野良レースから月日は経ち、本格化の始まったウマ娘達の命運を分けるイベント、選抜レースの時期を迎えたフウウンサイキ達。
とはいえフウウンサイキの見立て通り、今年度本格化が始まったのは、やはりニシノフラワーとマヤノトップガンの2人だけでした。
当然出走登録した2人ですが、どうやらまだ本格化が来ていないフウウンサイキも走るつもりのようです!
ウマ娘プリティーダービー!
「激走! 嵐の選抜レース開始」
に、レディー、ゴーッ!
ハーツスクリームの挑発から始まったレース。ハナ、スイが飛び入り参加してきたりしたが……結局は野良レース、学園公認のレースではない。
その野良レースから約2ヶ月、6月後半。学園公認の模擬レースは二度あったが、今月開かれる選抜レースは、同じ学園公認とはいえ模擬レースとは趣が違う。
具体的に言えば——模擬レースと違い、多くの学園所属のトレーナーが、スカウト目的でワシらの走りを見に来ていることじゃな。
「キミ達、いいトモしてるねぇ! 筋肉筋肉〜!」
「ええっ!? え、えっと……」
「うーん、脳味噌筋肉って感じの人だね〜」
そのトレーナーと思われる男は、どことなくドモンを思わせる服装をしていた、のだが……ドモンとは雰囲気も容姿も背丈も、何より無駄に筋肉が付いている点からしてまるで違う。たまたまファッションセンスが似ているだけの別人じゃな。
……そもそも、カッシュ博士の同一人物と思われる彼に息子はおらんし、娘のゴッドインパクトもドモンとは……泣き虫な所くらいしか似ておらんしの。要するに、今は気にしても仕方のない事じゃ。
「暑苦しい男じゃな。一応トレーナーなのじゃろう? 対話なり勧誘なりは、ワシらの走りを見てからにして貰おうか」
「むぅ、仰る通りで……じゃ、いい筋肉でまた会おう!」
とりあえず、ハナとマヤに迫っていた暑苦しい筋肉達磨な新人トレーナー(多分)を、正論で追い払う。
「あ、ありがとうございます、フキさん……熊さんみたいに大きい人で、ちょっと怖くて……」
「性格は悪くなさそうだったけど、マヤ的にあの暑苦しさはナシかな〜。根性論だけで育成計画立てそう!」
「うむ。黒いスポーツタイツを履いて判り辛く見せているとはいえ、ワシのトモに食い付けなかった時点でまだまだ青いの」
選抜レース。それはウマ娘がトレーナーに見出される場であると共に、ウマ娘がトレーナーを見定める場でもある。
今の筋肉トレーナーは、将来性は感じさせるがまだまだ青すぎる。今年華々しくトゥインクル・シリーズを駆け抜けるであろうハナとマヤには、少々相応しくない。
さて。あのような若造もいるが、多くの中堅・ベテラントレーナーも、新たな逸材を求めて集うのが、年4回開かれる選抜レースじゃ。
その内の1回目は4月末にあったが、新たな環境で不慣れな新入生で4月に走る物好きは、それ程おらんかっただろうな。ワシも、新たな友との親睦を深めるために、共に見学するにとどめたしの。
しかし、トレーナーにとっては今年2回目の選抜レース観戦となる。それゆえ、未だウマ娘勧誘の暗黙ルール的なモノをわきまえられていないド新人のトレーナー以外は、レース前に声かけなどしな——
サワサワ
「な、なんて均整の取れたトモなんだ! 凄い……芸術的だ! この足なら、短距離でも長距離でも……!」
——いものなのじゃが。TVなどで幾度か見た事のある、癖毛に不潔に感じない程度の無精髭、棒付きキャンディーを咥えたトレーナーが、ワシのトモを撫でさすっていた。
「ほう。ワシに直前まで気配を悟らせないとはな。面白いヤツじゃの」
「え、フキさん指摘する所そこなんですか?」
「減るものでなし、なんなら褒められておるのじゃ。ならば怒る事もない」
「……フキちゃんて、結構男前なとこあるよね」
「ハッハッハ、否定はせん。が、ワシも女子である自覚はある」
2人にそう返してから、ワシの足を夢中で撫でくりまくる男——沖野トレーナーにドスを効かせた声色で警告する。
「許可もなく女子の足を触る痴漢よ。10数える内に離すなら、お主が触れているワシ自慢の足で蹴られて地獄に堕ちろ」
「地獄行きはもう決定なんだー……流石フキちゃん、容赦も慈悲もないねー」
「そうでもないぞ?」
パッ
ワシがカウントを始める前に、沖野何某は死神でも見たように顔を青ざめ即座に手を離す。
「こ、声だけで俺死んでまう思たんは、ははっ初めてやなぁ〜……ほんますんまへん、堪忍してつかぁさい……」
「うむ。数え始める前ゆえ、此度は許す」
恐怖心ゆえか、何故か西日本訛りの引き笑いでそう返す沖野。これが、かの有名なスペシャルウィークやトウカイテイオーを指導したトレーナーの姿か……
《ワシからすれば、此奴もまだまだ若造じゃの》
《ヒンヒンヒン……》
《む……まぁそうじゃな。比較対象が祖父では、殆どのトレーナーを青二歳と感じるのは致し方なし、か》
まぁ、それはそれとして。
バチィンッ!!
