「青の武士団の――棟梁、といったかな? カテル・ウルフマン殿」
「いかにも」
ハラグロイゼの問いかけに、カテルは鷹揚に頷いて見せた。その一挙一動に、前衛のSP二人がピリ付くのがわかる。カテルは太刀を地に投げ出し、両手を上げて無抵抗のポーズを見せているが、なにせ相手は武芸の達人だ。その状態から一足飛びにこちらを殺しにかかることもたやすい。ガーディとマルモの警戒は当然といえた。
そんな護衛二人の陰に巧妙に隠れながら、ハラグロイゼは口許に薄い笑みを浮かべたまま、ずいぶんとのんびりした口調で会話を続けた。
「私の記憶違いでなければ、青の武士団の棟梁は――いや、そもそも。賢狼人に侍る君たちは、『野生の後継者』に付くものと思っていたのだがね?」
「それは少し違うな、ハラグロイゼ卿。それがしらはあくまで、賢狼の王に仕える身なれば」
カテルはその狩猟犬めいた黒目がちの瞳でちらとライカを見た。ライカはその視線に気づいて、まっすぐにカテルを睨む。
ハラグロイゼはフム、と唸った。
「つまり君たちは現王ではなく、ライカ王子をこそ賢狼の正統と認める、と。そう言う認識でいいかな?」
「いかにも。この考えに賛同できぬものは、既に武士団を去り申した」
「なるほど、絵図を引いたのはマケン殿だね。義理と実利の両方をとったか」
「……」
カテルは黙して、答え合わせとした。そんな青年を見て、ハラグロイゼは若いな、と思う。ガーディの肩をポンと叩くと、彼は振り向かずに「よろしいのですか」と聞いた。
「かまわない。脱出経路は、
「ああ、任されよ。我ら青の武士団の威信をかけて、貴殿らをお守りする」
カテルがそう言うと、物陰に控えていた犬人たちが10人ばかり、ぞろぞろと姿を現した。みな揃いの青い羽織姿で、裾には白いだんだらの染め抜きがある。青の武士団の戦装束だ。
ガーディはそれらの出現に一瞬肩を跳ねさせるも、ハラグロイゼの言う通り構えを解いた。
「ずいぶん――ドラマチックな登場だ」
「最初から大人数で押し掛けるのも、無粋と判断したまで」
ハラグロイゼが腕を組んで、呆れたように息をつく。カテルはしてやったりといった風に笑んでから太刀を拾い上げて腰に佩くと、そのまま一歩踏みでて地に片膝をついた。同時に、背後に控える十数人もまた、地に膝をつく。
その視線の向かう先は――ライカだ。
「ライカ・ル・リン・レイフィール様」
カテルの鋭い視線と、重々しい呼びかけ。ライカは一瞬だけたじろいだ。救いを求めるように視線を彷徨わせたのも一瞬。それで、ここにいるレイフィールは自分一人とわかってしまったから――。
ライカは瞑目し、ややあってから見開いた。地に伏す武士団を睥睨する。自分に姫の、あの男のまねごとができるだろうか、という不安は、既に殺した。
「遅参ながら……カテル・ウルフマン、ならびに青の武士団一門。御屋形様の軍門に列し、忠節を尽くすことをお許し願いたい」
ライカは、カテルの強い視線を真っ向から受け止める。覚悟を問うているのだ。賢狼人と、その傘下氏族の命を預かる覚悟はあるかと。
ライカはそれがわかったから、勝手に震えたがる喉を何とか御して、カテルの強い目を真っ向から受けて……短く静かに、それでもはっきりと告げる。
「――許す」
その言葉は、喧騒の只中にありながらずっしりと響いた。カテルはしばしライカを強い目で見つめてから、ついにそのこうべを垂れた。
「ありがとう存じまする、ライカ王」
「俺はまだ、王じゃない」
今頃、ティエスとともに打ち上げの瞬間を待っている姫を想う。姫が本懐を遂げたその時こそ、真の覚悟を求められるのだろう。
「それでも――付いてきてくれるか」
「無論」
カテルはこうべを上げて、獰猛に笑んだ。ライカはそれを、強く頼もしく思う。頷きで返す。
「さて――」
そこに口を挟んだのはハラグロイゼだった。ハラグロイゼはライカを少し見直したような目で見た後、カテルを見る。
「意識合わせも済んだところだし、急ごうか。悠長にしている時間はないんだろう?」
「ああ、先導いたす。すべての通用口にはエヴィロンスが配置されているから、そこからの脱出は現実的ではないのでな」
「どこへ向かうのかな?」
カテルは立ち上がると、大衆の流れに逆らうほうを顎でしゃくって見せた。
「石舞台へ。そこでトマス殿と合流する」