「夜分にすまんな。集まってもらったのはほかでもない、明日の予定についてだ」
即席会議室に隊のみんなを集めたティエスちゃんだ。時刻はすっかりとっぷり夜で非番のものもいたが、招集掛けたらすっ飛んできたので及第点をやろう。
顔ぶれとしては察したような副官とトーマス、補充要員の代表としてエリカ、非番だったのに呼び出されて不機嫌そうなニア、のほほんとしたハンス、硬い表情のハナッパシラだ。あとは整備班を代表しておやっさんと、オブザーバーとしてハラグロイゼ卿が臨席してくださっている。
「なんスか、
ハンスが、平時の通りのノリで冗談めかして言った。ヤンキーの美徳だな。わざわざこんな時分に隊の全員を集めてやる会議が、そんな内容でないことは百も承知のはずだ。会議室の空気は重く張りつめていたから、その雰囲気を払拭するにはナイスなアイスブレイク。参加者の表情にも幾何かの余裕が生まれる。やだ、ウチの若いの有能すぎるんですけど。
俺はハンスの意図に乗って、半笑いで答えた。
「本来だったらそのつもりだったんだけどな。ちょっと予定が変わった。美味い飯と酒はちょっとお預けだな」
「エルヴィン従士の姿が見えないので、うすうす感づいてはいましたが……では、やはり?」
副官がうかがうような目でこちらを見る。エルヴィン少年を置いてきたのはたまたまタイミングが良かっただけだがまあそこはいい。俺はハラグロイゼ卿を一瞥し、そのおとがいが小さく揺れるのを認めてから、表情から笑みを消した。ピリッとした緊張が、副官、トーマス、そしてエリカに走る。
「『野生の後継者』の決起の日取りがわかった」
先の三人にとどまらず、会議室中の人間が短く息をのむ。事前に知らされていたハナッパシラ君などは、それであってもつばを飲み込む。
「どういう経路で情報を掴んだかは詮索するなよ。命を大事に、だ」
「……はっ、了解しました中隊長殿!」
「よろしい」
とりあえずこれでみんなは観光局からの情報だと誤認するだろう。聡い奴はミッティ当たりの関与を疑うだろうが、まぁそのほうが都合がいい。夢枕に立った魔女の予言とか言うド直球オカルトが情報ソースです、と開示するよりはよっぽど納得してもらえるはずだ。
「奴らの決起は、明日。親善試合個人戦の決勝、その決着がついた瞬間だ」
「明日っスか」
ハンスが絶句した。周りの連中も似たような反応である。副官は即座に顎に手を当てなにかを勘案しだした。頼りにしてるぞ。
「個人戦力のトップが疲弊しているうちに叩きたいってことかしら?」
「どうだろうな。現代戦は個人の武技よりも組織の総合力で戦うもんだ。そんな影響はねぇと思うぞ」
「むっ、それもそうよね……」
ニアが珍しく難しい顔をして発言したが、個人的にはその線は薄いと思っている。その理屈なら、個人戦の決勝よりも部隊戦の決勝終了後を狙うはずだ。単純に疲れてるやつの人数が個人戦の場合の倍以上だからな。ニアもその辺に考えが回ったらしく、納得していた。
まぁ、そもそもの話だが――
「それに、試合は所詮試合だ。殺し合いじゃない。仮にも決勝まで勝ち上がるような一騎当千の個が、その程度のお遊戯で疲れ切って戦えないってことはないだろうよ」
「その脳みそ化け物理論、やめてよね」
ちょっと辛辣じゃないかね?
とはいえ、実際にタマの取り合いをすんのとそうじゃないのとでは、心もちが全く違うわけで。一戦交えた後の疲労度もそりゃ変わってくるわな。実力者同士の死合いともなれば、終わった頃に立ってる奴すら精も魂も尽き果てんばかりになるだろうともさ。
「正直、連中が何を考えて決起の日をそこに定めたのかは、わからん。そもそも俺たちはそっちの専門家じゃないからな。その辺考えるだけで無駄だ」
「無駄ってことはないでしょうよ」
「無駄だよ。……戦争中に他所のことを考えてたら、死ぬぞ、ニア・テッテンドット小隊長」
「むっ」
ニアは何かを言い返そうとしたが、しかし俺の言にこそ理があるというのはわかったようで、口をつぐんだ。ここぞというときの物分かりの良さは、流石小隊長という階級を戴いているだけのことはある。
「というわけで、明日の動きを説明するぞ。まず決勝戦だが、これはもちろん出場する」
「うーむ、こちらの準備を悟られるわけにもいきませんからな」
「さすがトーマス。理解が早くて助かる」
「恐縮ですな。ただ、その口ぶりですと中隊長殿は……」
トーマスは皺の刻まれた顔を柔和にゆがめる。ほんとに理解が早いな!? 伊達に年はくってないってことだ。俺もこうありたいもんだね。
ちょうどいいや。俺は隣に座っていたハナッパシラ君の肩にガッと手を回して言った。
「ああ。なので代打には、ハナッパシラ君に出てもらう。しっかり頼むぞ」
「了解、しました……っ」
瞬間、全員の視線がハナッパシラ君に集まる。ハナッパシラ君は胃のあたりをおさえつつも、しっかりとした返事をした。プレッシャーすごそう。あとで胃薬差し入れてやるからね。
そもそも周りからの視線も、なんというかこう、お労しいものを見るような視線だ。決して嫉妬や羨望のそれではないで安心してほしい。みんな君を応援しているよ!
