児みたいな事しててもジリ貧でしょう?」
典子「
浩一「そんな顔されても・・・このご時世です!頼る所がないんだったら仕方ないでしょう?」
典子「・・・・・・」
浩一「親兄弟は?」
そう問われた典子は首を横に振った。
ゲント「あなたも家族を失ったんですね。」
典子「ええ・・・」
すると典子は、バラックに置かれた木箱の上に置かれた名札を見た。『敷島英一郎』と『敷島はる』と書かれた位牌だった。
典子「ご両親?」
浩一「・・・ええ。空襲でやられたようです。」
典子「あなたは?ご家族は居るんですか?」
ゲント「・・・俺も、家族は居ないんです。」
典子「・・・お兄さん達も私とおんなじね。」
彼女の家族も空襲で亡くしたようで、浩一の気持ちも分かった様子。
浩一「・・・・・・」
位牌の横に置かれてる油紙を見た浩一。
ゲント「え?」
浩一「?」
ゲントが典子を見て思わず声を上げ、浩一が典子に視線を戻すと、典子と明子が眠っている光景が映った。
浩一「え?おい、おいちょっ・・・君・・・ハァ・・・」
仕方無く今夜は典子と明子を寝かせてあげる事にした。
翌日。浩一が水を汲む為バケツを持ってバラックから出ると。
澄子「おーい!あの何さ?」
蹲ってる澄子に突然止められた。
浩一「あれって?」
澄子「惚けんじゃないよ。アンタが拾って来た親子だよ。あんなの拾って来てアンタ何様のつもりだい!」
浩一「いや・・・勝手に居着いてしまったんですよ。」
澄子「追い出さないなら拾ったも同然だろ。偽善者振ってさ〜。やだやだ。面倒はご免だよ。」
そう言われても浩一は聞き流し、水を汲みに行っが、澄子がまた呼び止めた。
澄子「あ。あの子、お乳はちゃんと出てんのかい?」
浩一「いや・・・あれは母親じゃなくてですね・・・」
澄子「どう言うこったい?」
事情を聞いた澄子が、浩一達のバラックにお邪魔して、明子の重湯を飲ませる。
澄子「ほほほほ。うん。うん。うん。」
その様子は、母親が自分の赤ん坊に接している様子に見えた。何時も浩一に突っ掛かって来る澄子の様子は微塵も無かった。
澄子「このままじゃ栄養失調で死んじまうよ。」
重湯を明子に飲ませた後、澄子は正座してる浩一と典子とゲントに目線を向ける。
澄子「ったく、育てられもしない子を拾って来るなんて。一体どう言う了見だい?」
典子「すみません。」
それに同情したのか、澄子は米が入った袋を出して、それを浩一に渡した。
澄子「アンタ達が食べんじゃないよ。大人は何食べたって生きていけんだからさ。この子の重湯作んのに使いな。」
米を渡した後、澄子はバラックから出た。
澄子「あーあ。とっときの白米がさ。迷惑だよ本当に。」
自分のバラックへ帰って行く澄子に、浩一と典子とゲントが頭を下げた。
ゲント(これが最初で最後の手助けになるのかもな・・・)
だがゲントの不安は杞憂に終わる事になる。
翌日以降、澄子は明子の子育てを積極的に手伝うようになった。そして典子に家事育児のノウハウを伝授してあげた。これが毎日続いたお陰か、澄子の笑顔が徐々に戻ってきた。浩一は澄子に家族を死なせてしまった事を謝罪した。同じく澄子も浩一にあの時怒りをぶつけた事を謝罪した。こうして2人のわだかまりが解け、元の近所付き合いの仲に修復された。
余談だが、澄子はゲントの家事をとても評価している。家庭持ちのゲントにはお手の物。ただ昭和時代の家事には少し苦労したと彼の心の中がそう言ってる。
この日は大雨が降ってる。ゲントと浩一は大雨の中ずぶ濡れになりながらも、走ってバラックに帰って来た。バラックは典子が来た頃と比べると、幾分住居としてマトモになって来てる。
浩一「あーチクショウ!ずぶ濡れだ!」
