「……こいつが?」
「……とりあえず、出来るだけはやった」
目の前の巨体を見上げながらぽかんと口を開けたティエスちゃんだ。横に立つおやっさんに目を向けると、おやっさんはそっぽを向いた。おいおい。
「だってこれおい、これ」
「しかたねぇだろう。隊長さんの機体は、もうコクピットくらいしかまともに動く部位が残ってなかったんだ」
「予備機があるって……」
「しかたねぇだろう。こいつを弄り回す機会なんて、こんな時くらいしかねぇんだから」
「おい本音ダダ洩れてんぞ」
俺の目の前、整備用ハンガーに吊るされた機体は、格納庫の照明を反射して鋭角的な陰影とハイライトを描き出している。慣れ親しんだ王国軍制式採用機アーゼェンレギナの曲面を主体とした装甲では描くことのないシルエットは、それが帝国の開発し、森域がライセンス生産している強化鎧骨格――テンチュイオンⅡであることを如実に物語っていた。
「まぁ、あんたなら乗りこなせるだろう」
「気楽に言ってくれるなぁ」
俺は半笑いで返した。それなりに騎士としてやってきて、強化鎧骨格も人並み以上に乗りこなしてきた俺ではある。もちろん操縦者としての自負は人一倍だ。ただ、あくまでそれは慣れ親しんだアーゼェンレギナに搭乗した場合であってね。なんだ機体ぶっ壊した腹いせですかね?
「俺、テンチュイオンとか一回も乗ったことないんだけど」
「よかったな、初めて乗れるチャンスだぞ」
「怒ってる?」
「怒ってないよ」
よかった、怒ってなかった。いやいや。さすがの天才ティエスちゃんでも、機体特性すらさっぱりなテンチュイオンに初乗りで森域の強者と渡り合うってのは――
「怖いのか?」
むっ。俺の一丁前の自尊心を無遠慮に撫でられて、ピクリと肩がはねる。視線を機体からおやっさんにむけると、彼はダンディな顔面にニヒルな笑いを貼り付け、黒眼鏡をギラリと反射させた。
「隊長さんが無理だってんなら、今からでも予備機を仕上げなきゃならん。まぁ、今夜も徹夜だろうが仕方ない。試合は待ってくれねぇからな」
「おいおいおい、誰が無理って言ったよ」
俺はキッとおやっさんをにらみつける。並の隊員なら震え上がる俺のひとにらみを真正面から受けてなお、おやっさんはむしろその笑みを深めた。
「いやはや、俺たちも反省ものだよ。さすがのティエス中隊長さまでも、触ったこともない機体で試合に出るなんてできっこないさ。まあ隊長さんも見栄ばかり張って無茶をしようなんてバカな考えはよすんだなハハハハ」
おやっさんの嘲るような口調に、俺の中で何かが切れた。乗るなティエス! もどれ! いいや限界だ、言うねッ!
「出来らあっ!!」
はい言ってしまった。もうこんなん書き文字で言うしかないですからね中隊長として。言ったからには後には引けないんですけどね。畜生、俺のチョロチョロな性分がにくい。
「その言葉が聞きたかった」
おやっさんは笑みを嘲りから色の違うものに変え、深くうなづいた。ブラックジャック先生みてーなこと言いやがって。まぁマシーンにかけては確かにBJ並みの名医だよおやっさんは。出来る限り仕上げたってんなら、それを信じるくらいの度量は見せねーとな。
「よし、そうと決まればフィッティングだ。隊長さん、来てくれ。コクピットブロックは丸々レギナのやつを移植してある。操作感はそう違わんはずだ」
おやっさんは真面目な仕事モードに切り替えると、キャットウォークに上って俺を手招きした。茶番は終わり、ということらしい。俺も地を蹴って、キャットウォークに飛び乗った。
「あいかわらずえげつない運動能力だな、まったく」
「ま、これくらいはね。それでなんだって、レギナのコクピット丸々移植? うわほんとだ」
アクロバットして横に並び立った俺を見るおやっさんの目は呆れ含みで、まあいつものことなので軽くいなす。強化鎧骨格のうなじにあたるコクピットハッチから中を見渡せば、なるほど内装は非常に見慣れたものになっていた。
「言ったろ、コクピットは無事だったんだ。インターフェースは王国《こっち》の仕様のほうが隊長さんも扱いやすいだろ」
「しれっととんでもねー工数掛けやがって。ウチの整備班は優秀すぎて困らァ」
「評価はありがたく受け取っとくよ。さ、乗ってくれ。時間がないんだ、さっさと仕上げちまうぞ」
「おっけー」
おやっさんが親指でコクピットを指す。エルフのところに長居したおかげですっかり夕刻。明日の試合までそう時間はない。調整と慣熟に使える時間は極めて有限だ。コクピットに滑りこむ。ハッチが締まり切る前に、俺はへらりと笑った。
「実は俺、いっぺんテンチュイオンにも乗ってみたかったんだよね」
「ったく、本当に物好きな隊長さんだよ」
完全に外界と遮蔽されてなお、強化鎧骨格の高性能に過ぎるマイクが拾ったおやっさんのボヤキが、インカムから俺の耳をくすぐった。