三女神の導きによってウマ娘として生まれ変わった、東方不敗マスターアジアこと、シュウジ・クロス。
彼は、いえ、彼女は優しい世界、優しい両親の元、新たな人生を再スタートしました。
しかしある日、予想外の事実を知ります。
これまで祖父の存在は知っていましたが、姿も名前も知らなかったのです。
自身の新たな名字も前世と同じクロスである事から嫌な予感がしていた彼女ですが、両親から祖父の二つ名を聞いて、大いに困惑する事になるのです!
祖父の名は、その二つ名とは!
ウマ娘プリティーダービー!
「爆誕! ウマ娘フウウンサイキ!」
に、レディー、ゴーッ!
前世の記憶を持って転生したゆえ、赤ん坊の頃は赤子らしい振る舞いに苦労したが……普通の会話が可能になり始める3歳児になってからは「早熟で利発な子供」として振る舞い始め、数日前に4歳になった。
そこで、改めて転生直前の出来事を振り返り、そして現状確認をする。
(ふむ……だいぶ慣れてきたとはいえ、人間より聴覚に優れ、違う動きが可能なウマミミ。自身の身体ながら、まだ少し奇妙に感じるな。まあそれ以上に……)
ピコピコと動かしていた耳から、腰回りに意識を向ける。そこには普通の人間にはあり得ないモノ――馬の尻尾がある。ウマミミ同様、不思議な気分だが。
ブンブン!
リキを入れ、勢いよく振り回す。こちらは耳以上に、かなり自由に稼働させられる。
(……うむ。鍛えれば、力の込め具合によっては第3の腕としても使用可能だな)
ただ、尻尾は手の指先よりも敏感なため、他人にいきなり触れられるとかなりムズムズするのが難点だが……まあ、それも鍛える事で軽減するだろう。
(そういえば、あの三女神……)
転生直前に会った、ウマミミを持っていた女神達。あの時は、あの方々のご尊顔に注視していたため気付かなんだが……恐らく今のワシ同様、ウマ尻尾もあったのであろうな。
《よし、寝起きのストレッチも済ませた。両親に朝の挨拶をしにゆこうか、風雲再起》
《ヒンヒン》
風雲再起の言葉は人語ではないが、2つの魂が1つの器に入っているためか、何となくだが意味は解る。人語に訳すなら「そうですね」、と相槌をしていた。
「おはようございます、父上、母上」
丁寧にお辞儀をして、今世の両親に朝の挨拶をする。
「おはよう、
「おはよう。紅莉栖は相変わらず、早寝早起きだなぁ」
「それを言うなら父上と母上も。今日は休日ですよ」
「娘が規則正しい生活をしているのに、親が怠けてはいられないさ」
「主婦にとっての休日は平日の事よ?」
この通り、両親との仲は良好だ。2人ともお人好しであるしな、嫌う要素がない。
今のワシの名は、
《この世界でも、姓が「クロス」とはな。流石に名は違うが……三女神の配慮かの?》
《ブルブル、ヒヒンヒンヒン?》
《はっはっは、風雲再起も冗談を覚えたか!》
《ヒンヒン……》
(おっと。あまり人前で、内なる魂同士で会話するのは避けねばな……)
風雲再起と対話している間はどうも無表情になっているらしく、何度か両親に心配されたからな。
少し話を戻そう。名前についてだ。今のワシの名は「黒須 紅莉栖」だが……
「父上。確か5、6歳くらいに、ウマ娘は魂に刻まれた本当の名前を思い出す、と本で読んだのですが……」
「ああ、そうだよ。ウマソウル由来の名前が、そのくらいの年齢の時に、ある日突然頭に浮かぶそうだ。父さんも母さんもヒトミミだからその感覚はわからないけど、世間一般にはそう伝わっているね。僕は、早くに亡くなった紅莉栖のお祖母様がウマ娘で、その人から最初に聞いたんだけどね」
「そうなのですね」
まあ、まず間違いなく「風雲再起」と頭に浮かぶのだろうが……にしても、祖母か。
祖父母の名を、ワシはまだ知らない。両親の話によれば、祖母はワシの父を産んでまもなく、若くして亡くなったらしい。祖父は現役のウマ娘トレーナーで、ウマ娘最大の育成機関である日本ウマ娘トレーニングセンター学園東京校、通称中央トレセン学園の現役トレーナーであり、地方都市にある我が家にはほとんど帰って来ないとの事。
ただ、祖父はここ数年は、トレーナー業は休業中らしい。なんでも祖父は、中国拳法を元にした我流の流派を確立した武闘家でもあるらしく、今はトレーナー業に集中していて衰えた感覚を取り戻すため、南米ギアナ高地にて鍛え直し中らしい。ゆえに、ワシは未だ祖父に会えていない。
両親には定期的に連絡を入れているらしいので、健在なのは確かなのだが……どこかで聞いたような話のような……ま、まあ偶然だろう、うむ。
《ヒンヒン》
《む? ふむ……確かに、名前だけでも聞いておくべきか》
どうも我が家系は写真に写りたがらないらしく、アルバムにある写真のほとんどは植物や大自然の風景ばかり。ワシも前世では自然を愛していたから、気持ちは解るが。
そんな訳で、人物の写っている写真は家にほとんどなく、祖父のは1枚もない。ゆえに、どんな容姿なのか未だ知らない。
祖母のは1枚だけあるが、若い時分の写真のようで、白毛に近い芦毛の美しい少女だった。今のワシの髪の毛が白毛で前髪の一部分のみ芦毛なのは、祖母の血だろう。