ゲント「典子さんただいま!」
典子「お仕事ありました?」
今日の2人は、見付けた仕事の応募用紙を持って帰ったのだ。
浩一「ああ・・・あるにはありましたけどね。」
典子「え?どうしたの?」
浩一「金も悪くないんです。」
ゲント「これです。」
募集要項が書かれた応募用紙を取り出して典子に見せた。
浩一「支度金だけで3000円だそうです。」
典子「凄いじゃない!」
戦後当時の3000円は約30万円程かそれ以上の価値がある。一瞬顔を綻ばせる典子だったが、ある事を思い出して心配そうな顔をした。
典子「きっとペテンです!この前だって運んだお米全部盗られちゃったじゃない!」
ゲント「でもあの時、俺が何とかソイツを捕まえて米全部取り返しましたよね?」
典子「それはそうですが・・・」
浩一「でもそう言うのとは訳が違うんです。」
脱いだ上着をハンガーに掛けて布巾で水気を拭く。
典子「何がどう違うって言うのよ!?」
浩一「他ならぬ、復員省のお墨付きなんですよ。金が良いのもちゃんと訳があるんです。」
典子「訳?」
ゲント「戦時中に米軍も帝国海軍も手当たり次第機雷を撒いたんです。それを撤去、つまり掃除するお仕事なんです。」
浩一「金がバカみたいに良いのはまあ・・・命の保証は無いって事ですかね。」
命の保証はない。その言葉に典子は浩一とゲントに怒号をぶつけた。
典子「何言ってるんですか!!やっとの思いで生きて帰って来たんでしょ!!」
浩一「仕方無いでしょ!!このままじゃ4人共飢え死にです!!」
ゲント「明子ちゃんだってこのままじゃ小さな命を落としてしまうんですよ!!」
典子「それは分かってるけど・・・」
浩一「金さえあれば・・・金さえあれば!アメリカ製の粉ミルクだって何だって買えるんです!その為だったら・・・」
典子「死んだらダメです!」
浩一「・・・大丈夫!危険なだけで死ぬと決まった訳じゃない。十死零生の特攻とは違うんです。」
怒号する典子を浩一が落ち着かせてあげた。
浩一「それに、磁気式機雷にも反応しない特別誂えの船があるそうですから。」
後日。漁港の一部が機雷掃海艇の基地になってる港。ゲントと浩一は、その特別誂えの船がある港の桟橋へ向かった。
浩一「これが・・・特別誂え・・・?」
その特別誂えの正体は、3隻のオンボロの木造船だった。右に2隻、左に1隻が停泊してる。
ゲント「磁気式に反応しない特別誂えって聞いたから、どんな物かと思ったらまさかのオンボロの木造船だったとは・・・」
そう思いながらも、右に前後に停泊してる2隻の木造船に近付く。後ろの木造船に3人。同じく前の木造船に3人乗ってる。
中年男性「ん?秋津。」
後ろの木造船に乗ってる1人の中年男性が、前の木造船に乗ってる秋津と言う男性を呼んだ。
秋津「おお!アンタらかい!今度来る鉄砲撃ちってのは!」
浩一「敷島です。」
ゲント「比留間です。」
秋津「船には?」
浩一「戦闘機乗りでしたので。」
ゲント「歩兵でしたので。」
秋津「何だよ。コイツら使いもんになんのか?」
青年「あんた元航空兵かよ!」
秋津「軍国少年の成れの果てかよ。流行んねえぞ?」
中年男性「落ち着け秋津。言いたいの分かるが少し抑えろ。」
秋津を宥める中年男性。メガネを掛けた男性がゲントと浩一に声を掛ける。
男性「がっかりしましたか?船がこんなんで。」
青年「へへへ。」
ゲント「いえ、そこまでガッカリしてないです。」
男性「米軍と帝国海軍は日本の沿岸に合わせて約6万個の機雷を撒きました。まあ種類は様々ですが・・・その中でも厄介なのが米軍の磁気式機雷です。金属で出来た船が近くを通るだけで反応して爆発するんです。」
