ティエスちゃんは中隊長   作:永多真澄

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5-37 決勝戦、開幕

 さながら、統合府の中央通りはパレードの様相だった。

 沿道に詰め掛けた国籍も氏族もばらばらな大勢の人々が、歓声を、野次を、罵声を、応援を、祈りを、都市を練り歩く身長5メートルの鋼の巨人に、惜しみなく叩きつけている。

 

「……人出が多いな」

 

 ハナッパシラ・イキリマクッテンネンは、今後起こる動乱を想って、誰も聞く者のいないコクピットの中で独り言ちた。森域中の人間がここ統合府に集まっていると言っても過言ではないほどの熱気や活気は、事が起きればいともたやすく恐慌(パニック)に変わるだろう。あるいはそれも作戦のうちか。ハナッパシラは暗澹たる思いを胸中に秘めたまま、それでも沿道の人々に向けて愛想よく手を振った。ティエスであればしないわけがないからだ。

 整備区画から闘技場までは、直線距離でおよそ500メートルほど。準決勝までは運搬車に載せて搬送していた道を、決勝戦の今回は徒歩で会場入りしなければならない。

 この大会が森域統合府樹立50年を祝う記念式典に付随した催しである以上、国の威信やら娯楽の提供やらでこういった煩わしいアピールは重要になってくるのだろうが、それでも試合前に消耗するのは、ハナッパシラの望むところではなかった。

 ハナッパシラの搭乗するテンチュイオンⅡTSは、整備班がティエスへの信頼と腹いせを100%形にしたようなモンスターマシーンだ。その一挙手一投足が、並の強化鎧骨格とは比較にならないほど敏感である。シミュレーターで慣らしたとはいえ、実機でなければわからない特性、機微というものがある。

 むしろ戦闘機動よりも、こうして穏やかに歩くだけのほうが、よほど繊細な操縦を要求された。

 

 やがて、ひどく長く感じられたパレードも終わる。真正面に見える闘技場は大門が開かれ、その先、翡翠色の石舞台が今か今かと主役の到着を待ち構えていた。

 それがまるで巨大な肉食魚の口のように見えて、ハナッパシラはあらためて、因縁が渦巻くその口の中へ飛び込む覚悟を決めた。

 

『西、ティエス・イセカイジン。フェンヴェール王国陸軍所属』

 

 審判のアナウンスが響く。門をくぐり、闘技場へ入る。外部音声を示すインジゲーターが一瞬天井を叩いて、歓声の密度が跳ね上がったのがわかった。そのほとんどはノイズとしてフィルタリングされているというのに、それは物理的な圧力を持つかのようにハナッパシラを苛んだ。

 

(中隊長は、こんな環境でこれまで戦っていたのか)

 

 もちろん、決勝戦ということで人の入りが多いのかもしれないが――。

 ごくりとつばを飲み込んで、ハナッパシラはまた一つ、ティエスの人物評価を上方修正した。性格に難こそあるが、やはり稀代の傑物には違いないのだ。はたして、自分にあの人の代わりが務まるのだろうか。

 

『遅かったな。待ちかねたぞ、ティエス卿』

 

 一瞬浮かんだ弱音を切り捨てる。その声は、石舞台の上から聞こえた。結界を抜け、舞台に上がり、声の主と正対する。

 それは全身を深い蒼で塗装した、鎧武者を思わせる威風の強化鎧骨格だった。

 

「アンタが早すぎるんだよ、マケン殿。年寄りはこれだからいけねー』

 

 ティエスぶって、軽口を叩く。彼女の傍若無人さを、ハナッパシラはこのひと月、いやというほど見てきた。当のティエスが聞いても、完璧なエミュレーションだと誉めそやすことだろう。

 しかしマケン機は、微かにその首を傾げさせた。

 

『……なるほど、そうかもしれぬな。些か残念だが、これよりは剣にて語ろうぞ』

 

 悟られたか? ハナッパシラは背に水が走るのを感じた。どうする? いや、どうもしない。この期に及んでどうもこうもない。たとえ看破されたとて、向こうがこちらを糾弾する姿勢を見せていない以上、こちらから種を明かす必要はない。

 マケンの強化鎧骨格が、腰に佩いていた大太刀の鞘を払った。じゃらんという鞘走りの音が、否が応にも舞台上の空気を変える。

 

『これより、親善試合決勝戦を執り行う』

 

 それに呑まれかけたハナッパシラを救ったのは、審判による進行の声。ハナッパシラは自らの頬を強く張って、気合を入れ直した。空気に呑まれるな。空気を作れ。ティエス(あのひと)なら、そうする。

 

『――――森域統合軍、青の武士団。棟梁、マケン・ウルフマン』

 

 静かな、それでいて鋭い剣の切っ先のような声。さながら声だけで相対する相手を両断してしまいかねないような。

 

「フェンヴェール王国陸軍、中隊長。ティエス・イセカイジン……!』

 

 ハナッパシラはテンチュイオンⅡの背部ラックに懸架していた大太刀の柄に手をかけ、そのまま大上段に構えさせる。声にはいささかの震えもない。ティエスがこんな時にビビるタマか。断じてノーである。ハナッパシラはそう知っているから、その代役である自分が気圧されてなるものかと語尾に少しだけ力が入った。

 審判が静かに、旗を振りおろした。

 

『――――試合、開始』

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