(三女神が気を利かせて、そういう血統の家を選んで下さっだのだろう。風雲再起の毛色に合わせるために)
名に「紅」が入っているのも、前髪の中央が紅色だからだろうな。
まあワシの容姿や名前はともかく、祖父の名だ。
何故今まで、名すら聞いていなかったのかと言えば……ワシの今世の姓が、前世と同じだからだ。
もし祖父の容姿と名が、ワシの思った通りなら……それを考えると、なんとなく恐ろしく感じたのだ。
ゆえに聞いておらんかったが……風雲再起が聞きたいと言うのならば、腹を括って聞こう。
「お会い出来た時に聞こうと思っており、今まで聞いていませんでしたが。祖父の名はなんと言うのですか?」
「うん? 名前かー……」
ワシの問いに対して、何故か言い淀む父。
(なんだ、悪名高いのか? にしては、眉根を寄せたりはしておらんが……)
そのリアクションにワシが首を傾げていると、母が苦笑いで答えてくれる。
「あなたのお祖父様はね、本名より通り名の方が有名なのよ。だからお父さんは、どっちを言おうか迷っただけよ」
「通り名……?」
ますます嫌な予感が増した。が、ワシの年齢的に「通り名」というものを理解出来ていないと判断したのか、そのまま話を続ける。
「紅莉栖にはまだ、難しい表現かな。あの人には本名とは別の名前、あだ名というか芸名というかがあるんだよ」
「本名は黒須
……もう姿を見ずとも容姿が判ってしまった。
《どういう事ですか、三女神様……》
《ヒヒーン》
何故かワシがもう1人いる事に、困惑のあまり天を仰いでしまう。どうしてこうなった……
♡ ♡ ♡
その後、ネット検索で「東方不敗マスターアジア 名前の由来」を軽く調べ、軽くトレーニングをしてから温室へと向かった。ネットサーフィンをした以外は、いつものルーティーンだ。
我が家は母屋以外に小さなトレーニング機器やシャワー室のある離れ、植物好きな家系ゆえの緑あふれる温室と、少し大きめの倉庫と、建物が4つもある。
更には、「いつか我が家にウマ娘が産まれた時に」と、日本のレース場に主に使用されている芝直線50m、主に北海道やヨーロッパで使用されている芝直線50mがある。
ゆえに、我が家の敷地は結構な広さがある。地方に家を構えたのも、この広い敷地を欲した祖父が、二つ名の方が有名な程の敏腕ウマ娘トレーナーとして大活躍したおかげだ。
温室の中心広間にブルーシートを引き、その上に座布団を置いてから、瞑想のため座禅を組む。
何故温室でやるのか、と言われれば。空気の流れが少なく気温が一定に保たれ、土の匂いや草の匂い、花の香りのおかげで精神が落ち着くので、瞑想状態に入りやすいからだ。ワシにとって、と修飾語が付くがの。
だが今日は、瞑想に入る前にネットサーフィンで得た、この世界のもう1人のワシ――東方不敗マスターアジアの情報に関して反芻する。
本名、黒須 秋師。現在45歳。史上最年少でトレーナー試験に合格、中央トレセンに所属するも、担当したウマ娘の戦績は可もなく不可もなく。
だが、武闘家として本格的に開眼し自身の流派を確立してからは、目に見えて教え子のレース成績が良くなり、それ以降育てたウマ娘のほぼ全てがG1勝利バになる程。
後の妻となるウマ娘は日本初のトリプルティアラを達成し、後に海外、主にアジア地区での開催されるレースにて、出バしたレースでは全勝。世界に名を轟かせるキッカケとなる。
その後に育成したウマ娘も、完全無敗とはいかないまでも、出バした日本の重賞レースのほとんどを勝利し、トレーナーとしての実力を遺憾なく発揮した。
しかし、日本含むアジア地区以外でのレースでは、好成績を残せはするものの勝利したウマ娘はいない。それでもその指導力は世界的に見ても優秀なトレーナーとして有名であり、アジア地区でならほぼ無敗である事から、東方不敗マスターアジアと呼ばれ称えられている。
ただしこの二つ名は、名誉と不名誉を同時に含んだものである。しかし彼はそれを受け入れ、自戒も込めて自分の確立した格闘流派の名を「流派東方不敗」と名付けた。
現在は、「武闘家として鈍ってきたゆえ鍛え直す」と言い残して姿を消しており、トレーナー業は休業中である。未確認情報だが、南米ギアナ高地の奥地に彼と思われる初老の男性を見たとの噂がある。
《……こちらのワシも、どことなく似たような人生を歩んだようじゃな。そして現在45歳。となると……》
《ヒンヒン……》
《……あいや、わかっておる。今から心配しても仕方のない事よ》
《ブルブル》
《そうじゃな。瞑想に入るとしよう》
頭の中で風雲再起と共に情報整理を終え、いつも通りのルーティーンで己の心身の鍛錬に入る。
♡ ♡ ♡
それから約2年近く。あと数日で6歳になろうというとある日に、唐突に頭に1つの名が浮かび上がった。そこは情報通り、浮かんだ名前も……うむ、まあ一応予想通り。
なのだが……
" フウウンサイキ "
「なにゆえカタカナ……別に構わぬが、どうしてそうなった?」
……この世界でのウマソウル由来の名付けの法則までは、理解出来ていなかった。
※来週は夕方5時00分からお送りします(仮)