ティエスちゃんは中隊長   作:永多真澄

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5-41 マケン・ウルフマン

 侮られた、と思った。

 その強化鎧骨格が石舞台に上がったとき、マケンは愛機「イヌガミマル」のコクピットで、それがティエス・イセカイジンではないことを一目で看破できてしまったからだ。

 

「御屋形様も、ずいぶんと酷なことをなさる……」

 

 外部スピーカーは切ってあるから、この呟きを聞くものはマケン自身しかいない。ちらりと貴賓席を見やる。

 宗主氏族である賢狼人(レイフィール)が企てた大それたたくらみは、今まで巧みに闇に隠れ、これまで明るみに出ることがなかった。そうして力を蓄え続けたのだ。それが今日、この一戦の決着を契機に、一気に爆発する。

 

「であれば、ティエス・イセカイジンがこの場に出てこないのも必定か」

 

 フン、とマケンは不機嫌さを隠すことなく鼻を鳴らした。その愛らしいトイプードル頭には似つかわしくない、深々と刻まれた古傷の一つを撫ぜる。

 かつて一度だけ、マケンはティエスと死合ったことがあった。3年前の内乱の折、青の武士団は王国の派兵部隊と敵対したことがある。これはその時の傷だ。忘れもしない傷だ。

 犬人を束ねる長として、青の武士団という武門を預かる棟梁として。マケンはその腕前に並々ならぬ自負を持っていたし、その自負に見合う成果も挙げてきた。その腕前を少しも錆びさせぬよう、決して妥協無く自らを苛め抜いてきた。

 そんな自負が、いともたやすく踏みにじられた。いけ好かない王国の、未だハタチにもなっていないという小娘に。死力を尽くして戦って、なお一太刀も入れることはかなわず敗北し、さらには首もとられず打ち捨てられた。

 

『おっと、キャッチが入っちゃった。逃げるんだったら今のうちだぜ?』

 

 ティエス・イセカイジンはそう宣って、マケンの返答も聞かずに次の戦場へ向かっていった。マケンは逃げた。自走すらできなくなった強化鎧骨格を捨て、恥を捨て、外聞を捨て、部下を捨て。自分の命だけをもって、犬人の里に帰還した。

 

(あの日の屈辱、今日こそ雪げるものと思っていたのだがな)

 

 この3年間、マケンは自身の血のにじむような修行に加え、青の武士団の抜本的な強化に奔走した。

 このイヌガミマルも、その一環で誂えた強化鎧骨格だ。ベースになっているのは、森域製のテンチュイオンⅡ(まがいもの)ではない。帝国製の純正テンチュイオン。宗主である賢狼人に臣従し、特別なルートで手配してもらったものだ。その代償として『野生の後継者』に与することになったことに、思うところがないわけではないが。マケンは、もはやなりふり構っていられなかった。

 

(だというのに、この仕打ちとは)

 

 ティエスの猿真似をして、石舞台に上がってくる醜悪な機体を睨む。テンチュイオンⅡとアーゼェンレギナが歪に継ぎ接ぎされたその強化鎧骨格は、確かに、ティエスほどの使い手が纏えば、十全な戦いができるのだろう。

 しかし、マケンにはわかる。その一挙一動からわかる。乗り手の筋は、確かに良い。上澄みの部類だろう。しかし、とびぬけた傑物ではない。カテル(むすこ)と比しても若干劣る程度。自身が負ける道理が見つからなかった。

 

「――遅かったな。待ちかねたぞ、ティエス卿」

 

 スピーカーのスイッチを入れて、言葉を発する。マケンは我ながらあまりにも冷めた声が出ていることに、少しだけ驚いた。

 

(まったく、これでは拗ねた童だな)

 

 自嘲する。その微かな含み笑いを、イヌガミマルのマイクが拾ったかはわからないが。

 

『アンタが早すぎるんだよ、マケン殿。年寄りはこれだからいけねー』

 

「……なるほど、そうかもしれぬな。些か残念だが、これよりは剣にて語ろうぞ」

 

 マケンはそれだけ言って、マイクのスイッチを切った。どのような魔法を使ったかは知らないが、ティエスとして口にしたならば――吐いた唾は飲めないということを、教えてやるほかあるまい。

 マケンは半ば八つ当たりめいた感情で、イヌガミマルに大太刀を抜刀させた。

 

 

///

 

 

(やはり、この程度)

 

 無様に倒れ伏す改造テンチュイオンⅡ(まがいもの)を見下して、マケンは無味乾燥としたやり場のない心情を抱えていた。

 たしかに、この乗り手には光るものがあっただろう。一の太刀で仕留めるはずが、拙いなりにも反抗された。二の太刀を避け切ったことも、称賛してもよい。切り札の切り時も、悪くはなかった。さらに磨けば、ひとかどの武人になったやも知れない。実に惜しい話だが……。

 

「許せよ」

 

 油断なく、イヌガミマルが刃の毀れた大太刀を振り上げる。もはや一切の抵抗は許さない。その切っ先は、過たず改造テンチュイオンⅡの胸殻――コクピット・ブロックに突き立つ軌道を描く。マケンは覚えずこぼれた謝罪に苦虫を噛んで、小さく舌打ちをした。

 これから、戦が始まる。親善試合も、記念式典も、全ては大乱の火に燃やし尽くされるのだ。であれば、ここで王国の兵を一人減らしておくことに、何のためらいがあろうか。

 ちらりと横目で審判を見る。止めに入る気配はない。アレは確か、白竜師団(パイロン)の副団長であったか。蜥蜴人(モクレン)の一派だが、『野生の後継者』には頑として与しなかったはず。では、なぜ止めない? この試合は死合いにあらず。意図的な殺害は禁じられているというのに。

 天を仰ぐばかりの改造テンチュイオンⅡに注意を戻す。それは慈悲を求めるようによろよろと、肘より先を断たれた腕をこちらに伸ばしていて。

 ――その切断面から覗くレールが、陽光をぎらりと反射した。

 

「……!!」

 

 青天の霹靂が、轟いた。

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