ティエスちゃんは中隊長   作:永多真澄

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5-77 統合府防衛会議

「――……以上が、現段階で判明しているエヴィロンスの仕様となります。何かご質問は」

 

 ジャスティン・ウォノエはその水棲生物めいたスキンにじわりと汗をにじませながら、オーディエンスの反応を待った。照明が落とされた会議室は重い沈黙に包まれていて、OHPの奏でる排気音以外に音はない。

 「統合府防衛会議」の真新しいネームプレートが掲げられたこの会議室に詰めているのは、エルフ長老ウィエルサードをはじめ、ゴブリンの商会長ガメッツィーゼ、ドワーフ鉄塊戦士団長カッチ、オーク猛火烈士隊総長ドンカッツなど、森域のトップオブトップスばかりだ。四大盟主氏族以外にもジャスティンの父であるシーマン族長のデトリダスや、青の武士団棟梁のカテルの姿もある。とにかく「野生の後継者」に与せず、この統合府要塞に立て籠もった氏族のトップが出席しているといえばいい。多種多様な氏族が暮らす森域だけあって、そのトップだけで会議室はパンパンだ。ちなみに王国からは代表としてハラグロイゼ卿が出席している。

 

「一ついいかい」

 

 ス、と手を挙げたのは、豊満長躯のグリーンスキン。ガメッツィード商会長のガメッツィーゼ・ガメッツィーだ。ジャスティンはびくりと肩を跳ねさせた。来るとは思っていたが、出来ることならお喋りしたくない相手ナンバーワンだったからだ。

 

「どうぞ、ガメッツィーゼ=サン」

 

 しかし質問を断ることなどできはしないので、半ばあきらめたように指名する。足を組んで座るガメッツィーゼは華美な扇子で口許を隠したまま、鋭い視線をジャスティンに向けた。

 

「アンタはあのいけ好かない玩具(エヴィロンス)の発明者だそうだね。なぜあんなものを作ったんだい?」

 

 ざわり、と会議室がざわめく。「エヴィロンスの開発にジャスティンがかかわっていた」という事実は、今の説明からは意図的に省いた部分である。不信感のオーラが会議室中に漂うさまをジャスティンは幻視して、頬を大粒の汗が伝う。

 

「ガメッツィーゼ嬢、この場は統合府防衛について論ずる場だ。個人的興味本位での質問は辞めてもらいたいな」

 

 思わぬところから助け船が出た。太鼓腹を抱えた豚顔の巨漢、ドンカッツだ。しかし考えてみればこの援護は当然のものでもある。ドンカッツを筆頭とするオーク軍閥は、親善試合でティエスに土をつけられるまでは「野生の後継者」側の立場だったからだ。芋づる式に痛い腹を探られてはたまったものではない。

 無論、その考えがわからないガメッツィーゼではない。

 

「はん、これはゴブリン全体の沽券にかかわるセンシティブな問題さね。個人的興味で片づけられるのは心外だね」

 

「どちらにせよ、喫緊の統合府防衛には関わりのないことであろう。個人的興味と何が違うか」

 

 とたんに険悪なムードが二者の間に形成される。むべなるかな。そもそも四大盟主氏族は互いを嫌いあっていることで有名だ。意見が割れれば喧嘩(ないせん)になるになるまでそう時間はかからない。

 

「やめたまえきみたち。味方同士で争うのはむなしいことだ」

 

 二人を仲裁したのは、エルフ長老のウィエルサードであった。四大盟主氏族の中でも群を抜いて巨大な勢力であるエルフの長くらいしか、この場をおさめられる人物はいない。ゴブリンもオークもエルフに反目する氏族ではあるが、頭を押さえつける手を跳ねのける力がないことはわかっている。だから「野生の後継者」などという迷惑な結社が跋扈することにもつながるのだが、ひとまず二者は矛を収めた。

 ウィエルサードはその様子を確かめてから、にこりとジャスティンに笑いかける。これは貸しだよ、と雄弁に語るその可憐で悪辣な笑みに、ジャスティンは背が粟立つのを感じた。

 

「俺からも質問いいかい」

 

「ど、どうぞ。カッチさん」

 

 そんな喧騒を我関せずという顔で静観していたドワーフのカッチ・カチコチカが挙手をした。ジャスティンはウィエルサードの視線から逃げるように指名すると、カッチは腕を組んだまま、唸るような声で言った。

 

「つまり、マスプロタイプのエヴィロンスには2種類の指揮系統があって、通常の部隊運用に用いる狭域ネットワークによる命令のほかに、広域ネットワークによる命令がある。広域ネットワークから伝達される命令はいわば絶対命令で、部隊運用側のあらゆる命令に優先して実行されると、ここまではいいか?」

 

「ええ。その認識で問題ありません」

 

 ジャスティンはスッと技術者の顔になった。カッチはジャスティンの返答にひとまず満足したように頷いて、続ける。

 

「そもそもからして、このネットワーク通信という概念が既に俺たちの理解を超えていやがる。まったく、考えた奴の顔を拝んでやりた……いや、もう叶っちまったか」

 

「彼の身柄は既に王国にある。お忘れなく」

 

 ハラグロイゼ卿が横入りして釘をさす。カッチもその辺は心得ているようで、悔しさをにじませながら続けた。

 