ゲント「成る程。だから磁気式機雷に反応しない特別誂えって意味ですか。」
浩一「ああ。それで?」
男性「うん。話が早い。我々の担当は主に系維機雷ですが、磁気式対策にこの木造船は最適解なんです。」
説明し終えた男性が、ゲントと浩一に右手を出して握手を求める。ゲントと浩一がその男性に握手をする。
男性「野田です。戦時は海軍工廠で兵器の開発に携わっていました。」
元帝国海軍工廠技術士官の野田健治。
野田「こちらは秋津艇長と水島君。」
掃海艇艇長の秋津淸治と見習いの水島四郎。
秋津「こいつは小僧。そっちは学者でいい。」
野田「その呼び方はどうなんですかね長さん?」
水島「俺ももう小僧って年じゃ・・・」
秋津「お前はまだ半人前なんだから小僧で十分だ。」
水島「はいはいどうせ俺は戦争には行ってませんよー。」
ゲント「アハハ。」
中年男性「すまないね。秋津は口は悪いが、いい奴だからあんまり言わないでやってくれ。」
ゲント「楽しそうなチームで良いですね。」
中年男性「そうだ、自己紹介がまだだったな。私は山根恭平。本業は古生物学者だが、兼ねてこの革新丸の艇長を務めているんだ。そして秋津とは古い仲だ。宜しく比留間君。敷島君。」
古生物学者で革新丸艇長の山根恭平。
浩一「敷島です。宜しくお願いします。」
ゲント「俺の事はゲントで構いません。」
山根「それじゃあゲント君、宜しく。そしてこの2人は。」
男性「宜しくお願いしますゲントさん。敷島さん。元海軍サルベージ兵の尾形秀人です。」
女性「山根恵美子です。初めまして。」
革新丸乗組員の尾形秀人と山根恵美子。
山根「尾形君は娘の婚約者でな。近い内に結婚するんだ。」
ゲント「おお!おめでとうございます!」
山根「さて、自己紹介が終わった事だし。秋津、準備するぞ。」
秋津「よし。コイツは特設掃海艇”新生丸”。後ろの”革新丸”と隣の”海進丸”とチームを組んでる。」
準備し終えた3隻の掃海艇が大海原を進む。
新生丸。
秋津「機雷ってのはな、こう風船みたいに海底から立ち上がってるんだがな。3隻の船に渡したケーブルにカッターを付けて。機雷のワイヤーを切断するんだ。そうすると機雷が浮き上がって来るだろう?」
ケーブルに取り付けたカッターで機雷のワイヤーを切断。機雷が海面に浮き上がった。
秋津「そいつをこれで、ダダダダダってな!見てろよ?」
機銃を構え、浮き上がった機雷に向かって連射する。だが狙いが定まらず、弾丸は機雷からずれるばかり。
秋津「な?これが中々難しいんだ。」
浩一「やらせて貰えますか?」
秋津「大丈夫か?」
冷やかしながらも、浩一に機銃を渡してあげた。
浩一「揺れているから、弾が届いた位置を見越して撃たないと。」
新生丸の揺れのリズムに銃座の動きを合わせながら、機銃を数発撃った。するとその内の1発が機雷に命中し機雷が爆破処理出来た。
野田「ほほう!」
水島「へへへへ!」
数発で機雷を爆破させた浩一に、野田と水島がた感嘆の声を上げた。
秋津「やるなぁ!」
浩一「敵機を落とすのと同じです。まあ私は実戦に出た訳ではありませんが。」
水島「え!?実戦経験ないのかよ?なら敷島と俺は同じようなもんか!」
秋津「バカ。全然違うだろ。お前飛行機操縦出来ねえじゃねえか。」
水島「俺だって戦争行ってたら大活躍しましたよ!あーあ。もうちょっと長引いてたらなぁ〜。」
その一言が浩一に火を点けた。戦争に行きたかった人間がここに居る。その言葉が信じられなかった浩一が思わず水島の胸ぐらを掴んだ。
浩一「それ本気で言ってんのか?」
その迫力に水島は気圧されてさっきの言葉を撤回した。
水島「悪かったよ・・・」
浩一は水島を放して去った。
秋津「バーカ。」
