「よう。どーよ調子は」
「調子? 調子……調子?」
「だいぶキてんな」
「1+1=みそスープ」とか言いだしそうな顔をしてる
俺は手に提げていたビニール袋をひょいと掲げた。
「差し入れだ。小休止いれっぺ」
「あのねぇ。こちとら納期を繰り上げに繰り上げて作業してんのよ。休憩を入れる暇なんて…………いえ、そうね。ちょっと休憩しましょう」
シャランはぬぼーっとした目をイライラ100%の目に変えて俺を睨んできたが、その途中で根を詰めすぎていることに気付いたのだろう。小さくため息をついてから語気を緩めた。さすが、世紀の大天才なだけのことはある。実に理性的だ。
「ほい。一応みんなに配って余るくらいは買ってきたつもりだ」
「……酒じゃないでしょうね」
「さすがにこの状況で酒盛りしようとは思わねーよ。そういうのは帰ってきてからだ」
そういって俺は、栄養ドリンクと甘い菓子パンを詰め込んだ袋をシャランに渡す。疑り深いシャランは袋の中を覗き込んで、それが安全な差し入れであることを確かめると、フンと鼻を鳴らした。
「アンタにしては弁えた差し入れじゃない」
「ありがとうくらい言ってくれても罰は当たらねぇと思うんだがな」
「日頃の行いね。あらためなさい」
「はいはい」
俺は肩をすくめ、シャランたちが依然弄りまわしてる機体を見上げる。強化鎧骨格としては異様としか言いようのないその威容は、整備区画の照明を鈍く反射していた。
「フライトには間に合いそうか?」
「間に合わせるわよ」
栄養ドリンクの蓋をパキッと捻りながら、シャランはふんすと鼻息を吐いた。疲れ切ってこそいたが、そこは自慢の技研魂が納期破りを許さないのだろう。頼もしいことだ。
「オティカだっけ。彼を制御系に組み込んだから、フライト中の負担はだいぶ減るはずよ。補助翼の制御や燃料の調整なんかは、彼が肩代わりしてくれるから。……ジャスティン博士、あれは天才ね」
「だよな。お前から見てもそう思うか」
「アンタがそう思ったんなら、私の意見だってそんなに変わんないわよ」
それもそうか。納得する俺をよそに、シャランは栄養ドリンクを胃に流し込んで、包装を剥いた菓子パンをむしゃりと食べた。とたんに顔に生気が戻り、土気色だった頬ににわかに赤みがさす。
やはり糖分。糖分はすべてを解決する。カロリーは偉大だ。頭脳労働は普通にカロリー消費するからな。今は効かないが、いずれ癌にも効くようになる。知らんけど。
「ありがと、結構効いたわ。やはり糖分はすべてを解決するわね。……なによ?」
「いや、何でもねーよ」
さすがは8年も同じ釜の飯を食った同輩だなって思っただけだよ。いや別に同棲してたわけじゃないので同じ釜の飯ってのは比喩表現な。俺とこいつはそんな仲じゃねー。
「ま、なんだ。根を詰めすぎるなよ。過労でぶっ倒れられても困るからな。シスコくんを泣かせるなよ」
戦争で死んじまう心配? してないよ。なんたってここは俺の部下たちが死守するからよ、そこは大船に乗ったつもりでいてくれや。
シャランはフンとそっぽを向いた。
「言われるまでもないわ。自分の限界はわかってるから、……あんたは自分の心配をしなさい」
「へいへい」
「まったく、もうテッペン回ってるんだから、さっさと寝なさいよね。明日の作戦に寝坊する気?」
「わかってるってカーチャン、もう寝るよ」
「誰があんたのお母さんか」
言って、シャランは俺の胸をドンと叩いた。大した衝撃ではない。いわゆるツッコミだな。この世界にもお笑いの文化はある。
そのまま、しばしシャランは俺の胸に手を押し当てたままにした。
セクハラかな?
「いやん」
「…………」
おっと、反応がない。ずいぶんと真剣な顔だ。俺もつられて佇まいを糺す。
「生きて帰ってきなさいよ、ティエス。そしたら、王都のたっかいお店を奢ってあげるわ」
「……そう言うの、死亡フラグって言うんだぜ?」
「全部折りなさい。そんなフラグは」
こともなげにシャランは言う。できて当然というふうにシャランは言う。天才には凡人の気持ちがわからない。だが俺は天才なので問題ない。こうでなくっちゃな、このクソ野郎は。
「国に帰ったら、パーティーするわよ。イースも、サンバンテも、アレックスも呼んで、盛大にやりましょう」
「アルを呼ばれるのは別種の死亡フラグなんですがそれは。ほら、結婚は人生の墓場って言うじゃん?」
「それはもう観念なさい。墓場も割と悪くないものよ」
シャランはふふんと胸を張った。くっ、既婚者の余裕ってか? 鼻にかけやがって畜生、幸せな結婚生活送ってそうで何よりだよ! ご馳走様!
やだやだー! 俺はもっと遊んでいたいんだよーっ!