ティエスちゃんは中隊長   作:永多真澄

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5-43 貴賓室にて③

「ほう、マケンを破るか」

 

 賢狼王ウィドー・ル・リン・レイフィールは、眼下で行われた瞬きするほどの攻防の顛末に対して、素直に感心の声を漏らした。

 ウィドー王の知る限り、マケンは森域でも随一、王国、帝国を含めたミルナーヴァ全域で見ても、相当上澄みの剣士である。それを破ったという王国の若き兵には、こんな情勢でなければ、惜しみない称賛を送りたいところだ。

 とはいえ、ウィドー王のように静かに決着を見届けたものは、今この場においては少数派だった。闘技場の一般観客席ほどではないが、この貴賓室のなかでも怒号とブーイングがひっきりなしに飛び交っている。

 弱肉強食の気風が今も残る森域の人間にとって、真剣勝負とは一種神聖な儀式である。だからそれに負けたマケンに対する風当たりは強かったし、その上で、替え玉などという不正を働いた王国軍に対しては、マケンの比ではない絶大な怒りが向けられていた。それはつまり、彼らの風土風習に対する侮辱であったからだ。

 

(……奴には、申し訳のないことをしたな)

 

 ウィドー王は、周囲の誰にも悟られぬほどのため息を吐いた。

 剣技と強化鎧骨格の操縦では、終始マケンが上回っていた。圧倒的な力量差だ。それでもウィドー王から見れば、今日のマケンは、余人では気付かぬほどの差ではあるが、精彩を欠いていた。

 幼少のみぎりより、ウィドーを主君と仰ぎ、臣従してくれたマケン・ウルフマンという男のことを、ウィドー王はよく理解している。

 だからマケンの情緒が著しく乱れていたことも、ウィドー王には己のことのようにわかった。

 

「くっ、あの犬っころめが、無様な戦いをしおって」

 

 賢狼人の筆頭武官、チャドラの憤る声がした。その耳障りなだみ声を務めて無視したウィドー王は、己の内部に渦を巻く感傷を打ち切って、強いまなざしでチャドラを睨んだ。

 

「慎め、チャドラ」

 

「王! し、しかし……」

 

 チャドラはウィドー王に窘められても、未だ物足りなそうに口をもごつかせる。家柄で今の席に座っているこの男にとって、その武でもって王の信を掠めとるマケンはまさに目の上のたんこぶだった。だからと言ってこのような場で、鬱憤晴らしのようなことをしていい理由にはならないが。

 ウィドー王は頭を抱えたくなるのを鉄の意思で律して、眼下の石舞台と、それを取り囲む民衆たちを見た。

 

「見よ。怒れる民の姿を。あれは王国の欺瞞を暴き、威信を揺るがし、不信に火をつけた。それだけでも、十二分の働きであろうよ」

 

「それは、おっしゃる通りで……」

 

「であれば、慎め。――はじめるぞ。支度をせよ」

 

 貴賓室に渦巻く狂瀾怒濤を隠れ蓑に、ウィドー王はすっくと席を立つ。それを見上げるチャドラは、訝しげな顔で王に尋ねた。

 

「しかし王よ、計画では、未だ――」

 

「ティエス・イセカイジンは、なぜ替え玉を寄こした」

 

「あ――」

 

 チャドラは、王の言葉に見る間に顔を青くさせた。

 

「ど、どこから情報が」

 

「今はその責を問うことはせぬ。貴様は手はず通りに動け。フィンクスに例のものを用意させろ。私もすぐに向かう」

 

「は、ハッ!」

 

 チャドラは跳ねるように立ち上がると、そのままドスドスと音を立てて貴賓室を走り去っていった。ウィドー王はその醜態を横目で見送って、小さく小さく息を吐く。

 ふと、熱狂する貴賓室の中にあって、凍てつくほど冷たい視線が自身に向けられているのを感じた。視線の主は、確かめるまでもない。

 

(……)

 

 ウィドー王は、その視線を遮るように羽織を翻して。

 

 次の瞬間、忽然と姿を消した。

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