「――ってことがあってな」
「へぇ、ラグラルキーンですかぁ。それはまた、ずいぶんと大物が混ざってたものですねー」
「知っているのかライデン」
「誰がライデンですか」
様式美ってヤツだよ。ミッティたちと茶をしばくティエスちゃんだ。技術交流会は大盛況の後につつがなく終了し、晩飯までの間が少しだけ空いたのでねじ込まれたのがこのティータイムである。なお他の参加者はハラグロイゼ卿とリリィ姫+ライカ君である。エルヴィン少年? 嬉々としておやっさんの手伝いに走っていったよ。本当に勘のいいガキだ。できれば俺も逃げ出したかったね。
「ハラグロイゼ卿も、かの御仁についてはご存じで?」
「うん、陛下がいらっしゃったのであれば、私も挨拶の一つはしておきたかったところだね」
「それほどの」
ハラグロイゼ卿はそういって静かにティーカップを傾ける。王国以外のことは屁とも思っていなさそうなハラグロイゼ卿に陛下とまで言わせる人物なのか。こりゃいよいよ大人物だな。実際話した感じそういう貴種貴種したオーラは微塵もなかったんだがな。
「創世記の末より幾千年を生きる魔女、と王国には伝わっていますねー。それだけだとただの御伽噺ですけど、実際に歴代国王の即位式にはご出席為されていた記録が残ってますし、数百年単位で人里に逗留為されていた記録も残っています」
「それこそ、似たような姿のエルフが代替わりしてんじゃねーの?」
「そのように言うものも多いね」
この世界、VTRはおろか静止画写真だって発達していないんだ。記録って言ったって文字情報と姿絵がせいぜいだろう。確証といえるようなもんじゃない。しかしハラグロイゼ卿は含むように笑った。
「魔導鎖標本が各地に残ってるんですよー。一説には、魔導鎖の概念を広く広めたのもかの王だったとか。……ティエスさん、大学の次席だったんですよね?」
「ぐぅ」
ぐさりと刺されてぐうの音しか出ない。大学でなに勉強してきたンすか? 女の落とし方と酒の飲み方っスか? みたいな冷たい目を向けられている(被害妄想)。ハラグロイゼ卿がとてもやさしい目で俺を見てくる。やめろやめろイジメだろこんなの!
仕方ねぇだろ専門外なんだよ専門外! 魔導鎖はどっちかというと生物科学な分野で、おれが専攻して研究してたのは機械工学系なの!
いわれてみれば、なんかそういう話も聞いたことがあるような気がしないでもないけど、そういう専門外かつ興味のない話を覚えておくリソースなんてなかったの!! 知識に偏りがあるのは自覚的だよ!
えっ? そんなだから主席をシャランにとられるんだって? ぐぅ……。
しかし魔導鎖標本があるというのならば話は分かる。魔導鎖はこの世界のすべての動植物に存在するシリアルナンバーだ。遺伝子と違って一卵性双生児でも魔導鎖は異なる。個人の特定・同定にこれほど便利な存在はない。便利すぎてこわいくらいだぜ。そして魔導鎖の情報は文字情報に書き起こすことができる。標本と呼ばれているのがそれだ。まさしく標した本というわけやね。
俺は本題に入った。
「で、そんな生ける伝説から会談っぽいものを申し込まれちまったんですが」
「うん、私のところにも書簡が届いたよ。できれば今日中に時間を都合してほしいとのことだ」
「そりゃまたずいぶんせっかちな」
ハラグロイゼ卿が、スッとテーブルの上に滑らせたのは、飾り気のない便せんであった。内容もまたシンプルで、時候の挨拶もそこそこに用件だけがさらりと書き留められている。とてもじゃないが一国の外交使節に手渡す類の手紙ではない。
「最初はただのいたずらとも思ったのだけどね。私の部屋のドアに直接手紙を挟んでいけるようなモノのする悪戯にしては些か可愛らし過ぎるし、イセカイジン卿の所感から鑑みても、これはどうやら本物らしいという結論に至った」
「ちなみにハラグロイゼ卿は、直接の御面識は」
「今上陛下の即位式の折にね。あの頃は私もまだ童であったことだし、今の私の顔を見ても、きっとお気づきにはならないだろうね」
なるほど、面識なしと。ミッティを見るが、ゆるゆると首を横に振っている。リリィ姫は……なんだろう、そわそわしているな。
「どうしました、姫様」
「あ、いえ、そのぅ」
俺が水を向けると、リリィ姫はどこか落ち着かない様子でもじもじした。そして意を決するようにカップに残っていた茶を干すと、口を開いた。
「その会談、わたくしも臨席させていただけないでしょうか」
「うん、構わないだろう。随伴する人員については何の指定もないようだしね」
俺が何か言うよりも早く、ハラグロイゼ卿がGoサインを出した。姫のかんばせがぱっと華やぐ。えぇ……護衛の手間が増えるんですが……。
しかし上司の決定に逆らえないのが宮仕えの悲しさである。そういうことになった。