マケンが踏み込む。10歩の距離を0にする、縮地めいた踏み込みで。
トマスも踏み込む。2歩だけ踏み込む。マケンの詰めを予測して、その剣の間合いのもう一歩内側へ踏み込む。
激突する。マケンの白刃がぶれて消える。神速じみた打ち込み。上段からの唐竹割り。
トマスは左手の短杖を剣の軌道に割り込ませ、力場を発生させた。必殺剣の勢いが削がれた間隙を縫って、右手の短杖が火を噴く。破裂音と金属音が同時に響く。
トマスの放った銃弾は、マケンの左大腿を穿った。マケンの振り下した刀は、トマスの左の短杖を半ばまで断ち切り、同時に引き金にかけていた人差し指を飛ばす。鮮血が舞う。
「ぐっ――!」
「ヌゥ――!」
構わず、両者は動く。痛みなどはとうにマヒしている。ただ相手を殺す千載一遇の好機を逃すまいと動く。
トマスの左手の短杖はすでにその機能を喪失して、力場も雲散霧消していた。マケンがわざと撫でるように刀を引くと、宙ぶらりんになっていた短杖がぼとりと指ごと地に墜ちる。
そのまま腕が引き切られれば、また斬撃が飛んでくるのは必定。次は止める手立てはない。トマスは指のとんだ左手を構わず突き出して、マケンの刀持つほうの腕の袖を掴んだ。さらに一歩、踏み込む。
トマスは残った右手の短杖を照準するふりをして、捨てた。射撃を警戒していたマケンが一瞬虚を突かれる。そのほんの一瞬の隙があれば充分だった。両者はもうほとんど密着していて、短杖を捨てたトマスの右手がマケンの装束の奥襟をつかむ。和装のマケンはおあつらえ向きに、掴みやすい服装だった。
「アァッ!」
言葉未満の叫びがトマスの喉を震わせた。襟を持つ左手を素早く強く引き、同時に体ごとぶつかってマケンの上体を崩す。
「ぐッ!?」
踏ん張ろうとして、マケンの左大腿から鮮血が噴き出す。ほとんど無意識に、マケンは左足を庇った。それが決定打だった。マケンの全体重が、右足一本に乗っている。
トマスが自身の右足を大きく前方に蹴り出す。キックではない。重要なのは、その戻り道。反動を使って、トマスの右足がマケンの右足を刈り取った。柔道で言うところの、大外刈りだ。
マケンの体が宙に浮かぶ。その顔に驚愕が浮かぶ。トマスはそれを見届けてから、襟を掴んでいた両手を放した。
「ガッ――」
マケンの体は一瞬の浮遊感を感じた後、すぐさま硬い石舞台に背中を叩きつけられる。肺からすべての空気が抜けた。受け身はとらなかった。後頭部をしたたかに打ち付けて、目に星が飛ぶ。
油断なく、トマスはマケンの左手……刀を持つ手を蹴り上げて獲物を手放させると、あとは先ほど手放した短杖と、それから斬り飛ばされてしまった左手の人差し指を拾い上げる。
「っつ……」
ぐちゃりと肉々しい音を立てて人差し指をもとの左手に戻してから、骨と肉を応急的に繋げる。
こればかりはとティエスに伏して懇願して教えてもらった、土魔法のちょっとした応用だ。我流のしかも猿真似なので、医官には当然苦い顔をされる。それにティエスほど人体の構造を知っていないし、魔法の制御も荒いから、なるべく早く医官に見せて処置をしてもらわないといけないという欠点はあるが、それでも応急処置としては破格だ。
トマスは付け直した指の感覚を確かめるのを後回しにして、無事なほうの短銃でマケンの四肢を射抜く。――決闘という建付けでこれをやるのは、トマスとしても少しだけ良心が咎めた。しかし念には念を入れて、万に一つの番狂わせも潰しておきたかった。
実力は伯仲していた。次向かってこられたとして、勝てるかどうかはわからないのだから。
マケンは皮膚と肉を焼かれる感覚に低い唸り声をあげているが、立ち上がる元気はもう無いようだった。頭を強く打ったのがいけなかったのかもしれない。
それでも、何とかろれつの回らない口だけは回した。
「……ふん、
四肢を焼かれていてよくもここまで、と感心するトマスは、その実、大いに悩んでいた。すなわち、生かして捕らえるか、ここで殺してしまうか。
後顧の憂いを断つというならば、殺しておくべきだろう。森域の遅れた医療設備とはいえ、これくらいの容態であれば三日もせずに回復させることができる。生かして治療してやった後に脱走して敵の戦力になる、というシナリオは可能性を捨てきれない。
だが、生かして捕らえ、その口を割らせれば、ともすれば値千金の情報が得られるかもしれない。
迷った結果、トマスは短杖をマケンの眉間に照準した。
「フッ、
呂律が治りつつある。トマスはいよいよ猶予がないことを悟った。このマケンという男はひとたび体が動くようになれば、今はこんなしおらしいことを言っていても、必ずまた剣をとる。そう言う確信があった。
だからトマスは、その引き金を引こうとして――。
「――そこまでだ、トマス卿」
背後から掛けられた、聞き馴染みのある声。トマスはしばし瞑目して、静かに短杖の構えを解いた。振り返る。
「……ご無事で何よりです、ハラグロイゼ卿。姫も」
「うん。トマス卿もご苦労だったね」
振り向いた先にいた美男子――ワリトー・ハラグロイゼ伯爵は、いつものように胡散臭い笑みを浮かべていた。