「じ、自分が外遊している間にそんなことが……」
「ったく、マジでトンデモねー一日だったぜ。ハナッパシラ君も悪いな、戻ったばっかだってのに」
オークの本領から戻って来たばかりのハナッパシラ君を即席会議室に呼びつけたティエスちゃんだ。
「いえ、そうもいっていられない状況なのは理解しています」
ハナッパシラ君が整備区画の惨状をちらりと見て半笑いになる。このバッタバタの即席会議室もそうだが、床の一角に並べられてるエヴィロンスの残骸とか、整備区画のど真ん中で場所をとってるロケットブースターとか、技研の持ってきた資材とか、追加要員とその強化鎧骨格とか。彼が出立する前とでは大きく様変わりしてるからな。
そう、あれはちょうど俺がドンカッツに勝った後くらいだったかな。オークとの正式な協力関係締結のための特使としてハナッパシラ君には出向いてもらってたんだよね。最近出番が全然なかったのはそういうわけだ。断わっておくが、決して作者が存在を忘れていたからじゃないぞ。ほんとだぞ。
さて。そんな重要そうな役回りを何故選抜隊の中でも最も若輩のハナッパシラ君に任せたのかというと、オーク側からの申し出があったからだ。
ハナッパシラ君の親父であり俺の上司でもあるズニノール・イキリマクッテンネン卿が若かりし頃、武者修行という名目で森域を荒らしまわっていたのだが、当然オークともかち合ったのだそうだ。そして血気に逸るズニノール卿が血に飢えたオークの若い衆をごぼう抜きでボコボコにした結果、かの御仁は今でもオークに一目置かれているらしい。
オークの価値観は「強い奴がつよい。パワーオブパワー」だ。俺たち文明人からするととんでもないアホでも、連中からするとすげぇヒーローなわけやね。なもんで、その子息であるハナッパシラ君をぜひ寄こしてほしいとお願いされたわけだ。意趣返しやお礼参りというよりは、バトルジャンキー的な興味の発露やね。鷹の子が鷹なのか鳶なのかが気になって仕方ないらしい
なお、その話を受けたハラグロイゼ卿は即座にそれを承諾した。すげーいい笑顔だったな。若きズニノール卿の蛮行には王宮もかなり頭を痛めていたというから、こっちはおそらく積年の意趣返しなのだろう。親の因果子に報い。いやだねぇそういうドロドロしたのは。
俺は半笑いのまま顎で椅子をしゃくり、ハナッパシラ君に着席を促した。
「どうだった、オークの本領では」
「相撲をとりました。約定については文官の方々が粛々と」
ハナッパシラ君は遠い目をした。なるほど、この様子だと向こうにいた間は朝から晩まで相撲三昧だったのだろう。弾ける汗とぶつかり合う肉体の記憶……マジでそれくらいしか思い出がないと見える。
一応断わっておくが、「相撲」はエッチな隠語とかではなくガチの相撲だ。まあ日本の国技である相撲よりもモンゴル相撲とかレスリングのほうが近いのかもしれんがね。とりあえず無手で組み合って押し合いへし合いする格闘技だ。じゃあレスリングでいいじゃんって? 仕方ねぇだろこっちの発音でも「SUMOU」なんだから。
他の格闘、模擬戦闘にくらべて殺傷の心配が比較的少ない相撲は、力比べが大好きな連中には特に好まれている。その筆頭がオークだ。あいつらもれなくマイ化粧まわしとか持ってるからな。マイボウルみたいな
「相撲ね、オークらしい。で、勝ったのか?」
「ドンカッツ殿には惜敗しましたが……」
「ヒュゥ、やるじゃん」
俺は口笛を吹いた。棟梁のドンカッツに惜敗ってことは、そのほかの挑戦者には勝ったってことだ。やるじゃんハナッパシラ君。隙を見てちょこちょこ指導してたかいがあったぜ。
あの筋肉ダルマの息子とは思えないほど線の細いハナッパシラ君だが、その身体能力はいかんなく遺伝している。まだ磨ききれちゃいないが、ビカビカにすれば親父だって軽くしのぐポテンシャルを持つ原石。それがこのハナッパシラという青年だ。つくづく
「そんなハナッパシラ君と見込んで、ひとつ頼みがある」
「頼み……ですか?」
ハナッパシラ君が怪訝そうに小首をかしげた。俺は意味深長に頷いた。
「明日の決勝戦だが……ハナッパシラ君、お前には、俺の替え玉として出場してもらいたい」
「えぇっ!?」
ハナッパシラ君が目を剥く。まあ、そうなるわな。いきなりこんなこと言われちゃ。俺だったらこのまま回れ右して脱兎のごとく逃げ出してる自信があるぜ。いやー心苦しいなぁほんとになぁ。
俺はことの経緯をふまえて語ることにした。
「『野生の後継者』の作戦行動を掴んでな。奴らは明日の決勝、その勝敗が付いた瞬間を契機に決起する腹積もりらしい」
「それは……」
ハナッパシラ君が、ごくりと唾をのむ。明日から戦争だから準備しといてね、と言われてはーいと元気よく答えられる奴はなかなかいない。俺だってなんでもうちょっと早く言ってくれなかったのよもーと週明けの登校直前になって給食袋を出された時のお母さんみたいな反応になる。
俺は続けた。
「整備区画で組み上げてる機体、見たろ?」
「はい。ずいぶん変わった機体でしたが」
