森域統合府の誇る円形闘技場はいま、混乱の坩堝にあった。親善試合の決勝戦に決着がついたのも束の間。その余韻冷めやらぬ中現れた闖入者による宣誓と、それを証明するような破壊行動は、会場に詰め掛けていた森域の住民たちから一瞬で理性を奪ってしまった。
恐慌に陥った民衆に統率などがとれるはずもなく、みな一様に石舞台から離れようと逃げまどい押しへし合って、いたるところで将棋倒しが起きている。もはや誰も——下手人が消えうせたとはいえ——石舞台をみてはいない。
その片隅で繰り広げられている、
「ちぇあッ!」
短い気迫とともに疾る白刃は、その一閃一閃が対峙するものを殺す致命の斬撃。ひとたび振るわれれば確実に相手の命を散らす剣が振るわれたのは、果たしてこれで何度目であろうか。
「――ッ」
そんな斬撃を受けた男はしかし沈着に、片手の短杖で受け流す。刃が滑るように短杖の表面を滑り、火花を散らして空を切る。男はその一瞬の、隙とも言えない隙に無理やりねじ込んで、もう片手の短杖の引き金を弾いた。
パァンという破裂音が耳に届くより先に、剣士の男は頭をかしげて銃弾を躱す。紙一重で擦過していった銃弾は、その体毛に覆われた頬に赤い線をひとすじ引いた。
両者の距離は50センチを切って、ほとんど密着するような状態だ。これはもはや剣の間合いでも銃の間合いでもない。しかし二人はそんなことなどお構いなしとばかりに、激しい攻防を繰り返す。
剣士——マケン・ウルフマンは頬を走ったヒリつく痛みに怖気づくどころか、その愛らしいトイプーの凶貌を嬉々と笑みに歪ませる。実際、マケンは愉快で愉快でたまらなかったのだ。
自身が長年をかけて開発し、研鑽してきた技のことごとくをうけて、相対する男——トマス・ロコモはまだ死んでいない。それどころか、こうして自分に負傷を押し付けてきさえする。
楽しかった。あまりにも。今この時にあって、ここにいるマケン・ウルフマンは「野生の後継者」の構成員でも、青の武士団の棟梁でもなく、ただ一介の剣士だった。
冥利に尽きる、とはまさにこのことだった。だから激しい攻防のさなか、マケンは当て身による崩しをはかりながらも、不要なはずの会話を選んだ。
「実に愉快な気分だ、ロコモ卿。このような立場でなければ、我らは終生の友となれたやもしれん」
当て身はそらされ、首を狙った突き上げは短杖でいなされ、軸足を狙った蹴りには同様に蹴りを合わせられて相殺される。的確な対応。的確過ぎる処置。もちろん合間に射撃が織り交ざる。マケンはそれを刀でたやすく弾き飛ばすと、今度はこちらの番とばかりに刺突を放った。
短杖による射撃と徒手格闘が複雑に織り交ざった近接格闘術「ガン=カタ」の、ここまでの使い手を見るのはマケンも初めてだった。ゆえに、楽しい。
たとえトマスがあまりにも嫌そうな顔をしていたとしても。
「どうせこれが貴殿の生の終わりになる」
「それもまた善し」
マケンの斬撃を必要最小限の動きでかわし、受け流し、防御するトマスは、ひどくぶっきらぼうに言いながら射撃をお見舞いした。マケンはにぃと笑って弾を両断する。舌打ち。左手の短杖が
(さすがに強い。ティエス卿はこれを片手であしらったというのか)
トマスは冷静に状況を分析しながら、自分の不利を悟った。技量は伯仲しているはずだ。この期に及んで向こうも力を出し惜しみしているとは思えない。体力も、恐らくそう変わらない。向こうの体力切れを狙うのは難しい。良くて共倒れだ。
脳裏にティエスのだらしないニヤケ面が浮かぶ。まったく、どれだけ自分の奥の部分をくすぐれば気が済むのだろうか。
それに、こちらには一方的にタイムリミットがある。電源呪符の残りには限りがあって、残り少ない。あと何発撃てるか考える。
はじき出された数はあまりに心もとなく、それだけでこのマケンという壁を削り切るのは不可能に思えた。有効打がないのだ。本来有効打足りえるはずの銃撃がことごとく無力化されているのだから。
そも、はぐれた護衛対象の下に素早く駆け付けなければならない。
「尻尾を巻いて逃げる、などとは言うまいな」
顔に出ていただろうか。トマスは一瞬思案して、違うと結論する。結局は、頭を回せば導き出される手段だ。それくらいはわかっているぞと脅して、歩法で挑発してこちらの退路を塞ぎにかかっている。焦燥を狙ったか。これも違うだろう。
「あいにく、巻けるほどの尾は持ち合わせておらんのでな」
「抜かしおる。我に背中を斬らせるなよ?」
マケンは純粋に、この果し合いを果たしたがっている。どちらかが果てるまで終わらない戦いというものを求めているのだ。トマスにはそれがよく分かった。武人というやつなのだ。いわゆる。
つくづく、自分とは気が合いそうにない。トマスは大きくバックジャンプして距離をとる。マケンは追ってこない。トマスが次に何を言うのか、察したのだろう。
「――次で決めよう、マケン・ウルフマン」
構える。先ほどまでとは違う型。腰を低く落とし、右手を突き出し、左手を頭上に回す。突き出した掌を上に向け、クイクイと手首を曲げて挑発する。
「名残惜しいが、よかろう。トマス・ロコモ、貴殿に我の全霊を見せる」
構える。下段からくるりと刃で円を描くように回し、顔の横で垂直に立てる。じゃきり、と刀が喉を鳴らすように金属音を立てた。
先ほどまでの超高速の攻防が嘘であるかのような、あまりにも静かな佇まいの二人は——
「いざ、尋常に」
「勝負——ッ!」
同時に、地を蹴った。