ティエスちゃんは中隊長   作:永多真澄

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5-5 ティエスちゃんは太公望というよりは文王だったかもしれない

「零号機……!」

 

「久しいな、ジャスティン先生」

 

 おー、驚いてる驚いてる。してやったりのティエスちゃんだ。俺は笑いをかみ殺しながら種明かしをする。

 

「アンタ、オティカの対人発話インタフェースの開発者らしいな。本人から聞いたよ」

 

「そうか……零号機は、あなたのもとに落ち着いたのですね」

 

 ジャスティンはすべてを察したような顔になった。いや違うぞ。オティカは別に俺の配下ってわけじゃないしな。一応、リリィ姫の保護下ってことになるのかな。

 

「この女の下についた覚えはない。……借りはあるがな」

 

「トイチで返せよ」

 

 俺がニヤついた顔をオティカに向けると、彼はそのつるりとした顔面に苛立ちの色を浮かべた。正確には細かな仕草から読み取った感情だがね。こいつにそんな機微を表現できるような表情筋は搭載されてないし。

 俺は気を取り直して、ジャスティンに向き直った。

 

「……さて、ジャスティン。アンタほどの男が、なんで研究所を追われたんだ? オティカの脱走を手引きしたのがバレたか?」

 

「まさか。そうであったら、今ごろ僕の命はないでしょう」

 

「だろうな」

 

 オティカの逃走を手伝ったことは否定しないんだな。ずいぶんうまくやったらしい。しかしどうやったら穏便にクビになれるもんなのかね。

 

「すると不可解だな。アンタみたいな天才を「野生の後継者」が手放すとは思えねー。どういう魔法を使った?」

 

「……転移魔法を使ったのです」

 

 俺は思わず噴き出した。比喩に対してそのもので返すやつがあるか!

 いやまあ、実際それで逃げてきたんならそうとしか言いようがないんだろうが……それにしたってさあ。

 俺は咳払いをした。

 

「いやすまん、ちょっと予想外だったもんでな。転移魔法、ずいぶんと高度な風魔法だ。俺でもやろうとしたら相当疲れる。みたところアンタは魔法使いには見えねー。まったく、とんでもねーもんを作りやがったな」

 

「賢狼の秘術、創世記の昔の技術を紐解いたモノであると聞いています。僕も全容はわかりません」

 

「仕組みを知らなくても使えるレベルってことか。厄介だな」

 

 この後おこるクーデターのことを思うとめまいがする。転移による電撃戦なんかをやられたら、正直守りようがねぇ。どれくらいの精度で、どれくらいの質量を送れるのかは、根掘り葉掘り聞かせてもらわねぇとな。

 

「話をいったん戻すが、つまりお前さんは件の研究所を解雇されたわけじゃなく、逃亡してきたってことでいいんだな。それで、族長である親父を頼った」

 

「いえ、仲間に迷惑はかけられませんので……特に弟は次期族長です。家との関わりは切っておく必要がありました。なので、これを……」

 

 ジャスティンが懐から取り出したのは、ガラスの小瓶に入った形容しがたいマジョーラな色合いの液体だった。口に噴霧器が付いているから、香水だろうか。些か色がどぎついが……

 

「これは僕が発明したもので、これを体に噴霧すると対面した相手に非常に強い不快感をもたらす思念波が発振され、インスタントで嫌われることができるようになる「嫌われ薬」です」

 

「ムシスカンじゃねーか。あいや、あれは飲み薬だったか。なんつーもんを開発してんだ。あとで一本くれ」

 

「水中でも効力を発揮するように調整するのに手間取りました。ムシスカン……まさか類似する品がもう?」

 

「いや、空想の読み物に出てきた架空の薬だよ。多分マジで作ったのはアンタが初めてじゃねーかな」

 

「そうですか、それはよかった」

 

 パァっとジャスティンの顔が明るくなる。それなりに自信作だったのだろうか。やっぱ第一人者のプライドってのがあるんかね。

 その話を後ろで聞いていたデトリダスが、はっとしたような顔をした。

 

「せ、倅よ! ではもしや、お前が出戻ってきた日、吾輩がいつになく怒ってお前を放逐してしまったのは……」

 

「……すみません、父さん。父さんや一族を巻き込むわけにはいかなかったから」

 

 バキッという打撃音が、整備区画に響く。デトリダスがノーモーションで繰り出したパンチが、ジャスティンの頬にクリーンヒットした音だ。おお、いいパンチしてるじゃねーの。

 

「この……馬鹿息子が……っ!」

 

 押し殺したようなデトリダスの呟きが、やけに大きく響く。俺は一つ息を吐いてから、二発目を繰り出そうとしているデトリダスの腕をつかんで止めた。

 

「そこまでだ。愁嘆場とか感動の再会とかはウチに帰ってからにしてくれ」

 

「し、しかしイセカイジン卿……!」

 

「デトリダス・ウォノエ。アンタも族長という立場を背負ってるんだろう。弁えろ」

 

 抗弁するデトリダスをひとにらみすると、彼はそれでもしばらくエアレーションの音を響かせていたが、やがて観念したように腕の力を抜いた。

 俺はデトリダスを離した手で蹲るジャスティンの手を取ると、ヨッと一息に立ち上がらせる。

 

「まぁ、色々話したいことはあるんだがな、まだ返答をもらってないんだ。俺のところに来ないか、ジャスティン。お前さんの頭脳が、今は必要だ」

 

 俺はジャスティンの腕を掴んでいた手をいったん離して、握手を求める形に直した。ジャスティンはしばらくの逡巡を見せる。

 

「無論、食うに困らない生活は約束する。何なら、これから起こるだろう魚人の困りごとを解決する手伝いもしてやる。悪い条件じゃないと思うぜ」

 

 俺は辛抱強く、ジャスティンの決心を待つ。なぁに、ここで速攻手を取られても白けるだけだからな。良ーく悩むといいさ。俺はただ自信満々の笑みで、「こいつに任せれば何でも上手くいきそう」と思わせる余裕を見せてやればそれでいい。

 数分間、ジャスティンは悩み続けたが、その結果として――彼は俺の手を握った。

 

「浅学の身ですが……あなたのもとで働かせてください、イセカイジン卿」

 

「ティエスでいい。よろしく頼むぜ、ジャスティン」

 

 俺もジャスティンの手を握り返し、がっしりと握手を交わした。横に控えていたオティカが、ホッとしたような雰囲気を醸している。何のかんの言って結構慕われているらしくてよかったぜ。これからは同僚になるんだからな。

 俺はにこやかにガッとジャスティンの肩を抱くと、この場に集まった連中を見回して宣言した。

 

「よォし、作戦会議すっぞ!!!」

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