不健全な言葉を言った水島に、秋津が水島の頭を軽く叩いた。
革新丸。
ゲント「・・・ッ!」
狙いを定めたゲントが、海面に浮き上がった機雷に機銃の数発撃った。その内の1発が機雷に命中爆破処理出来た。
山根「お見事!」
ゲント「揺れる船の上で狙いを定めるのはやっぱり難しいですね。」
尾形「でも良い腕してますよゲントさん。歩兵なのに凄いですね。」
ゲント「まあ、それ程でもないですけどね。恵美子さんはどうして機雷撤去の仕事を?こんな危険な仕事に女性が就くのは危ないんじゃ?。」
恵美子「最初はそう考えていたんです。でも私は、お父さんの役に立ちたいと言って自ら志願したんです。」
山根「私も最初は恵美子が死ぬ事を恐れて反対したんだけどね。娘の覚悟を決めた目に圧倒されてこの仕事に就かせたんだ。私の妻と、娘の友達が戦争で亡くなってね。」
ゲント「そうだったんですか。」
仕事を終えた3隻が桟橋に帰還した。
青年「山根博士。お疲れ様です。」
右目に眼帯を付けてる青年と1人の少年が待っていた。
山根「芹沢。研究のほうはどうだ?」
芹沢「色々山積みですね。そちらのお2人が?」
山根「ああ。新しく入ったヒルマ・ゲント君と敷島浩一君だ。」
浩一「あなたは?」
芹沢「初めまして。山根博士の教え子の芹沢大助だ。こちらは俺の助手の山根新吉君だ。」
新吉「宜しくお願いします。」
科学者・芹沢大助と助手の山根新吉。
山根「新吉は私の養子でな。戦争で家族を亡くした所を引き取ったんだ。」
ゲント「芹沢さん、その右目は?」
芹沢「ああ。戦時中、徴兵された時に負傷してしまってね。この目は名誉の負傷なんだ。」
その夜。浩一が眠っていると、外から”ドシン”と言う音が聞こえた。
浩一「・・・?」
目を覚ますと、外が焼かれていた。
浩一「ハッ・・・!」
急いで外に出ると、嘗て大戸島で亡くなった整備兵達が何かに発砲しながら逃げていた。その内の1人が巨大な足に踏み潰された。
浩一「・・・!」
上を見ると、大戸島に居たあの呉爾羅が再び目の前に居たのだ。
呉爾羅『ーーーーーーー!!』
浩一「あっ!ああっ!あああーーーーーー!!!」
浩一「ハッ!」
ふと目が覚めると、そこは何の変哲もないバラックだった。
典子「大丈夫?」
横で寝ていた典子が目を覚ました。
浩一「ハァ・・・ハァ・・・」
典子「また悪い夢?」
水が入った茶碗を浩一に渡した。浩一は茶碗に入ってる水を飲む。
浩一「ハァ・・・夢・・・そうか・・・夢だよな?・・・それとも・・・君が夢か?」
典子「何言ってるの?大丈夫?」
目の前に居る典子が実物だと確かめたかったのか、浩一が縋り付くように典子を掻き抱いた。
浩一「なあ、ここは日本だよな?なあ?俺は確かに帰って来たんだよな!なあ!帰って来たんだよな!」
典子「止めて!!」
掻き抱いてる浩一を強く蹴って押し退けた。
浩一「ッ!!」
押し返された浩一はバランスを失って位牌が置かれた木箱にぶつかった。
浩一「ハァ・・・ハァ・・・」
下を見ると、油紙に入っていた物が散らばっていた。油紙に入っていたのは、大戸島で亡くなった整備兵達の家族写真だった。写真の視線が一斉に浩一を向けている。
浩一「分かってる・・・分かってる・・・分かってる・・・!」
怯えるように蹲る浩一。
アメリカ合衆国がビキニ環礁で行う核実験・クロスロード作戦が行われた。その標的艦の中には、あの戦艦長門や、巡洋艦酒匂や、数多くの艦隊の姿もあった。21キロトン級の原子爆弾を用い、エイブル実験とベーカー実験の2回の爆発実験が行われた。その熱と衝撃と放射線は、近海の海洋生物や海鳥達を焼き尽くした。
