「災難だったみたいだね、ティエス卿。状況は特使殿から聞いているよ」
「まったくだ。連中、そろそろ辛抱たまらんみたいでね」
エルフの長老・ウィエルサードと茶をシバいているティエスちゃんだ。リリィ姫とライカ君、エルヴィン少年も同席してお茶会している。
また、今回は珍しい顔ぶれとして魚人の長であるデトリダスもテーブルを囲んでいるのだが、こちらは耐環境スーツの中身が氷漬けにでもなったみたいにカチコチになってやがる。氏族間でのヒエラルキーみたいのが如実に見えるね。世知辛い話だ。
「統合府への転移阻害は、どんな塩梅で?」
「うん、連絡をもらってすぐに対応したとも。とりあえず統合府全域はカバーできる。あとで配置を伝えるから、カバーはよろしく頼むよ」
「心得た」
うん、仕事が早くて助かる。とりあえず転移による夜討ち朝駆けはこれで対策できたな。しかし転移阻害に人員を割く必要からエルフの戦力はぐっと減るし、転移阻害担当者の護衛にも戦力を割かにゃならん。頭の痛い問題が増えたな……現場責任者の考えることじゃないんだよなあこれ……。
「ちなみに、森域各地の統合軍基地は?」
「残念だが、全てはカバーできない。エルフは数が少ないのが弱点だからね」
「数が多かったらそのぶん統合府の防衛に回しそうなもんだがな」
「いやはや、違いない」
くつくつと笑いながら、ウィエルサードはカップに口をつける。盟主氏族の長にしては気やすいのはいいが、気やすすぎてブレーキ踏みそこないそうになるのが怖いところだ。自制心自制心っと。俺はバスケットのクッキーを一つ取って噛み割った。うん、いい味。
「……時に、
「……それは」
「なに。気にすることはないさ。統合府の中では、ここが一番の安全地帯だ」
実際、統合府庁舎よりもよっぽど防備が堅いからなここ。ここが失陥するような事態ってのは、イコール統合府の敗北だ。そんな城に他氏族を受け入れるというのは、エルフの気質からするとどこか胡散臭くもあるが、とはいえ逆侵攻に打って出るつもりの王国軍《おれたち》としては、ありがたい申し出と言えるだろう。
まぁ、姫はどうもその気はないようだが……。
「大変ありがたいお話ですが、すみませんウィエルサード様。わたくしは、ティエス卿とともに征くつもりです」
「ほう?」
「父王の野望が森域を焦がさんとする中、一人安全圏で成り行きを見届けるだけではいけないのです。父王を糺すのが、わたくしに課せられた責務であると、そう考えます」
リリィ姫は背筋をピンと伸ばして、強い意志のこもった目でウィエルサードを見据えた。ウィエルサードはそれを真っ向から受けて、緩やかに笑んだ。
「なるほど。しかし些か負担になるんじゃないかな、どうだいティエス卿」
「そりゃまあ、
「まぁ」
俺がぶっちゃけると、姫が苦笑した。ライカ君がピクリと耳を動かしたが、これくらいの放言は許してくれよな。そもそもこの辺の話はさんざ道中でかわしてきたから、俺もすでに根負けしたってワケ。
「とはいえ、断れば手勢を連れて一人で乗り込みそうな勢いなんでね」
俺が肩をすくめて見せると、ウィエルサードはひどくどうしようもないようなものを見る目で俺と姫を見てから、大きく嘆息した。
「そうかい。ま、ならばこちらからは言うことはない。武運を祈るよ、
「はい。ありがとうございます、ウィエルサード様」
「うん。……えぇと、あー、エヘンエヘン。それでだね、ティエス卿」
ウィエルサードは深々と頭を下げる姫に鷹揚に頷いてから、ひどくわざとらしい咳払いをした。目線は俺に向いているようで、少し外れている。隠してるようだがバレバレなんだよなぁ、チラチラ見てただろ。
盟主氏族の長の姿かね、これが。俺は小さく溜息を吐いてから、口を開いた。ウィエルサードの口から言わせるのもアレなので。
「ウィエルサード。戦争の間、エルヴィン従士をあなたに預けたい。頼まれてくれるか」
「えっ俺!?」
俺のあらたまった口調に、真っ先に反応したのは当事者であるエルヴィン少年だ。急に水を向けられて驚いたのか、飲みかけのカップを取り落としそうになってわちゃわちゃしている。あぶねぇなあ、火傷したらどうすんだ。俺はひょいとエルヴィンのカップをかすめ取って、静かにテーブルに置いた。
「そ、そうかね。なるほど、なるほど! では、うん、そうだね。ティエス卿と私の仲だ。その申し出、喜んで引き受けるとも」
いや、そんなにあんたと親密になった覚えはねーぞ。欲望丸出しか。あれだな、あれ。お盆とかで母方の実家に顔を出したとき、日帰りのつもりだったけど思いのほか長く滞在した結果、時間も時間だし泊まっていきなさい、ってなったときの祖父母のそれだ。もう少し取り繕ってくれよ
「え、でも俺も中隊長と一緒に……」
「バカ。ガキが戦場になんて出るもんじゃねぇ。そういうのは大人になるまで取っときな」
「わーっ、やめろよもー!」
抗弁するエルヴィン少年の頭頂部をぐりぐりと撫でて、髪をわしゃわしゃする。最近毎朝髪の毛を隠れてセットしてんの知ってんだからな、色気づきやがってマセガキめ。戦場は大人の社交場なんだよ。子供の出る幕はねぇ。
俺はエルヴィン少年の髪をわしゃわしゃするのをやめると、その手を頬にスライドさせて、目線を合わせた。
「ま、心配するな。俺がすぐに片づけてきてやるからよ。少年はそこのバァさんに魔法でも教えてもらって、おとなしく待ってな」
「……ばあさんて、さすがに非礼が過ぎんだろ」
エルヴィン少年はしばらく逡巡して、そうしていつものようにツッコミを入れた。なぁに、当のウィエルサードはおめーに魔法の手ほどきができると思ってウキウキだからな。聞きとがめられやしねーさ。
「それでっ、それでっ、いつからウチに泊まるのかな?」
もーおばあちゃん気が早いって。俺は半笑いになりながらも、エルヴィン少年の肩にポンと手を置いて言った。
「今日このまま置いていく。荷物は追って届けさせるから、頼んますワ」
「えぇーっ、今!?」
「うんうん、任されたとも!」
そういうことになった。
なおデトリダスは終始置物だったが、結果的に統合軍への全面協力を条件とした安全保障の約定を交わすに至ったから、まぁよかったんじゃないっスかね。