チャドラの高笑いが響く中、引鉄が引かれんとするその刹那。横合いから飛び込んできた白い強化鎧骨格の渾身のドロップキックが、群青の強化鎧骨格――ヤーラ・レイアークを吹っ飛ばした。
『ヌゥ――!?』
充填されたエネルギーは明後日の方向に飛び、闘技場の空を割く。驚愕と振動にゆすぶられるチャドラの声。ヤーラ・レイアークはもんどりうって倒れ、石舞台でその装甲版をすり下ろした。盛大な火花が散る。
代わりに石舞台に立っている白い強化鎧骨格は、テンチュイオンⅡをベースにした
バイパーⅢは、呆気にとられる地上の人々をその赤い瞳で睥睨して、安心させるようにゆっくりと頷く。
『ご無事のようで何よりです、ハラグロイゼ卿。トマス小隊長も』
「……!? その声は」
しかし、外部スピーカから出力された声は、トマスの思っていたものではなかった。若く、才気にあふれたその声は、トマスもよく聞き馴染みがある。
「ああ。そちらも無事だったようだね、何よりだ。ハナッパシラ臨時小隊長」
ハラグロイゼは動じる様子もなくクスリと笑うと、反射する陽光の眩しい白い外装の強化鎧骨格を見上げる。
「それにしても、ずいぶん興味深い機体に乗っているね?」
『はい、ちょっとお借りしました』
ハナッパシラは微塵も悪びれずに言った。
///
(う――)
――短い昏倒から我を取り戻したとき、ハナッパシラは自分の五体がバラバラになっていない奇跡にまず感謝した。気を失う最後の瞬間を鑑みれば、そうなっていても何らおかしくなかったからだ。それでも、千々に割れた光画盤が目と鼻の先まで迫っている光景は、十分にハナッパシラの心胆を寒からしめるに至る。
「あと一瞬、判断が遅れていたら死んでいたな……機体は、さすがにダメか」
厳重に遮蔽されているコクピットに、周囲の喧騒が漏れ聞こえてくるのも、フレーム構造から歪んで間隙が生じているためだというのがわかる。コンソールを叩いてみるが、一切の反応がない。さすがに決勝戦からこっち、無理をさせ過ぎた。こうして搭乗者を五体満足で生き永らえさせた以上は望みすぎというものだろう。
完全に沈黙する機体は全電源を喪失した状態で、まったくの暗闇。電力がなくてはコクピットハッチの開閉すらかなわない。しかし、自分の座っている姿勢から、強化鎧骨格がどういう姿勢で擱座しているのかは分かった。尻もちをつく形で、やや上体を前傾させている。
ハナッパシラはそれをみとめると、手探りで探り当てた操縦席脇の保護カバーを躊躇なく叩き割り、その奥に仕舞われている強制開放ハンドルに手をかけた。
これは強化鎧骨格の
(頼むぞ……!)
ハナッパシラは無心でハンドルをグルグルと回す。ややあって重い手ごたえ、何かがガシリとかみ合う感覚があった。渾身の力を込めてハンドルを押し込む。ぶちぶちと繊維質の何かが千切れる音がして、ハンドルが急に空転した。
同時に、ばかんという間抜けな音とともに、前面装甲が支えを失う。ハナッパシラはそれを、何とか動かした両足で思いっきり押し出した。あまりにあっけなく、ハッチは地上へ落下していく。
(……ッ!)
真っ暗闇だったコクピットに強い昼光が差し込み、目を焼く。それに洪水のような喧騒が耳を衝いて、ハナッパシラは目を抑えるべきか耳を抑えるべきかを一瞬躊躇した。躊躇して、そのどれでもない行動をとる。
シートベルトを外し、ぐっと体を持ち上げる。ここまでわずかに残っていた、立ち上がれないのではないか、という疑念は払しょくされた。解放されたハッチに手をかけ、身を乗り出す。
外から見れば、機体の損傷は予想以上にひどいものだった。本当によく生きていたな、とハナッパシラは半笑いになる。テンチュイオンⅡTSはここに残置していくほかなさそうだった。
「何とかしてトマス小隊長たちに合流しないと……っ!?」
脱出に仕えるものがないかと周囲を窺えば、石舞台を挟んでちょうど反対側に、唐突に群青の強化鎧骨格が出現したのを見る。ハナッパシラの背に水が走った。
(
ハナッパシラの優秀な視力が、群青の強化鎧骨格の足元に人型をみとめる。その顔も。もはや少しの猶予もない。
状況を打開できる何かを探し、周囲を探る。あった。十数メートル離れた位置に白い強化鎧骨格が擱座しているのが見える。審判をしていた機体だ。損傷は少なく見えるが動く気配はない。搭乗者が死んだか?
「好都合――いや、ダメだな。中隊長じゃあるまいに」
ハナッパシラは降って湧いた感情を自戒してから、ハッチから跳んで危なげなく着地すると、その白い強化鎧骨格に走る。ハナッパシラの脚力であれば、それは一瞬のことだ。
地を蹴って、白い強化鎧骨格の胸部ブロックに着地する。遠目で見た通り胸部装甲版は著しく破損していたが、二次装甲以深は無事のようだった。頭部ユニットのカメラアイにも火がともっているから、この強化鎧骨格は確実に生きている。
ハナッパシラは胸部ユニットのわきに設置されたコンソールからハッチの強制開放コマンドを打ち込む。これは各国共通のもので、短い電子音のあと、圧縮空気の抜ける音とともにハッチが解放された。
「っ……貴殿は」
コクピットには、白い表皮を血で赤く濡らした蜥蜴人が座っていた。頭からの出血がひどい。が、意識はあるようだ。
「フェンヴェール王国陸軍、スプリガンズ所属のハナッパシラ・イキリマクッテンネンです。動けますか」
ハナッパシラは誰何に応えながらも、てきぱきと白い蜥蜴人の拘束を外していく。
蜥蜴人はハナッパシラの肩越しに石舞台の状況を見て、全てを察したようになされるがままにした。
「白竜師団副団長のナーガ・ヘビデスヨンだ……頭を強く打った。体が動かん」
「すいません、自分は治療の心得がないんです」
「かまわんよ。……この機体が――バイパーⅢが欲しいのだな?」
「話が早くて助かります」
ハナッパシラは物わかりのいいナーガを担ぐと、細心の注意でナーガを機外に出した。強化鎧骨格はアマツカゼのような例外を除けば、基本的には一人乗れば手いっぱいの狭さだ。二人乗りをできる余裕はない。
だからテンチュイオンⅡTSの陰になるような位置に土魔法で即席のシェルターをこさえて、その中にナーガを寝かせる。
「剣は失ったが、リア・アーマーの内側に
「感謝します、ナーガ副団長」
「かまわん。務めを果たせ、ハナッパシラ卿」
しっかとうなずいて、ハナッパシラはバイパーⅢのコクピットへ一足飛びで滑り込むと、シートが血で汚れているのも気にせずハッチを閉めた。ステータスチェックもそこそこに、機体を立ち上がらせる。光画盤に映る光景には、もはや一刻の猶予もなかった。機体は問題なく立ち上がった。操縦桿を強く握る。
「……バイパーⅢ、お借りします――!」