そしてその近海に、戦時中の大戸島の守備隊を全滅させたあの呉爾羅の姿があった。呉爾羅はクロスロード作戦の核実験による放射能を受け被爆し、エラーによるエラーが表皮の細胞を刺激させ突然変異を起こした。
呉爾羅『ーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!』
放射能を受け被曝した呉爾羅が異形の姿へと変貌していった。
あれから月日が流れる中、ゲント達は平穏な暮らしを営んでいる。
典子は洗濯物を干し、明子は風車で遊んでいる。
ゲント達は掃海艇で機雷撤去の仕事をしてる。
非番の日のゲントと浩一は、明子の相手をしたり、バラックを直したりしながら過ごす。
後日。ゲントと浩一は貯まった金を使ってバイクを購入した。ゲントはこの世界での二輪免許を取得してる。
浩一は典子をバイクの後ろに乗せ町を走り抜ける。周囲の町はどんどん復興していき、新しい時代がやって来たと心を躍らせていた。
一方ゲントは、少し離れた蚤の市にやって来た。そこで、ゲントをこの世界に飛ばしたあのブルトンのカケラが石として売られているのを発見した。ゲントはその石を買った。
バラックの横には、小さな家が建築中だった。これはゲントの1人暮らし用の家だ。
11月3日。山根達の誘いを受けたゲント達は、ゲントの誕生日会を開いた。
仕事中。浩一は明子が描いた似顔絵を眺めて微笑んでる。
そして小雪が舞う12月。遂に、あのオンボロだったバラックがちゃんとした家になった。豪華な小屋程度だが、ちゃんとした台所などが揃っている。
その隣には、ゲントが住む小屋も出来上がってる。タイニーハウスみたいな小屋である。
その日。秋津達を呼んで新築祝いを開いた。ゲントが山根達も誘ったが、彼らは用事があるので断念した。
秋津「立派なもん建てたなあ!お前金貯めた甲斐があったな!」
秋津達の笑い声が団欒を包み込んだ。新築祝いの料理は、ゲントと浩一が出し合って買ったすき焼き。秋津の膝の上には2歳になった明子が座ってる。子供好きの秋津はご満悦な様子。
秋津「ゲント、お前の家も中々快適そうだったぞ?」
ゲント「まあ俺個人の1人暮らし用ですけどね。」
典子「どうぞ。」
野田「あー。これはこれは。」
お銚子を運んだ典子が、野田にお酌してあげた。
野田「あ!1枚良いですか?」
カメラを持って典子を被写体にした。
典子「え?そんなフィルムが勿体無いですよ。」
野田「あーその笑顔!そのままそのまま!」
水島「いいなー。」
野田「はい!」
笑顔の典子にシャッターを切り写真に収めた。
典子「ありがとうございます。」
秋津「おい学者。典ちゃんに惚れんじゃねえぞ?」
水島「そうですよ。」
野田「何言ってんですか。典子さんは人妻ですよ人妻。」
典子「止めて下さいよ。私奥さんじゃないんです。」
奥さんじゃない。その言葉に、ゲントと浩一を除いた3人が言葉を失った。
秋津「どう言う事だ?」
浩一「勝手に居着いてしまったんですよ。行く所がないからって。まあ、置いてるだけで・・・」
秋津「じゃあこの子は?」
浩一「あいつの連れ子です。まあとは言っても血は繋がってなくて。空襲の最中に託された孤児らしいんですが。」
野田「へー。このご時世に美談じゃないですか。」
浩一「いえ、後先考えてないだけです。」
明子「お父ちゃん・・・」
不安な気持ちになったらしい明子が浩一を呼んだ。
浩一「明子。」
明子「はぁい。」
浩一「言ったろう?俺はお前の父ちゃんじゃないぞ。」
その言葉に、秋津達が驚いた。
水島「敷島!それはマズいんじゃないか?」
野田「実に不健全だ。」
秋津「お前さ。親子共々縁があってこうして引き取ったんだから。この際覚悟決めろ。覚悟。」
