ティエスちゃんは中隊長   作:永多真澄

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5-29 ティエスちゃんは顔を洗う

「うし、だいぶいい感じだな。とりあえず、向こうに着くまでは心配いらなさそうだ」

 

『慢心するな』

 

「へいへい」

 

 あの後みっちり1時間飛行訓練したティエスちゃんだ。オティカが皮肉気な声音で言うが、とはいえ当初から比べれば格段に安定して飛べるようになったのは確かだ。万が一の対空砲火を想定し、その回避はおろか対地攻撃まで視野に入れたミッションも危なげなく完璧にクリアー。今なら目をつぶってでも着陸できらァ。フフ、俺のテクを舐めるなよ。

 俺がふふんと鼻を伸ばしていると、オティカはひどく呆れた雰囲気を醸した。強化鎧骨格に組み込まれてるってのに器用なやつだ。

 

『……そろそろ姫の合流時間だ』

 

「おう、いったん休憩入れるぞ。顔洗ってくる。お前も姫に嫌われたくなかったら、筐体内の換気くらいはしとけ」

 

『誰のせいだと思っている』

 

「仕方ねーだろ人間は代謝する生き物なの」

 

 かれこれ3時間以上をほとんど狭いコクピット内に籠っていると、当然だが汗をかく。強化鎧骨格のコクピットは外界から厳重に遮蔽されている分、内部の熱がこもりやすいのだ。ラグジュアリーなフレグランスと強がっても、汗臭いもんは汗臭い。

 今はともかく作戦行動中は排泄物についても基本はおむつに垂れ流しになるので、臭い問題はどうしたってついて回ることになる。いかなティエスちゃんとはいえこればっかりはね。仕方ないね。人間だもの。

 俺はハッチを開放して、キャットウォークに躍り出た。ん~~っと大きく伸びをする。密閉された閉鎖空間に籠った空気にくらべれば、整備区画の油くさい空気ですらうまく感じるぜ。背後からは聞こえよがしに換気扇の音がした。にゃろ~~。

 

「ちょっくら顔洗ってくる。ピカリン氏、留守は頼んだ」

 

「承知しました。姫がいらっしゃるころまでには戻っていただけると」

 

「わかってるって。時間までには戻るよ」

 

 ひらひらと手を振って床に飛び降りる。コトが近くなるにつれて、整備区画内の緊張感も増してきているようだ。あのニアですら、真面目な顔して整備班員と話しているのが見えた。

 俺はモノと人の間を縫うように水場へ歩く。整備区画据え付けの水場なので、飾りっ気のないコンクリート製の流しがあるだけだ。まぁ奇麗な水が出るならそれでいい。

 統合府は豊富な水源(レイフィールの井戸)に裏打ちされたそのまま飲める上水道が整備されている。癪だが、上下水道網については王国にも引けを取らない発展具合だろう。

 水場では先客の整備班員が、ピンクの粉を手にすり込んでいた。油汚れが覿面に落ちるすごいやつだ。代償として手の油もごっそり持っていかれるから使用後は肌がカッサカサになる。前世では工業高校に通ってたから俺も馴染みがある。なぜかこっちの世界にもあるんだよな。

 気付いた整備班員が敬礼しようとしたので慌てて制止し、会釈のみにとどまらせた。

 

「よう、マリッサ。ちゃんと休めてるか?」

 

「いやあ、ぼちぼちですね。おやっさんを見てると、私たちだけ休むのも忍びなくて」

 

「……おやっさん、何日寝てねぇんだ?」

 

「や、そんなでもないはずですよ。多分ここ三日くらい?」

 

 俺は頭を抱えた。選抜した整備班は揃いも揃って超絶技巧のメカニックマンだが、揃いも揃って労基に中指立てるようなブラック労働者だった。体質改善、体質改善が急がれるよこれは。

 蛇口から流れ出る水はきりりと冷たく、手柄杓で受けると火照った肌に心地よい。それでばしゃりと顔をすすげば、いくらかねっとりした気分も晴れるというものだった。俺は数度ばしゃばしゃと顔を洗ってから、顔面から水滴が滴るに任せて口を開く。

 

「……確かに今は非常時だから仕方ねぇけどな。俺が出撃()たら、なにがなんでもおやっさんをベッドに縛り付けろよ」

 

「えぇ~、中隊長が出て行ったあとってことは、もう戦端が開かれてるってことでしょ? おやっさん、寝てくれるかなぁ」

 

 より張り切っちゃいそう、などとマリッサは流水で粉塗れの手をもみ洗いしながら言った。たしかに、「ウオオこっからが整備員の戦場だァ!!」とか言ってテンションぶちあげそう。

 俺は持参したタオルで顔の水滴をぬぐいながら言った。

 

「そのまま頭の血管ブチ切れてお陀仏とかされたら、それこそ国家の損失だ。整備員総がかりでおやっさんを寝かしつけろ。これ、上位の指揮官命令な」

 

「りょーかいです、中隊長殿」

 

 粉を洗い落としたマリッサが、気の抜けた敬礼をする。いやこれマジだからな。ぜってぇ休息をとらせろよ?

 俺は長い溜息をついてから敬礼で返す。粘ついた顔面の皮脂が洗い流されて、幾分か爽快なのは救いだった。俺はタオルを肩にかけ、腰をん~ッと反らした。

 

「あと、ピンクの粉使った後はハンドクリームぬっとけよ。お肌には気を遣いなさいよ女の子なんだから」

 

「……中隊長って、たま~~~~~~~に女の子みたいなこと言いますよね」

 

「うるせいやい」

 

 俺は女の子だぞ!

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