ティエスちゃんは中隊長   作:永多真澄

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1-12 ティエスちゃんは巻き込まれる

「ほっほっほっほっほ……」

 

 ランニングは己自身との対話の時間、ティエスちゃんだ。今は病院外周のトラックを使って軽く走り込み中。

 軍病院ってこともあって、機能回復用に1周1キロからなるランニングトラックが整備されてるのはありがたい限りだ。おかげで敷地の外に出ずして長距離を走ることができる。

 

「ほっほっほっほっほ……ふぅ」

 

 軽く3キロ走ったら、クールダウンを兼ねて1キロ散歩。これを1セットとして3セット行い、そのあと身体強化を併用した2キロのダッシュを3本。これを毎朝のトレーニングメニューとしている。まあとはいえ始めたのは3日前からだけど。ようやく全身の骨やら筋肉やらがまっとうにくっついたらしく、女医からも退院許可が出た。5日後にはこのクソッタレな生活からもオサラバできる。魔法も解禁され、今は原隊復帰に向けて体づくりの真っ最中だ。

 

「だいぶカンが戻ってきたな」

 

 首から下げたタオルで額を拭い、呼吸を整えながらウォーキング。3日前なんかひどいもんだったからな。最初の5キロで息も絶え絶えになった。ほんと少し目を離すだけで筋肉は裏切る。信用ならない存在だ。

 夜明けちょっと前から走り始めて、そろそろ御山の稜線から太陽が顔を出す直前。峻嶺の山の端にすぅっとオレンジの線が引かれた姿は、まるで紅をさしたように艶やかだ。

 

「やぁ、せいが出ますなぁ」

 

「ああ、どうもおはようございます」

 

 早起きは三文の得って言葉を実感していると、トラック脇のベンチで体を休めている老爺から声を掛けられた。

 年のころは七、八十と言ったところで、しわだらけの柔和な顔つきはいつもうすらと笑みを浮かべている。杖こそついているがその足取りは矍鑠としたもので、まあなんというか、元気そうな爺さんだ。

 この爺さんとはトレーニングを始めた3日前からの仲で、いつもここでぼんやりしてらっしゃる。まあむこうもいっつも走ってんなーとか思ってるのかもしれんけど。爺さんは目を細めた。

 

「美しい日の出だ。きっと今日はいい日になるでしょうな」

 

「ですねえ。こうしてゆっくり日の出を見る機会なんてなかったんですけど、いや、いいもんですな」

 

 俺もしみじみと返す。いやホント、綺麗なんだよな、日の出って。大学の頃は昼まで寝てたし、軍に入ってからは朝礼やらなんやらで朝に優雅な時間はひとかけもないしで、すっかり見逃してしまっていた。そう考えると、この病院生活も悪くは……うーん……。

 

「おっと、毎度のことながら呼び止めてしまってすいませんな。歳をとると、だれかれかまわずおしゃべりがしたくなっちまうもので」

 

「ああいや、かまやしませんよ。あー、ミスターは長いんです? 入院して」

 

「おや、わかりますか」

 

 俺はクールダウン代わりに雑談に乗ってやることにした。まあ慈善事業みたいなもんだな。軍人としちゃ、領民の助けになるのが本分みたいなとこあるし。どんなささいなことでもね。

 

「不躾だったらすんませんなんですけど。俺が入院した時から、よく病棟でもお見かけしたんで」

 

「いえいえ、かまいませんよ。中隊長さんはよく見てらっしゃる」

 

「恐縮で……あれ、俺が中隊長だってこと、話しましたっけ?」

 

 俺は訝しんだ。軍人だと断定されるのはわかる。なんたってここは軍病院だ。軍人も多く入院してる。でも階級をズバッとあてられるほど、この爺さんと話をした覚えはない。

 

「ふふ。まあ仕事柄、それなりにツテがあるんですわ」

 

「あの、お仕事は何を?」

 

「今は隠居しとりますが、以前は観光局の調()()()の方で少し」

 

 俺はひっくり返りそうになった。こ、この爺さん元スパイじゃねーか!? 観光局調整課ってのは王国陸軍情報部の連中が使う表向きの身分だ。俺もシャランの時とかでときおり世話になっているが、マジであいつらの情報収集能力は気持ち悪いぐらい高いからな……。俺は身構えた。

 

「ああ、そんな身構えんでも。世間話ですよ、世間話。中隊長さんは"違い"ますんで」

 

「それでもそこまで身分を明かすってことは、なんかあるんでしょうがよ」

 

「まぁ、ふふ」

 

 爺さんの含みのある笑い声が、妙に心をざわつかせる。くそう、すてきな朝の時間を返せ。俺は心中で悪態をついた。爺さんが本当に世間話をするように続けた。

 

「実はですな。さるやんごとなき御方の御落胤が、今この病院に検査入院しておられましてな?」

 

「そりゃまた。庶子ってやつか」

 

 口のなか酸っぱくなってきた。そんなさらっというこっちゃねーだろ。

 

「ええ。この街の商売女と、まあ、いろいろあったようで」

 

「なんだ? 認知してくれーってお貴族様にでも詰め寄ったのか?」

 

「ま、そういうことで」

 

「マジかよ」

 

 どんだけ脳味噌空っぽならそんなことできんだマジで。金欲しさ……いや、子を思うからこそ、みたいなアレもあんのか? これだけの情報じゃ判別つけらんねーけど……とにかく。

 

「そいつは大変だったな。じゃ、俺はこれで!」

 

 にげるぜ! 身体強化重ね掛け、ダッシュだ! 付き合ってられっか! しかし俺の身体強化はレジストされた。うっそだろお前、他人の身体強化阻害するとかどんだけ熟達の風魔法使いだよ!? ――いや、巧妙に隠してるが4人か。4人がかりで妨害されりゃそりゃレジストもされるわな。囲んで棒で殴れば強い。練度も結構なもんだ。手が出ねぇ。

 

「まあまあ、もう少しお話ししましょうや」

 

 爺さんはにこやかな表情を一切崩さず言った。俺は喉まで出た罵倒を何とか飲み下して、盛大にため息を吐いた。

 

「とりあえずシャワー浴びてきていい?」

 

「ええよ」

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