「ああ。あいつはな、空を飛んで敵の本拠にカチコミをかけるための機体だ」
「空を……!? それは、中隊長が……」
「ああ、俺が飛ぶ」
信じられない、という声が響く。何なら明日から戦争よーといわれた時よりも劇的な反応だ。これが一般的なこの世界の人間の反応なんだよな。どれだけ空が不可侵の領域だったかってのがうかがい知れる。俺は前世の記憶があるからそこまで驚きはなかったが、シャランなんかは大丈夫だったんだろうか。大丈夫か。あいつ理系だもんな。
「無論、王宮から許可は出ている。むしろ向こうから持ち掛けられた作戦だ。驚くなってのは酷だと思うが、話が進まんからな。いったん納得しろ。いいな?」
「……はっ、了解しました」
「うん、結構」
少し息を整えて、ハナッパシラ君はキリッと言った。聞き分けが良くて助かる。本当にあのズニノール卿の息子か? 反面教師って奴かね。
「それでだな。明日、俺はそっちの作戦にかかりきりになる。そうなると、決勝には出られない」
「それは……はい。わかります」
頭の中で親善試合の決勝戦とクーデター鎮圧を天秤にかけ、その軽重を測るのも一瞬。ハナッパシラ君は神妙に頷いた。計算の早い奴は好きだぜ。
「かといって、決勝戦をボイコットするわけにもいかん。そうだな?」
「はい。連中が時期をずらすかもしれない」
「そうだ。だからどっちも同時進行でやる必要がある。だけど俺はまだ分身の術は使えねーからな。そうなると、代役を立てる必要があるわけだ」
「……はい。理解できます」
「なので、それをハナッパシラ君に頼みたいってワケ。アンダスタン?」
「そこは理解できませんよ!?」
理解できなかったらしい。ちぇー。俺が唇を尖らせるのを見て、ハナッパシラ君が続けた。
「なぜ、自分なんです!? ピーター小隊長やトマス小隊長、ニア小隊長を差し置いて……」
俺はまだ言い募り足りない様子のハナッパシラ君の眼前に指を3本立てた。ハナッパシラ君は言葉を飲み込む。マジでありがたいよその自制心。大切にしなね。
俺は一呼吸の間をおいてから、立てた指のうちその一本をまず折る。
「副官はダメだ。あいつの強さは統率能力にあり、個人の武技にない。だから、俺が抜けた分の部隊指揮を任せなきゃならん」
「それは……! ……そう、ですね」
ハナッパシラ君は反論の勢いをすぼませた。実際、副官は平民上がりの職業軍人らしい職業軍人であり、武人ではない。あいつの強さは部隊運用とか連携とか、そういうところにある。頭がいいんだな。そのぶん、闘争本能は薄めだ。
「トーマスはいい線いってるが、あいつには当日の姫の護衛をやってもらわにゃならん。連中、絶対に仕掛けてくるだろうからな」
「確かに、自分では護りきるのは難しいでしょうね……」
ハナッパシラ君が悔しそうに拳を握る。彼は要人護衛の経験値が圧倒的に不足していることについて自覚的だ。敵を倒すことはできても、その過程で要人を死なせては意味がない。トーマスは要人護衛の経験も豊富だし、何よりここ数日は実際に姫の護衛役をやってくれているわけだから、他のSPとの連携にもノウハウがある。これ以上の人材はいない。よって却下。
「ニアは論外だ。あいつは武芸者の動きにはついていけない」
「そんなことは……」
「あいつはそもそも、武官よりも文官よりの脳みそなんだよ。例外に弱い。初めて見る技しか出してこない相手には一方的に負ける」
「……」
一応上司だから庇いたかったようだが、ハナッパシラ君は結局二の句を告げなかった。思い当たる節があったのだろう。頭を抱えてしまった。
「一応逃げ道を潰しとくが、ハンスはダメだぞ。未熟もいいとこだし、そもそもあいつも副官タイプだからな。出ても一瞬で負ける」
ハナッパシラ君は遂に机に突っ伏してしまった。かわいそ……。誰だよこんなに追い詰めたのは。俺だよガハハ。
「そこ行くとハナッパシラ君。お前は武人としてのセンスがある。実際、このひと月でお前は異次元の成長を遂げてるんだ。自覚しろ。オークの戦士と百人組手して九十九連勝できるとか、かなりの上澄みだからな」
「は、はい。……ありがとうございます?」
ハナッパシラ君は急に褒められたので困惑しているようだ。でも事実だからねこれ。単純戦闘力ではお前さん、いつの間にかナンバーツーだからね。ナンバーワンの座を譲るつもりはないけども。
「それにそのスタイル、手段を択ばない我武者羅さは、俺のファイトスタイルとも共通するところがある。評価してんのよ、俺はお前を。替え玉としてここまで適任なやつ、他にいるか?」
俺が絶世の美貌で微笑むと、ハナッパシラ君は一瞬半笑いになってから、それでも表情を引き締め直した。腹は決まったようだった。
「てことで、だ。引き受けてくれるな?」
「……ハナッパシラ・イキリマクッテンネン、その任、お受けいたします。家名にかけて」
「王国の栄光、確かに託したぞ」
俺はハナッパシラ君の手を取って、力強く言葉を紡いだ。これ、一種の圧迫面接だよな。俺は頭の片隅で思った。