ティエスちゃんは中隊長   作:永多真澄

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5-48 貴賓室にて④

「ハラグロイゼ卿、姫。そろそろ」

 

「ああ。この騒動だ。我々もお暇するとしよう」

 

「……はい」

 

 時刻はすこし遡り、ハナッパシラたちの決着がついた直後。場所は貴賓室。敵の首魁であるウィドー王が喧騒を隠れ蓑に忽然と姿を消した瞬間、トマス小隊長は行動を開始した。すなわち、闘技場からの脱出と世界樹への要人護送である。

 現在、トマスが護るべき対象は王国の外構特使(じょうし)であるワリトー・ハラグロイゼ伯爵と、賢狼の姫君――に扮した賢狼の正統後継(ライカ)の二名。SPの人数はトマスを含めて4名である。

 トマスが同僚にアイコンタクトを図ると、黒服の3人はめいめいに頷いて配置についた。彼らはそれぞれが経験豊富で優秀なSPであるが、襲い来る悪意から身を挺して要人を護ることを第一に鍛えてきた、いわば盾だ。然るに、悪意の源を排除(どうにか)する剣としての役割は、ほとんどすべてがトマスの肩に乗ってくることになる。

 

(ひどい重圧(プレッシャー)だな)

 

 トマスはSP達に頷き返して、ハラグロイゼ卿とライカを輪の中心に置くような陣形を作った。トマスが警護対象の二人に目配せをすると、ハラグロイゼ卿は悠然と、ライカはすこしこわばった顔で、それぞれ頷き返した。

 

「な、なんだね、あれは!?」

 

 トマスら一行が移動を開始したまさにその時、貴賓室の中の誰かがそう叫んだ。トマスは身構えるも、周りの重鎮たちは皆、闘技場のほうを見ている。先ほどとは異なる色の喧騒が、じわじわと貴賓室に浸透していった。

 

(群青の、強化鎧骨格……?)

 

 ちらりと窺い見たトマスは、頭上に疑問符を浮かべた。トマスのように長年強化鎧骨格に乗り続けてきたものならば、その不明機の異様さがよく分かった。あまりにも巨大なのだ。なにせ、その双眸の位置がこの貴賓室の覗き窓と同じ高さにあるのだ。目測で約20メートル。一般の強化鎧骨格の、およそ四倍の身長。

 一般の人工筋肉の出力では、まず動くこともできないような巨体。それが、目にもとまらぬ速さで腕を振るって、ハナッパシラのテンチュイオンⅡTSを殴り飛ばしたのを、トマスは確かに見た。

 

「――急ぎます!」

 

 ガァン、という鋼鉄同士がぶつかる怪音が響く中、トマスは周囲の目など気にするかとばかりに声を張り上げた。嫌な予感がしていた。ひしひしとしていた。ハナッパシラをあしらった時、あの不明機はハナッパシラを見ていなかった。

 じっと、貴賓室(ここ)を見ていた。

 

 幸い、貴賓室内の重鎮たちは恐慌には陥っていなかった。いや、恐慌一歩手前といった空気はあったが、それでも今は困惑が勝っていた。だから貴賓室の出入り口に人が殺到するようなこともなく、トマスたちはすんなりと部屋を出ることができた。

 

「おや、王国の方々。いかがなさいました?」

 

 と、思ったのだが。貴賓室の前室で、試合そっちのけで歓談に興じていた森域の重鎮――小猫人(ケットシー)小鼠人(スチュワート)の二人組につかまってしまう。トマスは舌打ちを何とか堪えた。

 

「おっと、聞きましたぞ、王国の。何やらとんでもなく不名誉な負け方をなさったとか」

 

 小猫人の男が、ニヤニヤと厭らしい猫面で言った。小猫人はティエスと一回戦で当たった相手である。そしてティエスにボロカスに負けた。見栄や体面を大事にする小猫人にとって、まさにティエスは恨み骨髄。王国はその煽りを食って坊主の袈裟だ。トマスは少しばかりティエスを恨んだ。まったく無駄に敵を作るんだからもう!

 

「ふふ、まったく申し開きのしようもない。我々も少し慢心していたようでね」

 

 トマスの後ろから、ハラグロイゼがいやはや参ったとばかりに言った。胡散臭い笑顔が目に浮かぶような声音だった。

 

「まったく、ティエス卿も何を考えているのやら。この旨、本国に知らせねばならないのでね。急いでいる。ゼニーゴ殿、すまないが……」

 

「まぁまぁ、そう焦らずともよいではないですか、ハラグロイゼ殿」

 

 ハラグロイゼ卿が適当にあしらってその場を離れようとしたのを、小鼠人の男がキーキー声で引き留めた。……小鼠人とは特に因縁を作っていないはずだが。ティエスのニヤケ面が脳裏に浮かぶ。自分の知らないところで要らない縁を作っている可能性は十分に考えられた。自分の教育がいけなかったのだろうか。トマスはすこしだけ彼女の上司だった頃を思い出して、いや、あれは生来だな、と結論した。

 

「せっかくの良き日だ。まだまだ祭りは終わっておりませぬぞ?」

 

「しかしね、ハツーカ殿。王国には王国の――」

 

 ハラグロイゼ卿がまた得意の弁舌で煙に巻こうとして、口をつぐむ。周囲がにわかに殺気立ったのを、鋭敏に感じ取ったからだ。当然とばかりに、トマスも懐に忍ばせた短杖(ピストル)に手を伸ばす。

 

「ハツーカ殿、貴殿らは」

 

「いかにも」

 

 ハツーカは、きーきーとその小さな体を揺らして笑った。それを引き継いで、にまにまと笑みを深めたゼニーゴが言い放った。

 

「我らは、『野生の後継者』なり!」

 

 直後。前室のいたるところから、無機質な殺戮者たちがぞろぞろと湧き出してくる。エヴィロンス・シリーズのエントリーだ!

 SPが短杖を抜く。ライカが剣を抜く。ハラグロイゼがいい感じに立ち位置を調整し、トマスは短杖を引き抜きがてら、通信機に吠えた。

 

「こちらガンズ3、敵部隊と交戦中! 『野生の後継者』、決起! 繰り返す、『野生の後継者』、決起!!」

 

 ゼニーゴとハツーカが哄笑する。周囲を取り囲むエヴィロンスシリーズが、じりじりとその包囲の環を狭める。

 

「やれ、エヴィロンスたちよ! 森域の敵を討つのだ!」

 

森域を穢す蛮族ども(フェンヴェール)、生かしては返さん! ここで死ねぇい!」

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