4. 喫煙所にて
「おうおう、集まっとるね野郎ども。あっ敬礼は良いからね」
「ご苦労様であります、中隊長殿」
礼儀正しい部下どもを片手で制するティエスちゃんだ。エルヴィンを送ったついでに喫煙所を訪れると、暇を持て余した戦闘部隊員が男も女もなく屯っている。機体の最終調整を済ませたら出撃まで特にすることないからね。煙草休憩してても多めに見るとも。俺も同類だしね。
胸ポケットから煙草を取り出すと、代表して副官が前に出て火を都合してくれた。おっ、趣味のいいライター使ってんじゃん。ジッポ?
「おう、サンキュ。お前もここにいるのって珍しいな」
「まあ、付き合いであります。積もる話もありますし」
副官はそう言って小さく笑った。周りの連中がぷかぷか吹かしながら大同小異頷いている。喫煙所を仕事場にしてるような奴は
喫煙所はいつになく雑多なにおいにあふれていた。甘いフレーバーの奴から、俺と同じエルフたばこの奴まで様々だ。そこの君、いい趣味してるね。こんど10カートンほど土産にもたせてやろう。ハナッパシラ君が山ほど貰って来たのが持て余し気味だからな。
「ったく、吸わねぇ奴ともちゃんと意識統一しとけよ?」
「無論でありまーっす!」
「心配いらねーっすよ、中隊長殿」
エリカの連れてきたの兵隊の二人が肩を揺らして笑った。確かサクラとドデカゴンだっけかな。その様子に、副官は肩をすくめてみせる。ま、釈迦に説法か。とりあえず新参ともいいムード作ってくれてるみたいで感謝だな。心配事が一つ減った。
巻紙を焼くじりじりという音とともに、肺に紫煙が雪崩れ込んでくる。それを思う存分味わってから、大きく吐いた。そしてまだ長い煙草を、灰皿でもみ消す。
「じゃ、時間の許す限り親睦を深めあってくれたまえ諸君。俺はもう行くわ」
「よろしいので?」
「俺も忙しい身の上でね。それに、俺がここで部隊運用かくあるべしなんて講釈を垂れても、場が白けるだけだろ?」
「ちがいない!」
「さすがティエス中隊長! エーリカ小隊長も認めた俊才!」
おどけたように肩をすくめるとエリカの連れてきた兵隊たちがやんややんやと追従した。陽の者のオーラが満ち溢れてんな。思ったよりノリのいい奴らみたいで大いに結構。やっぱこういう時は陽キャのウェイ系が強いね。俺も異世界デビューして陽キャにクラスチェンジしといてよかったぜ。
「じゃ、そういうわけでティエスちゃんはクールに去るぜ。……っと、そうだ」
俺は思い出したように、未だ中身の残ったエルフたばこの箱を副官の分厚い胸板に押し当てた。
「当面禁煙だ。持ってたら吸っちまいそうだからな。ピーター、預かっといてくれ」
「…………まったく、また預かりものが増えましたな。中隊長は自分を荷物持ちか何かだと考えておられるので?」
「おうよ。信頼できる荷物持ちだ。こういうのを任せられるの、お前くらいなんだよな。頼んだぜ?」
「はっ、了解であります」
副官がフランクに敬礼をしたので、俺は返礼がわりにその頬にキスをした。とたんに盛り上がるオーディエンスの歓声をバックに、俺は喫煙所を後にした。
5. ハンガーにて
「おう、ここにいたか」
「お、ティエスか。待機していなくていいのか?」
今回出撃予定の強化鎧骨格は、整備区画の大部分を占めるハンガーに万全の状態で吊るされて、出番を今か今かと待ち構えている。その一角に、探し人はいた。エリカだ。最終調整を終えて機体から降りてきたところのようだった。
「最後の息抜きやね。これが終われば缶詰だ」
「そうか。なら、今のうちに英気でも養っておくか?」
エリカは口許に人差し指と中指を当て、煙草を吸うまねごとをする。ま、今できる娯楽って言ったらそれくらいだもんな。飯を食うわけにもいかんし。
「そっちはだいじょぶ。今しがた行って来たとこ。それよか、お姉さまの熱烈なキッスのほうがよっぽど英気を養えるってもんよ。どう? 唇あたりにぶちゅーっと?」
「やらんわバカ。こちとら既婚者だぞ」
「へへ、冗談だよ、冗談」
「ったく、本当に気が多いんだからおまえは……」
エリカはひどく呆れた目で俺を見た。なんだよォ。
「てか、ガキ産んでからタバコは辞めたんだろ? 無理に付き合わんでもいいんだぜ?」
「ま、煙たいくらいは我慢できるわな」
「わざわざ我慢させるのも忍びねーっての。それに、主流煙より副流煙のほうが健康リスク高いみたいな話も聞くぜ?」
「そうなの? ふーむ、以後気を付けるわ。それで? 私を探してたんだろ?」
エリカは腕を組んでうーんと唸ったあと、思い出したように尋ねた。いっけね、だいぶ脱線したな。
「いやね、陣中見舞って言うの? 作戦開始間近だし、お姉さまが気負ってねーか心配になったのよ」
「ははは、あまり見くびってくれるなよティエス。それに、気負ってるのはお前のほうじゃないか?」
「痛いところを突くなぁ」
俺は渋い顔をして、頬をポリポリと掻いた。さすが訓練隊の一番つらい時期を共にしてきた同期だけある。隠し事はできねーな。
「実際、今回の作戦は外様のお前に丸投げしてるような部分が結構あるからな。そこらへん、どうよ」
「問題ないって言ったろ。方便のつもりはないぜ? 丸投げっていうか、これくらい柔軟性があったほうが、私もやりやすい」
「ほんとぉ?」
「ほんと」
エリカはそう言って、爽やかに笑った。うおっイケメンっ!? うちの隊員たちが可愛そうになるレベルのイケメンオーラだ。いや、あいつらは評価軸が違うだけで十分魅力的だけれども……いやなんの弁明してるんだ。
とにかく、経産婦だってのに女性兵士からのファンレターが絶えないの、そういうとこだからな。まったく。
「ならいいや。俺も気が軽くなったよ」
「ふふ、ならよかった。空を飛ぶのに、荷物は少しでも軽いほうが良いだろ?」
「ちげーねぇ」
俺はくつくつと笑ってから、スッと拳を突き出した。エリカもその意図をすぐに察して、同じように拳を差し出す。二人の拳が、こつんとぶつかった。いわゆるグータッチ。信頼と友情の証。それは軽く、そして重い。
「こんな戦争はさっさと終わらせて、ウチに帰るぞ」
「ああ。ネリを心配させるわけにはいかんからな」
俺たちは獰猛に笑いあい、そして別れた。それ以上の言葉は、特別不要だった。