「――ティエス卿。よろしくお頼み申し上げます」
「了解しました。仮初とはいえ今は臣下の身、姫には傷一つつけないと約束しましょう」
『口に出したからには厳守してもらいたいものだな』
「……こちらへ。上の席です。段差には十分お気をつけて」
「はい。失礼いたします」
キャットウォークの上で姫を迎えるティエスちゃんだ。顔を洗って戻って数分、時間ぴったりのタイミングでリリィ姫はやって来た。簡単なあいさつを交わし、コクピットにお招きする。着座調整した際に一回座っちゃいるが、あれからもいろいろ改修されてっからな。あっそのレバーには触らないで! オティカの嫌味? 無視だ無視。
俺の手を借りてコクピットに滑りこんだ姫は、慣れない王国式の
バイタルパートの防護はもちろんのこと、高高度でも活動できるだけの生命維持や急激な加速度変化により懸念される高負荷への対策のため、従来の操縦服に比べて幾分か着ぶくれして見える。
もっとも、それでいて着用者の動きは阻害しない。良いね、サイコーだ。うちの技研と整備班はとんでもないものを突貫で作りやがるぜ。とはいえ碌なテストもしちゃいないんだが。まぁ気休めだ。
姫のものはそれに加え、機能性を損なわない程度に華美な装飾がほどこされている。ヘルメットに冠の意匠を組み込んだりとかな。お偉いさんだって一目でわかる感じ。なかなかにハイセンスなデザインだ。うちの技術者連中は美的なセンスもいいらしい。
にしても体の線が出るタイプじゃなくてよかったぜ。オティカが興奮しちまったら困るからな。
リリィ姫は静かに着座した。その決意と覚悟に引きしまったかんばせも併せて、慣れないながらも堂々たる着こなしだ。服に負けていない。着付けはちゃんと上手くいったらしいな。ライカ君の姿はない。
「では失礼してっと」
俺も自分のシートに収まる。ちょうど姫の股座から顔を出す感じだ。姫の足を肩に担ぐような格好だが、側方視界は思ったよりも阻害されない。十分実用に足るだろう。俺は姫の下半身が厳重に固定されていることをチェックリストで確認し(驚いて足振り回されて俺の首が折れたらコトだ。厳重にやる)、自身もしっかりとシートベルトで固定した。
にしても操縦服が厚手でよかったぜ。艶めかしい太腿にはさまれて冷静でいられる自信はそんなにないからな。いまはせいぜい太めの安全バーにしか見えない……おっと、刺々しい気配が飛んできた。過保護だねぇ全く。
「どこか苦しいところはありますか、姫」
「そうですね……しいて言えば、足が全く動かせないことはつらいですが……」
「そればっかりはご容赦を。安全上の措置です」
「ええ、心得ています」
姫はそう言って笑む。聞きわけが良くて大変結構。エコノミークラス症候群対策も操縦服の機能には組み込まれている。俺が口出しして組み込ませたからな。
オティカは不満そうな雰囲気を醸したが、それでも必要な措置だということは理解しているらしい。俺がどうこうなったら姫の命もどうこうなっちまうからな。まぁ人質みてーなもんだガハハ。
「予定通り、これから1時間半のシミュレーター訓練を実施します。基本姫は乗ってるだけですが、振動や騒音には慣れておいてください」
「了解です、ティエス卿。それにこう見えて、私もレイフィールの女です。強化鎧骨格を操縦した経験はそれなりにあります」
「そいつは頼もしい」
姫は誇るでもなく、むしろこちらをいたわるような声音で注げた。まぁ森域だもんな。姫と言っても戦うすべは叩き込まれているか。ならばひと安心だ。遠慮無用だな。
「聞いたな、オティカ。姫は遠慮無用と仰せだ。勝手に感覚欺瞞のフィードバックレベルを落とすんじゃねぇぞ」
『……わかっている。姫、しばらくの辛抱だ。すまない』
「かまいません。頼みましたよ、オティカ」
『……ああ』
オティカの返事はやはりどこか歯切れが悪い。これから姫を意図して痛めつけるってのは、必要とわかっていても、姫様しゅきしゅきだいしゅきなオティカからすれば辛いわな。ま、我慢してくれ。
「うし、まずは基本的な作戦の流れを通しでやるぞ。オティカ、ピロリン氏、準備を」
『わかった』
「お気をつけてー」
オティカが肯定し、ピロリン氏がサムズアップで返す。俺はそれらに首肯で応えてから、振り返れるだけ振り返って、姫を仰いだ。
「姫、よろしいですね?」
「よしなに」
コクピットハッチを閉鎖する。
「作戦開始まで、カウント。10、9……」
俺はレバーを握り、カウントダウンを開始した。