「……戦後にドワーフから王国へ、正式な技術交流を申し込みたい」

 

「予約は入れておくよ」

 

 会場内が一気に気色ばむ。抜け駆けをしたドワーフへの反感と、そもそも人材をかっさらっていった王国への反感。さらには順番決めのための牽制。そんな喧騒をぶち壊すように、カッチは大声で続けた。

 

「話を戻すぞ! つまり、その広域ネットワークの発信源を抑えちまえば、エヴィロンスは無力化できる。その認識で間違いないな」

 

「はい。付け加えて言うならば、その発信源は森域の地理的中心――推定、レイフィール城にあります」

 

「となると、エヴィロンスを一気に無力化するためには、少なくともレイフィール城にまで攻め上らなければならねぇ?」

 

「はい」

 

 その事実を告げた時、会議室の雰囲気は大まかに二分された。納得したような顔をする者たちと、ひどく難しそうな顔をする者たちだ。

 難しい顔をする者たちの代表として、一人の蜥蜴人(モクレン)が挙手をする。ハナッパシラに強化鎧骨格(バイパーⅢ)を預けたナーガ・ヘビデスヨンによく似た男は、表情の読み取りにくい蜥蜴人をして渋面とわかる渋面をしていた。

 

白竜師団(パイロン)団長のラグーン・ヘビデスヨンだ。いいだろうか」

 

「どうぞ」

 

「貴公の説明では、早期のエヴィロンス無力化は不可能といっているように見える。レーフィールの荘は森域の奥深く。原書の古木に囲まれた僻地なれば、進軍はそう容易くはない。この要塞に集った兵力だけでは、たとえ統合府の防御を捨てたとて――」

 

「だからこそ、彼奴は飛んだ」

 

 ラグーンの言葉に差し挟んだのは、ドンカッツであった。彼は納得したような顔を浮かべていた一派である。ラグーンは厳しい目でドンカッツを睨んだ。

 

「訳知りのようだな、ドンカッツ殿」

 

「いかにも。しかし、これは我の口から話すことでもあるまい。であろう、ハラグロイゼ卿」

 

「そうだね」

 

ハラグロイゼ卿は席を立つと、壇上に上がった。ジャスティンにいったん脇に下がるようハンドサインを出してから、マイクの具合を確かめる。

 

「この危急の事態に際し、王国軍は事態の早期解決のため、独自作戦を実行中でね」

 

「内政干渉ではないのか」

 

 すかさずヤジが飛ぶ。基本的に、森域人は王国のことをよく思っていないのだ。ハラグロイゼは顔色一つ変えずに返した。

 

「森域の法でいかようにも裁いて構わないがね。この作戦は、賢狼人(レイフィール)王統派から直接の要請を受けて実行されているということは、留意しておいてもらいたい」

 

「ム……」

 

「作戦の内容を説明しよう」

 

 ハラグロイゼの言葉にあわせて、OHPが新たなスライドをスクリーンに映し出す。大写しにされたのはドヤ顔ダブルピースを決めるティエス・イセカイジンの肖像だった。

 

「この人物については、もはや説明の必要もないと思うけれどね。一応紹介しておこう。フェンヴェール王国陸軍中隊長、ティエス・イセカイジンだ」

 

 会場が今までと違うどよめき方をする。あまりにもふざけた絵面だが、既に森域の人間は少なからずティエスという人物に敬意を抱いていたからだ。

 これまでにティエスが圧倒的な武を見せつけたことで、森域の王国評はよいほうに傾きつつある。ハラグロイゼとしてはここらで一つ、それを確固たるものにしておきたかった。そのための演出である。

 

「現在、彼女は賢狼王統派のリリィ・レイフィール姫の供回りとして、レイフィール城に先行してもらっている」

 

 スライドが切り替わる。それが森域の俯瞰概略図であり、図中に記された矢印の意味に気付いた者たちから困惑に近いどよめきが起こった。

 

「気づいたものも多いと思うけれど、空からレイフィール城に強襲をかけ、一気に制圧するというのが今回の作戦趣旨だね」

 

「そんなことが、可能なのか」

 

 困惑組を代表して、ラグーンがまるで信じられないと言いたげな表情で尋ねる。ハラグロイゼがジャスティンに目配せをして、説明役を交代する。

 

「空中を飛行し、目標地点まで到達することは、理論的には可能です」

 

 おお、と感嘆のどよめき。

 

「ここ統合府から、レイフィール城までは空路で1時間。レイフィール城に落着してからの継戦限界は、3時間の見込みです。すでに作戦開始から1時間弱経過していますから……つまり、この作戦が成功すれば、3時間以内にエヴィロンスは無力化されます」

 

 今度は困惑を多分に含んだどよめき。無理もない。隊群の待ち構える敵の本拠地に単騎で乗り込んで、敵の首魁を調伏しようというのだ。それがいかに無茶な作戦かなどは、深く考えなくてもわかることだ。いや、そもそも作戦とも呼べるかどうか。

 しかし、だが、ティエス・イセカイジンなら? 奴ならやってのけるのではないか? そのようなささやきが場を支配する。

 ハラグロイゼはその様子に満足した様子で、締めくくるように言った。

 

「さて。ではこれより、この要塞をどう守るかを話し合おうか。なに、たった4時間守り抜けばいいだけの話だ」

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