「い゛っ!?」
「足は出さぬし地獄も見せぬが、手を出さぬとは言っておらぬぞ? 女子の、特にウマ娘の足は安くはないのじゃ」
痴漢行為には違いないゆえ、罰としてデコピンは受けてもらった。
「いや〜、たはは……ま、当然の反応だわな。すまなかった、あまりにウマ娘として理想的なトモだったもんでな。久しぶりに感情を抑えきれなかったんだよ」
「ほう、頑丈な頭じゃな。気絶させるつもりでやったのだがな」
「担当ウマ娘に蹴られ慣れてるからなぁ。いや、正直お嬢さんのデコピンは、ヤツの飛び蹴り並に効いたけどな! いやぁ、見事なデコピンだった!」
「ハッハッハ! そう褒めるでない!」
「いやいやいや! 2人とも、わけわかんないよ?」
「えぇ……ウマ娘に蹴られ慣れてるって……」
ワシらのやり取りを見て、マヤはハテナを頭に沢山浮かべたような困惑顔でツッコみ、ハナは沖野の日常を思い浮かべて引き気味な笑顔を浮かべていた。
「それよりも、じゃ。お主が新人だろうがベテランだろうが、スカウトはワシらが走った後にして貰おう」
「だな。俺も、スカウトしようと思って君達に近付いた訳じゃない……んだけどなぁ」
チラチラと、ワシのトモを見て名残惜しそうに呟く沖野。
「二言はないぞ?」
「……はいよ。今は引き下がるさ」
そう言い残し、デコピンしても口から落とさなかったキャンディーを咥え直してから背を向け、赤くなった額を摩りつつ観客席へと向かう。
(今は、か。すまんな、沖野)
ワシが走った後に、改めてスカウトに来る気なのじゃろうが……ワシはすでに、予約済みなのじゃ。
さてさて。出走前に一悶着?あったが、今日は選抜レース。自身の本格化を感じ取ったウマ娘が、トレーナーにアピールする場だ。
ゆえに、今回出走登録をしたのは、本格化し出したハナとマヤの2人だけじゃ。残りの友人達はまだゆえ、4月の時と同じく観客席におる。
ワシの見立て通り、やはり今年度本格化が始まったのは、この2人だった訳じゃが……では何故、まだ本格化していないワシも出走登録しておるのか、じゃが。理由は3つ程ある。
「なんとなく、フキちゃんは本格化来てなくても選抜レース出る気はしてたけどさ。どの距離で走るの?」
「うむ。ワシは1600じゃな」
「え、私と同じ距離……正直、フキさんとレースが被ったら、勝てる気がしないんですけど……」
「安心せい。高速化の進む傾向の昨今のレースでは、マイルは特に激戦区じゃ。そうそう被らぬだろうよ」
「フキちゃん、それってフラグって言わない?」
「それよりマヤは、てっきり2000に出ると思っておったが。何故1200にしたのじゃ?」
「ん〜? フラワーちゃんとおんなじ感じかなぁ。今のマヤじゃ、フキちゃんに勝てないから。フキちゃん2000に出ると思ったのに、ハズしちゃった! あははっ!」
ハズれたと言うておる割に、マヤは楽しげにカラカラと笑う。
まあ、友人になってからはや2ヶ月。それだけの期間学生生活を共にしたのだ、マヤが「自分の予想外の事を見つけるのが好き」なのは理解している。
のだが。ふふ、もっと喜んで貰うとしよう。
「恐らくだが、マヤはまだ予想を外しておるぞ?」
「んえ?」
「さぁて、ここで問題じゃ。ワシとハナは共に同じ距離で出走登録したが、絶対に被る事はない。何故だと思う?」
「えっ? そんな、フキさんたまに言っているじゃないですか。この世の中に、本当の意味で絶対と言えるモノなどないって……」
「……」
ハナはワシの謎かけに困惑するのみじゃが、マヤは考え込みしばし沈黙する。だがそれも数秒の事。
「……1600……絶対に被らない……あ〜〜!」
……やはり天才か。僅かなヒントだけで、数秒で答えに辿り着くか。
「んも〜、ちょっとイジワルだよ、フキちゃんっ! ていうか、そっちもイケるんだね……範囲広すぎない?」
「えっ、え?」
完全に理解したマヤの様子に困惑するハナには、更なるヒントを出す。
