「ティエス・イセカイジン中隊長! 入ります!」
「やあ、イセカイジン卿。ずいぶんと息が乱れているじゃないか。お茶でもどうかな?」
直立不動で敬礼するティエスちゃんだ。相対するのはハラグロイゼ卿で、優雅にティーカップを傾けている。俺はだらだらと脂汗を流した。
よほど疲れていたのかはたまた予期せぬ精神干渉の弊害か、夕方過ぎに起床した俺は予定されていたハラグロイゼ卿とのミーティングをすっぽかしていたことに気付き、大慌てで整備区画の即席会議室に駆け込んで今に至る。予定の時間から2時間は過ぎているというのに、ハラグロイゼ卿は眉一つ動かさずににこやかに俺を迎えてくれた。こわい。
「すみません、少々夢見が悪く!」
「ほう、夢見」
「その……アマリエル・ラグラルキーンが夢に出てきまして、お告げのようなことを……」
「……なるほど、アマリエル陛下が夢枕に」
俺はしどろもどろになった。我ながら言い訳じみている。時間をすっぽかすとか軍人としては一番やっちゃいけないことだからね。百烈ビンタを食らっても仕方のないやらかしだ。
しかしアマリエルの名を出した瞬間、ハラグロイゼ卿の笑顔にわずかな変化があった。おっ、これはいけるか?
ハラグロイゼ卿は顎に手をやってしばし考えを巡らせた後、小さくため息をついてから続けた。
「……うん、仕方がない。イセカイジン卿の今回の寝坊については不問としよう」
「よ、よろしいので……?」
ゆ、許された……? 俺は伺うようにハラグロイゼ卿を見る。別に罰を期待しているわけではないが、お咎めなしというのもそれはそれで不気味だ。ここで恩を売っておいて、あとででっかく回収するつもりなのだろうか。ありうる。俺はブルった。何をやらされるかわかったもんじゃねぇ。
そんな俺の内心が伝わったのか、ハラグロイゼ卿はフッと笑みを浮かべた。
「なに、私も他人のことは言えなくてね。白状してしまえば、私も予定の時間よりずっと遅れてここについたのさ。寝過ごしてしまってね」
「えっ」
なんだろう、優しい嘘だろうか。「ゴメ~ン待った?」「ううん、俺も今来たとこ」みたいな。
……いや違うな。俺は即座に切り捨てる。
であれば、事実なのだ。だが事実だとして、わざわざ自分の失態を教えてくれる意味も分からない。自分のことをいかに棚上げできるかが貴族の腕の見せ所だというのに。
俺は困惑しながらも、ひとつ、思いついた。
「ということは、ハラグロイゼ卿の夢にも……」
「うん。アマリエル陛下がお出ましになったよ。あいも変わらず美しい御方だった」
ハラグロイゼ卿は、今までに見たことのないようなうっとりとした顔を見せた。ちょっと趣味悪くないっスか、と喉元まで出かかって飲み込む。さすがにそれを言ったら俺の首が飛ぶだろう。俺は慎重に言葉を選びながら問うた。
「それで、ハラグロイゼ卿には何と……?」
「イセカイジン興がいうことを信じるように、とね。時間がないとかで、それだけ言って消えてしまわれたよ」
ハラグロイゼ卿はくつくつと笑いながら答えた。面白い要素あったか? 今の話。
ハラグロイゼ卿は続けた。
「さて、少し人払いをしよう」
ハラグロイゼ卿が目配せをすると、会議室に集まっていたメンバーの大半が席を辞した。残ったのはハラグロイゼ卿、俺、そしてミッティの三人である。いつぞやの密談の再現だな。
ざわりとした感覚の後、部屋の雰囲気が変わる。外部からの音が一切遮断されたのだ。結界か。ミッティに軽く目線を向けると、ミッティは小さく頷く。正解らしい。
ハラグロイゼ卿も変化に気付いたようで、口を開いた。
「さて、それでは聞かせてもらおうか。イセカイジン卿、君はアマリエル陛下から何を聞いたのかな」
ハラグロイゼ卿が、何もかもを見透かすような目で俺を見ている。……どうすっぺかな。俺は悩んだ。一つ目、助言については言ってもいいだろう。ただ二つ目については、ちょっと刺激が強いというか、下手したらこっちが消されかねんというか……。しかしここで下手に秘密抱えるのもリスクだしなぁ……下手に隠して不興を買いたくはない。
……ハラグロイゼ卿は伯爵で上位の宮廷貴族。ミッティも辺境伯家の令嬢でどこぞの諜報機関所属。世界の秘密を知っていてもおかしくはない立場だ。これもうゲロっちゃっていいんじゃねぇかな。
俺は意を決して、切り出した。
「なんかこの世界、宇宙無いらしくてェ……」