『ハナッパシラ臨時小隊長。やれるか?』
「はい、やって見せます。トマス小隊長はハラグロイゼ卿と皆さんを!」
『頼む』
ハナッパシラはバイパーⅢの頭部ユニットをゆっくりとうなずかせると、トマスたちが離脱するのを見届けてから右のリア・アーマーの裏に装備された
(なれない武器だ……けど、向こうも動きが悪い。敵も慣れていない)
ようやく体勢を立て直した群青の強化鎧骨格――ヤーラ・レイアークの動きを見て、ハナッパシラは察する。登場しているチャドラは、最低限の動かし方を知ってはいるのだろう。しかし、その動きは非常にぎこちないものだった。王国の訓練隊であんな機動をすれば、きつい叱責が飛ぶだろう。まだ色濃く残る思い出と照らして、ハナッパシラは思う。
鞭は、1メートル程度の持ち手の先から特殊ファイバー製のロープが5メートルばかり伸びた代物で、直接的な攻撃力は低い。敵をからめとって動きを封じるような、非殺傷武器の類だ。この機体の本来の持ち主であるナーガは親善試合の審判役だったから、その所以でこうした拘束用の武器を装備させていたのだろう。
ハナッパシラも、実際に使うのは初めてだ。
『ぐぅぅ、忌々しい……!』
輪にして束ねたロープをぴんと張って待ち構えていると、ようやく体勢を戻したヤーラ・レイアークから憤懣やるかたないといった様子の声が響く。
『
どうやら向こうは、この機体を操縦しているのがハナッパシラだとは気づいていないらしい。先ほどの会話は聞かれていなかったということか? それだけ、機体の立て直しにいっぱいいっぱいだったか。ハナッパシラはその間違いをあえて訂正することはなく、無言でバイパーⅢに鞭を構えさせた。
ヤーラ・レイアークが杖の先から光の刃を発振させ、バイパーⅢに突き付ける。初めて見る武装だ。ハナッパシラは身構える。どういう性質があり、どういう特性を有するのか。見ただけでは判断がつかないからだ。
(純粋な破壊エネルギーを収束して剣の形をとらせている……? いや、先入観は危険だ)
肩で息をするように肩部ユニットを上下させるヤーラ・レイアークを観察する。操縦者の高ぶった感情をフィードバックした無用な動作だが、些かあからさますぎる。こちらを誘う罠かもしれない。
ずりずりと、バイパーⅢの足裏が石舞台を擦る。
『そのような貧弱な機体で、このヤーラ・レイアークに挑もうなどと、まさか思ってはおるまいな! 所詮
段取りを崩された苛立ちと、新しいおもちゃを得た時のような無邪気さ、隠し切れぬ嗜虐心。そのような情動をごちゃまぜにしたような声で気焔を吐くチャドラは、光の剣をぶんぶんと振り回しながら一歩を踏み出した。
あまりにも隙だらけな踏み込みだった。
「そこッ!」
『ヌっ!?』
その隙を見逃す手はなかった。ハナッパシラの放った鞭が、意志を持つかのようにヤーラ・レイアークの左腕に巻き付く。光の剣を持つ腕だ。バイパーⅢの膂力に任せて鞭を引き戻すと、両機の間で銃鉄色のロープがビィンと勢いよく張った。
『お、おのれっ、小癪な……!』
「ぐ、くそっ、パワーが足りない!?」
慌てふためいたように、ヤーラ・レイアークが拘束された腕を振り回す。まったくめちゃくちゃな動きだというのに、その一挙一動にバイパーⅢは引っ張り込まれそうになる。
ハナッパシラが鞭の扱いに習熟していないというのも原因だが、そもそもの話でマシンパワーが違いすぎるのだ。馬力が違う。なるほど、自慢するだけの機体ではある。
『ほ、ほほう! まったく力負けしておるではないか! ハハッ、ざまぁないわ! ほぉれっ!』
「くっ、引っ張り込まれる……!」
さすがのチャドラも、その様子から状況を察したようだった。声音から焦りが消え、代わりに侮りと厭らしさがにじむ。ヤーラ・レイアークが鞭の巻き付いた左腕を大きく引くと、バイパーⅢの足が地面から浮いて、数歩たたらを踏む。体勢を崩された。
(なんて膂力だ……! だがっ)
ハナッパシラは機体の体制を直すよりも先に、バイパーⅢにリア・アーマーの左側から、もう一本の鞭を抜き放たせるのを優先した。体勢を崩すほどの勢いを逆に利用して、もう一本の鞭はヤーラ・レイアークの杖を持つ左手首をしたたかに打った。
いかに殺傷力の低い武器とはいえ、全長5メートル、太さ10センチの鋼鉄並みに硬いロープが音速に迫る勢いで打ち付けられたのだ。ビュンと鋭く風を切ったロープの直撃に、ヤーラ・レイアークのマニュピレータは耐えられなかった。
『な、何ィ!?』
「もらった!」
砕け散るマニュピレータを見て驚愕と怯懦に声を震わせるチャドラと、勇敢に懐へ飛び込んでこぼれた光の剣を掴み取ったハナッパシラ。勝敗はそれで決した。
右手の鞭を捨て、光の剣を握りこんだバイパーⅢが、すり抜けざまにそれを一閃する。チャドラが恐怖から、偶然のタイミングで身を引いた。振りぬかれた光の剣は、コクピットブロックを擦過してヤーラ・レイアークの頭部ユニットを上下に溶断する。あまりに抵抗のない切れ味にハナッパシラは驚愕した。
ヤーラ・レイアークに辛うじて残った頭部ユニットの下半分は、まるで熱したナイフでバターを切ったときのように、滑らかな切断面を白昼に露呈する。
『ひっ、ひぃぃぃぃ』
チャドラの情けない声が響く。中の人間は十分元気そうだ。
これは親善試合ではない。頭部ユニットを飛ばしただけで強化鎧骨格を無力化できないことはハナッパシラも知っているから、返す刀で脚を狙う。
コクピットを直接焼くつもりはなかった。人道的な話ではない。チャドラ・コンカチネートは賢狼人の筆頭武官であるから、つまりは「野生の後継者」の幹部でもあるということだ。生かしておけばたんまり話が聞けるだろう、という、極めて政治的な意味合いである。
しかし――。
「っ!? バッテリーが……!」
翻した刃は耳をつんざく電子音とともに雲散霧消した。それのみならず、バイパーⅢ本体の機能の一部が強制停止している。急激な不調の正体は明らかで、光の剣が杖に内蔵された電源呪符では飽き足らず、強化鎧骨格のメイン電源から大量の電力を食いつぶした結果だった。
ハナッパシラは即座に予備電源に切り替えて、光の剣を投棄する。絶大な攻撃力と引き換えに一瞬でガス欠になるようなものは、欠陥兵器と呼ぶほかなかった。
『ま、未だ死ねん! 未だ死ねんのだ、わしは!!』
その一瞬の隙を突かれて、チャドラが動く。ヤーラ・レイアークの機体周囲が、うっすらと明緑色に発光し始めた。エーテルの光だ。
「まさか、転移! させるか!!」
ハナッパシラは回復したバイパーⅢを最大限素早く動かして、ヤーラ・レイアークへの組み付を試みる。しかし、それはかなわなかった。バイパーⅢが腕を回そうとしたその瞬間、ヤーラ・レイアークはまるで煙か何かのようにその場から消え失せてしまったのだ。
『これで勝ったと、思うなよォ!』
チャドラの負け惜しみの声と、僅かなエーテルの残滓だけを残して。