ということで彼を開放してやり、トーマスに向き直る。
「トーマス。お前はハラグロイゼ卿とリリィ姫の警護の陣頭指揮を執ってくれ。コトが起きたら、おふたりを確実に世界樹まで送り届けろ」
「承知仕りました。この老骨、身命を賭して遂行します」
「賭すな賭すな。お二人を護りきるのが最優先なのは確かだが、お前の無事の生還は前提だ。隊随一の戦力にそんな最序盤で死んじまわれちゃ困るからな」
「難しいことをおっしゃる」
トーマスは苦く笑う。難しいだけで無理じゃない。お前ならな。
「任せたぞ。世界樹にお二人を送り届けたら、そのまま副官の指揮下に入ってくれ。副官!」
「ハッ!」
副官が、気持ちいいくらいに奇麗な敬礼をして見せた。覚悟は決まってそうで何よりだ。
「後述する作戦行動中、俺は席を外す。その間、統合府を死守しろ。……ピーター・フック小隊長。一時的に、貴官に部隊の指揮権を委譲する」
「拝命します。…………あくまで一時的に、ですからな」
副官が真摯な態度で辞令を受け取った後、胡乱げな目で俺を見た。な、なんだよぅ。まるで俺がこのどさくさに紛れて部隊の指揮運営を副官に
「ああ、一時的な措置だ。すぐに帰るよ」
「ご武運を」
俺はそんな内心を誤魔化すようにニッと笑い、敬礼を返す。副官の目は再び真面目な色を帯びた。いいってそういう仰々しいのは。俺は副官に手をひらひらと振って答えとした。
「エリカ。すまないが、お前の分隊も副官の指揮下に入ってくれ」
「ン、心得た」
エリカに目を向けると、彼女は神妙な顔つきで頷いてくれた。階級は同じ小隊長だが副官のほうが先任なので、エリカの部下たちもそう忌避感を抱くことはないだろう。指揮系統ははっきりさせておかなきゃな。
「せっかくお前の下で戦えると思ったんだがな」
エリカが少し残念そうに言った、そういえば訓練課程を修了してからからこっち、轡を並べて戦ったことってなかったな。そう考えると、貴重な機会だったかもしれん。
「ま、そいつは今後のお楽しみとして取っといてくれや」
「いや、秘めた思いとしておこう。またこんな騒動があってはかなわん」
「それはそう」
とはいえ、遅かれ早かれもうひとふた波乱はありそうな気がするんだよな。口に出したら本当になっちゃいそうなので言わんけども。杞憂であってくれ~~~。
「さて。俺は明日、連中が決起したのと同時に連中の本拠に対して奇襲攻撃を敢行する。お前らも嫌ってほど見たと思うが、あの整備区画に鎮座してるデカブツ、あれを使ってな」
会議室の全員の顔に緊張が走る。ンな無茶な、という呟きがどこかから聞こえた。誰の声かはわからなかったが、おそらく全員の意思の代弁なのだろう。俺だってそう思うもんな。
たまらず、ニアが口を開いた。
「あんた、正気なの? 単騎で敵の本陣に飛び込むなんて、英雄物語の見過ぎよ。無茶だわ」
「無茶でもやるんだよ。これがおそらく一番手っ取り早いからな」
「……現代戦は個人の武技より組織の総合力って言ったのはあんたでしょ。忘れたの?」
「いい言葉を教えてやるよニア。「出る杭は打たれる。されど出過ぎた杭は打てない」。他に比べてあまりにも抜きんでて突出した個はな、常識だって覆しちまうもんなんだよ」
「…………その脳みそ化け物理論、やめてよね」
ニアは数度口をパクパクさせてから、しかし言葉が見つからなかったようで悪態をついた。そもそもこれ、王宮から直で来てるオーダーなんでね。できないからって断れねぇんすワ。いやだねぇ、宮仕えの悲しさっての?
「ま、中隊長なら何とかしちゃうんじゃないっスか?」
醸成され出した何とも言えない空気を払拭したのは、やはりハンスの能天気な声だった。「俺、バカだからわかんねーけどよ」を素でやってのける逸材だよお前は。
「まあ、ティエスならやりかねんな」
「殺して死ぬようなタマではないですからなぁ」
「フ、自分のような老兵からすれば眩しい限りだ」
「王国の恥をさらすようなことだけはないようにね、イセカイジン卿」
「機体が壊れても隊長さんは戻ってくるだろうし、出来れば機体も壊さず戻ってきてくれよ」
「バーカバーカ」
うるせぇー!!!
……うん、まあ、理解を得られたようで何よりだ。単純な罵倒が混じってなかったか? ……この際よしとする。覚えとけよ。