「ラグラルキーン……たしか、古い国の名前だよな。ずっと昔に滅びた」
「さすがは王国指折りの俊才、よくモノを識っている。そう、そのラグラルキーンだね。そしてその最後の王がこの私、アマリエルということだ」
どうしよう、反応に困るティエスちゃんだ。そういうロールプレイなんだろうか。亡国の姫、確かにシチュエーションとしちゃおいしいもんな。でもそういうのはせめて小学生までで卒業しとくもんだぜ? この世界に小学校ないけども。しかし身なりを見るにそれなりの身分の女だというのもわかるから、どうにも無碍に扱えないんだよな……。俺が微妙な顔をしていると、アマリエルは片眉を少し持ち上げて言った。
「おや、信じてくれていないようだ。まぁ、国を滅ぼした王なのだから、あまり大っぴらに言うものではないのは確かだよ。自身の不甲斐なさにはまったく嫌気がさす。でも、事実だからしょうがないんだな」
「冗談はよしこさんだぜ。ラグラルキーンが滅んだのは創世記の昔の話だろうが。現存してる創世記の写本で執筆年代がだいたい今から2500年前だぞ。原本はもっと前だろうし、実際ことがあったのはそれよりも前だろうが。いつから生きてるっていうつもりだよ。エルフだってそんなに長生きはできねーよ」
「ほんとうによく知っている。でもそれは今のエルフの話だろう? それだけ知っているなら、古代エルフの寿命が現生のそれに倍してなお余るほどだったことくらいは知っているはずだ」
「それこそ御伽噺だろ。神武天皇が享年120歳オーバーだったみてーなやつだ。真に受けるような話じゃねー」
「君たちの世界の歴史について私は多くを知らないけれど、今のエルフはあれでだいぶ
「だからって倍以上ってのは……んん?」
なんかこいつ、今聞き捨てならねぇことを言わなかったか? いつも通りの伝わらないことが前提の軽口に、この女は何と返した。俺は背に水が走るのを感じた。アマリエルは依然として笑みを浮かべたままだ。俺は気取られないように身構えた。ことと次第によっちゃぁ……。
アマリエルはそれにあっさりと感づいたうえで、不思議そうに片眉を上げた。
「――そんな名前をしておいて、隠しているつもりだったというの?
アッーー! 完全にバレてますねこれはーー!! 俺はその場でひっくり返ってじたばたしたい気持ちをかろうじて押しとどめて、探るように言った。
「い、いいいい異世界人ちゃうわ!!」
ぜんぜん探れてないし動揺も押しとどめられませんでしたねーっ! アマリエルはさも愉快そうにくすくすと笑う。うーんなんだろうこの語るに落ちた感じ。俺は少しだけ冷静になった。不意打ちは卑怯じゃないっすかねー!
「語るに落ちたな」
「ソウデスネ」
「そう硬くならないでもいい。別に私も、貴卿が
アマリエルはからからと笑うと、一瞬だけ遠い目をした。何かを懐かしむような、ひどく寂しげな目だった。まぁ一瞬のことだったから、次の瞬間にはもう元の笑みに戻っていたけれど。アマリエルは続けた。
「ただ少し、話が聞きたいんだ。君の
「それは……」
俺は周囲に目を走らせる。森域の技術団は王国の技術に夢中でこちらに意識を向けている様子はないが、あまり内緒話ができる環境ではない。とはいえ気分を損ねてべらべらしゃべられても……と逡巡すると、それを見透かしたようにアマリエルは言った。
「むろん、今ここでという話じゃない。後で時間を作ってくれると嬉しい、という話だ」
「あいにくスケジュールがパンパンなもんで……」
「なに、その辺は心配しないでもいいよ。私はこれでも王だからね、その辺の融通は利くんだ」
「はぁ。左様で……」
なんというか、もうどうにでもなーれの気分である。完全に主導権を握られちまったし、俺はもう諾々と頷くほかない。さながら蛇に睨まれた蛙である。驚くべきことだが、俺は武力でもってこの女を制圧できるヴィジョンが今この段階で浮かんでいなかった。なんというか、ニアの親父――テッテンドット卿とかを相手にするのと似たようなプレッシャーを感じる。あるいは、それ以上か――。
「左様だとも。じゃあ、そういうコトで。しばしの別れだ」
アマリエルは気楽に片手をあげて別れの挨拶の代わりとし、マントを翻してつかつかと歩き去っていった。あながち、神話の王という自称もあるいは、と思わせる超然とした態度に、俺は大きく息を吐く。俺より強い女というのは俺が最も苦手にする存在だ。女医とかね。
なのでそういうことになった。