「ハナは当然、芝1600じゃろう?」
「えっはい、それは当然……あー」
やはりハナも、マヤ程ではないがかなり頭の回転が早く、飲み込みも早い。
そのお陰でハナは、中距離への適正を、ABCで評価を当てはめるなら現在B−程まで伸ばしておる。
流石、飛び級しただけあって、ハナも天才と呼ばれる類のウマ娘じゃの。
「ダート1600ですか……それは被りようがないですね」
「だよね〜。フキちゃんわけわかんない! あははっ!」
「うむ、2人とも正解じゃ」
正解したご褒美に2人の頭を優しく撫でてやると、
「え、えへへ……」
「んふ〜♡」
ハナは照れ笑いを浮かべ、マヤは得意満面の笑顔になる。可愛いのう。
……前置きが長くなってしまったが、一つ目の理由は単純。本格化したウマ娘と、早くレースしたかったからだ。
本格化が来るのはかなり個人差があり、基本的に他人には分からん。完全な自己申告でしか、伝えるすべはないのだ……祖父やワシの様に、相対する者の体内の気の流れで多少読めるような者も稀におるが、かなりの例外じゃ。
……そう言えば、インはどうなったかの。入学式前日に会った時には、未だ自身の気を感じ取るのが限界のように見えたが……
《本格化で大化けするのか、トレセン入学頃に会得してあおるのか。次に直接会う時が楽しみじゃな!》
《ヒヒィーン!!》
ちなみに、毎週末にメールでお互い近況報告はしておるので、ワシとしてはあまり離れ離れになっている印象はない……インの方は、文章から寂しさが滲み出ておるが。愛いヤツじゃ。
インの成長についてはともかく。二つ目の理由じゃが。
「お、おい、あの人……」
「ああ、見間違いようがない独特な容姿に紫の武闘着! 今年度復帰した東方先生だ!」
「あの人も、新たな育成ウマ娘を探しに来たのか……?」
観客席のトレーナー達の中……というか、最前列に、祖父・東方不敗マスターアジアがいる。
今日ワシがダートを走るのは、祖父が唯一見た事がないであろう「ワシがダートレースを走る姿を見せる」事だ。祖父からの忌憚ない意見を聞くためにな。
そして、最後の三つ目だが……これはまあ、後になれば分かる事か。
『まもなく、短距離1200、第一レースが始まります。出走者は、ゲート前にお集まり下さい』
おっと、少し考え事をしている内に、始まる時間になったか。
選抜レースは、短距離・マイル・中距離・ダートの順で行われる。つまりはマヤがトップだ。
とはいえ、1距離で最低でも数十人登録するゆえ、マヤが何レース目で出走するかは分からん——
「始まったね〜。と言う訳で! マヤノトップガン、行っきまーす!」
「あ、マヤさんトップなんですね」
「ほう、運が良いのう」
——のだが。どうやら第一レースを走れるらしい。
コースは基本、一つの距離での全レースが終了するまで整備はされない。ゆえに、出走が後半になる程バ場は荒れている確率が高く、不良バ場になりやすい。第一レースを引けたという事は、確実に良バ場で走れる=全力を出しやすい、という訳じゃな。
まぁ、ウマ娘によっては重・不良の方が本領発揮出来る者もおるだろうから、一概に良バ場が最良とは言えぬが。マヤはワシに近いレベルで適応力が高いからの、たとえ最終レースの荒れ芝でも勝てるはずだから、どちらにしろ心配はしておらんなんだが。
何にしても、良バ場の方が気持ち良く走れるのは間違いないからの。マヤは運が良い。
(出来ればここで競い合いたかったものだが。「出走登録は1レースのみ」の制限がある以上、無いものねだりか)
さて。短距離から長距離、果ては走法まで変幻自在なマヤの、レースでの走り。
東方不敗(小童が。愛孫のトモに、勝手に触れおったな)
ピキキ…
沖野トレ(な、なんか東方先生、メッチャ睨んで来る!)
お待たせしました、選抜レース編開始です。まぁ、走るのは3人なので、選抜レース終了までの話数はそれ程多くはならない予定です。
※来週は夕方5時30分からお送りします(仮)。