水島「幸せにしてぇ〜!」
秋津・野田「ははははは!」
浩一「黙れ!そう言うのはいいんだよ・・・」
幸せにしてと言う言葉に怒った浩一が酒を飲む。
秋津「なんでぃ・・・」
折角の新築祝いの空気が悪くなった。
ゲント「・・・・・」
肉を食べたゲント。その瞬間、ポケットに仕舞っているブレーザーストーンが真っ赤に光った。
ゲント「熱っ!!」
全員「っ!?」
ブレーザーストーンの高熱にゲントがビックリしてお椀を溢してしまった。
秋津「おいおい、大丈夫か?」
ゲント「すみません、熱いまま食べちゃって・・・」
典子「大丈夫ですか?」
ゲント「ありがとうございます・・・」
床に溢れた汁を典子が布巾で拭く。
ゲント「・・・なぁ浩一。君の気持ちは良く分かる。俺も家族を持った男だから。でも、典子さんと明子ちゃんは、君と出会ってから君を信頼しているんだ。君は君自身で幸せを選ぶ事が出来る。だから今は、明子ちゃんの為に。な?」
浩一「・・・・・」
自分を見てる明子を見て、浩一はさっき言った言葉を反省する。
浩一「・・・明子、ごめんな。お前の父ちゃんじゃないって言って。」
明子「ん・・・」
浩一「艇長もすみませんでした。」
秋津「まぁ、分かれば良いんだ。お前はまだ若いんだから焦らず自分の幸せを見付けるまでさ。」
浩一「・・・はい。」
秋津「さぁて!気を取り直してまだまだ飲むぞ!」
野田「長さんまだ飲むんですか?」
秋津「何言ってんだ!折角の祝いに鱈腹飲まなきゃ意味がないだろ!小僧お酌しろ!」
水島「もう、酔い潰れても知りませんよ?」
お酒を飲む秋津を他所に、典子がゲントに言った。
典子「ゲントさん、ありがとうございます。浩さんを宥めてくれて。」
ゲント「俺も家族を持った男ですから、アイツの気持ちは良く分かります。」
こうして新築祝いは、ゲントのフォローで重い空気が軽くなり、盛り上がったままお開きとなった。
この日も仕事を終えて帰って来た浩一。
典子「おかえんなさい。私も今帰って来た所。」
浩一「どうしたんですかその身なり?」
帰って来た浩一が典子を見て驚いた。典子が、ハイカラなラインがデザインされた制服を着てニコニコと浩一を待っていたのだ。
典子「似合う?私銀座で事務の仕事始めたの。」
なんと典子は、銀座のデパートの事務員に就いたのだ。
浩一「え、いや、金なら十分渡してあるでしょう?」
典子「いい加減自立したいなって思ってたんですよ。このままじゃ浩さん、お嫁さんも貰えやしないし。知ってます?銀座もどんどん復興してるんですよ!」
浩一「急ですね・・・」
典子「ずっと考えてたんです。」
浩一「あ、明子は!?明子は典子さんが勤めに出てしまったら、明子どうするんですか?」
典子「仕事中は燈子さんが面倒見てくれるって。」
浩一「え・・・」
典子「澄子さん張り切ってるんです。”私も3人育てた事があるんだから”って。」
浩一「それなら・・・まあ良いんですが。」
典子「じゃあ、明子迎えに行って来ますね。」
明子を迎えに外に出た典子。浩一は俯いてる。
外に出た典子にゲントが気付いた。
ゲント「あれ典子さん?その格好どうしたんですか?」
典子「ゲントさん、私銀座の事務員の仕事に就いたんです。」
ゲント「銀座の?」
典子「前々から自立したいなって思ってて。このままじゃ浩さんお嫁さん貰えないと思ってて。」
ゲント「そうなんですか。もしかして、明子ちゃんは澄子さんのお家に?」
典子「はい。仕事中に面倒見てくれるって言ってました。」
ゲント「随分思いっきりましたね。」
典子「じゃあ、明子を引き取りに行きますね。」
ゲント「はい。」
明子を迎えに行った典子を、ゲントが静かに見送った。