「……大丈夫ですか、姫」
「委細……ウップ、問題ありませ……ありません」
姫をコクピットから引きずり出すティエスちゃんだ。1時間半にわたる最終訓練を終えた今、リリィ姫は絵に描いたようなグロッキー状態だ。それでも務めて毅然とした態度をとろうとするのは立派である。御手洗いはあっちですぜ。
強化鎧骨格の搭乗経験があるというだけあって最初は涼しい顔をしていたものの、アマツカゼの度を越えた急加速・急旋回の三次元機動は着実に姫の三半規管をむしばんでいった。今はごらんの有様である。とはいえ、コクピット内を汚物塗れにしなかっただけ上出来と言えるだろう。現にキャットウォークに降りた姫は、生まれたての小鹿みたいにおぼつかないながらも、何とか立つことができている。
「ちょいと失礼して」
「きゃっ」
そのままタラップを降りさせるのは危険なので、俺はひょいと姫を抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。お姫様にお姫様抱っこって言うのもちょっと変な感じだけども、まぁそれはいい。そのまま俺は大跳躍して、羽のような軽やかさで整備区画の床にソフトランディングした。我ながら完璧な着地だぜ。
「あのままタラップを降りるのは、危険と判断しました。ご容赦を」
「でしたら、そう言ってくださればよかったのに」
姫は青い顔で、それでも気丈に拗ねて見せた。マジでガッツだけはあるんだよな。俺は駆け寄ってきたお付きの人に姫を預けて、ウインスペクターよろしくヘルメットを脱いだ。一息つこう。出撃前の最後の休息だ。
1. シャワーブースにて
「やん、こんなとこでなんて……」
「誰も来やしねーよ。大丈夫だって」
とりあえず汗でギトギトのまま出撃というのも精神衛生上よくないのでシャワーブースにやって来たのだが、先客がいるようだ。しかも二人で一つのブースを使っている模様。
今は作戦前でバタバタしてるから結構空きブースはあるんだけどね。節約熱心だなぁ。きっと仲良しさんなんだね!
水音に交じって微かな破裂音が聞こえてくるのだが、なんだろうね、水風船でもぶつけ合って遊んでるのかな(すっとぼけ
俺が素知らぬ顔で隣のブースに入ると、それまで聞こえていた破裂音がぴたりとやんだ。
まぁこれから戦争だし、知らず知らず生命の危機を感じて本能的に生殖欲求が高まっているのだろう。あるある。俺も初陣の時とかそんな感じだったしな。目くじらは立てまい。
「ハンス、出撃30分前までには終わらせておけよ」
相手は整備班のエマだな。ハンスは年上のお姉さんが趣味、と。
心のメモ帳に描きつけていると、隣のブースでガタガタと物音がする。別に止めやしねーよ。仕事さえしっかりこなしてくれりゃな。
レバーを捻って熱い湯を出す。疲れがどっと洗い流されていくみたいだぜ。とはいえこれから待っているのは過酷な戦場なので、リラックスのし過ぎも禁物だ。俺はとりあえずの汗と脂を落とすと、すぐにブースを出た。軍隊仕込みの烏の行水だ。素早く水気をぬぐって、新しい下着と野戦服をまとい、その上から操縦服を着なおす。
「んじゃ、ごゆっくり~~」
二人の逢瀬を邪魔するのも無粋だからな。お邪魔虫はさっさと退散しますよーっと。
2. パイロット詰め所
「よっ、ハナッパシラ君。気分はどうだい」
「いただきます。……中隊長がそれを聞きますか」
シャワーを上がって向かったのはパイロット詰め所だ。俺は自販機で買ったドリンク剤を手土産に、出撃前の精神集中を行っていたハナッパシラ君に声をかけた。
二人して瓶の口を捻ると、プシュッと子気味の良い音が唱和する。
「そう困った顔をするなって。やっぱ緊張してるのか?」
「そりゃ、しますよ。自分だって人の子ですから」
「だが、お前さんはあのズニノール卿の子でもある」
「それを言われるとぐうの音も出ませんね」
ハナッパシラ君はドリンク剤を一機にあおる。そして、炭酸が喉を焼く感覚にしかめっ面をした。
「相手はマケン殿らしいな。順当といえば順当だ」
脳裏に浮かぶのは、あの狂犬トイプーが豪快に笑う姿だ。絵面はギャグなんだよなぁ……。
「相当の使い手と聞き及んでいます。中隊長は、刃を交えたことは?」
「何度かある。実際のタマの取り合いは一回こっきりだけどな」
たしかいつだったかのオーク・ドワーフ紛争の時だったと思うのだが、その時に一度死合ったことがある。結果はまぁ、痛み分けだな。俺のほうはほぼ無傷、相手の強化鎧骨格はズタボロだったが、本人の逃走を許しちまっている。普通にぶっ殺すつもりだったんだがな。手痛い失敗の経験だ。
「痛み分け……?」
ハナッパシラ君が宇宙猫になっているのはさておくとして。
「ま、めちゃくちゃ強いが俺ほどではない。本当は俺が完膚なきまでに叩きのめして腹ァ見せて服従するまで調教してやるつもりだったんだが、その役目はお前に譲る」
「やたらめったら重い役目ですね……」
ハナッパシラ君ががっくりとうなだれた。そう弱気になんなって。俺はドリンク剤を一息で干すと、ゴミ箱にスリーポイントシュートを決めてからハナッパシラ君の肩をポンと叩いた。
「心配すんな、お前ならできるさ。ズニノール卿のお子様だからじゃないぜ。あの決闘の時、俺に立ち向かってきたガッツがありゃ、何とかなる。俺が保証してやるよ」
「……そう、ですね。ありがとうございます中隊長。少し気が晴れました」
ハナッパシラが顔を上げる。その顔色から、さっきまであった気負いが薄れているのを見て、俺は満足げに頷いた。
「頑張れよ、ハナッパシラ君!」
俺はバシンと彼の背を叩く。その勢いでベンチから腰を浮かし、数歩たたらを踏んだハナッパシラ君は、しっかりと地を踏みしめて立つと、俺に向かって奇麗な敬礼をして見せた。見ほれるほど立派な敬礼だった。
こりゃ、王国の優勝は揺るぎようもないな!