ティエスちゃんは中隊長   作:永多真澄

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5-79 ニアとハンス

「そろそろっスねー……」

 

「そうねー……」

 

 王国軍に割り当てられた整備区画の端、市民公園の自販機コーナーをそのまま転用した休憩所の四阿で、ニアとハンスは整備班員たちが忙しなく作業を続ける様を肴にコーヒーをたしなんでいた。

 すでにスプリガンズとしての最終ブリーフィングも終わり、あとは出撃を待つのみ。最後の休憩を満喫するにあたって、部隊のほとんどを占める喫煙者(ヤニカス)共は連れ立って喫煙所へ向かった。そうして残った非愛煙家の二人は手持無沙汰を隠すため、こうしてコーヒーブレイクに興じているという経緯である。

 出撃を間近に控えたニアとハンスは、いつにもまして弛緩していた。ちびちびと缶コーヒーをすする傍ら、間延びした声で意味の少ない会話交わす。これが緊張の裏返しだということは、自覚的である。

 

「そういや、さっきエマに呼ばれてたわよね。なに、熱いキッスでも頂戴してきたわけ?」

 

「なんスか、急に中隊長みたいなこと言って」

 

「…………そんなにティエスっぽかった?」

 

 ニアは眉根を寄せた後、自分の発言を反芻してひどく嫌な顔をした。ハンスはそれを見て笑う。

 

「いやーお熱いっスね。ヒューヒュー!」

 

「やめなさい!」

 

「あがっ!?」

 

 ニアが缶コーヒーを持っていないほうの手でハンスの頭をどついた。さすがに凶器を使わないだけの分別はニアにもある。鍛えられた軍人であるニアのこぶしは十分凶器足りえるだろうというツッコミは受け付けていない。

 ハンスは後頭部をさすりながら抗弁した。

 

「あだだ……つっても、中隊長とニア小隊長ってそういう(・・・・)仲でしょ? 隊の連中みんな気付いてますって。俺が言えた話じゃないっスけど」

 

「ムッ」

 

 ニアは難しい顔をした。そして数秒考えこんで、コーヒーを一口飲む。ゲロゲロに加糖された激甘コーヒーが、疲れた脳みそにしみわたるようだった。一息ついた。

 

「……そんなんじゃないわよ。単にアイツが誰とでも寝る尻軽女ってだけ」

 

「まぁそれはそうっスねー。副長もそうだし、医官の先生とか、ジャックも世話になったことあるって言ってたっけな」

 

 指折り数えてみるが、両手の指で足りなくなったあたりでハンスは数えるのをやめた。漏れ聞く範囲でこれなのだから、実際はもっともっと兄弟姉妹の環は大きいに違いない。ハンスは半笑いになった。無糖のブラックコーヒーを一口含む。

 ニアはむくれたように口先を尖らせた。

 

「いつか刺されて死ぬわよアイツ」

 

「中隊長殺せるやつって王国にどれくらいいるんスかね」

 

「やめましょ。考えるだけで頭が痛くなってくるわ」

 

 ニアは渋面を砂糖の海で押し流すように、缶に残っていたコーヒーをすべてのみ干した。そして仕切り直しとばかりに、ビシッとハンスを指さす。

 

「私やアイツのことは良いのよ。本題は、アンタがエマに呼び出されてナニやってたかってこと! 上官命令よ、聞かせなさい!」

 

「うわ、プライバシー侵害と職権濫用のダブルパンチ」

 

 若干引いた様子のハンスであったが、ここまで来れば特に隠し立てすることもなし。飲みかけの缶コーヒーをことりとベンチに置いて、ごそごそと胸元を探った。

 

「これ貰ったんスよ」

 

「護符?」

 

 少しだけ気恥しそうにハンスが取り出したのは、ドッグタグとともに鎖に通された布製の小さな袋だった。日本の寺社仏閣で販売されているお守りと同じスタイルであるが、既製品ではなくハンドメイドであるように見える。ハンスの顔が刺繍されているからだ。選抜された整備員であるエマの作だけあって、愛嬌がありつつも精緻な出来栄えである。

 

「護符って言うか、御守りっスよ。霊験とか実際の効果とかは全然ない気休めのやつですけどね」

 

 ハンスの言うとおり、その御守りに実際戦場で役に立つ効果などは付与されてはいない。当たり前のような話であるが、この世界にはティエスがトマスにもたせたようなものであるとか、あるいはこの世界の基幹エネルギー源である電源呪符であるような、正真正銘効力を発揮する護符の類が存在するため少しややこしい。

 しかし実際のところ、そういった寺社や魔法使いから祈祷勧請を受けたような本物の護符よりも、よほどハンスの心の支えになっているのは、そのお守りを扱う優し気な手つきからして明らかだった。

 ニアは半目になって、いかにも食傷だといわんばかりに唇を尖らせた。

 

「ハイハイ、お熱いわね。ほかにはなんか言われたの?」

 

「まー。生きて帰ってきてねとか、そういう感じっスか? ほら見てくださいよこれ。裏にエマの顔も刺繍されてんです」

 

「これを私の代わりに連れて行って! みたいな?」

 

「へへ、まさしく」

 

「ケーッッ!! ご馳走様!」

 

 ニアは盛大に悪態をついて、飲み終わった缶を思いきり投げ捨てた。宙に放物線を描いた缶はそのままスポッとゴミ箱の穴に収まる。ナイスシュート。計算され尽くした投擲。その神業を見ているものはいない。

 

「まー、ニア小隊長にもいずれ春が来ますよアダァ!?」

 

 調子に乗ったハンスの脳天にニアのこぶしが直撃して鈍い音が響く。またやってら、という視線が整備班からちらほら。エマもまた口許に手を当てて笑って、ペイラーにどやされて作業に戻っていった。

 ニアはそれを半眼で睨んでから、はあと一息ついてハンスの肩にガッと手を載せる。ハンスはうごごと上げていた呻き声を止め、ニアのほうを見た。ニアの面持ちに真剣実が宿っているのを見て取って、自然、ハンスの顔も真面目なものになる。

 ニアは冗談めかすには重々しい口調で言った。

 

「……生き残りなさいよ、ハンス。エマを泣かせんじゃないわよ」

 

「……ッス。そういうニア小隊長こそ、死なないでくださいよ?」

 

「当たり前でしょ。こんなとこで死んでなんかいられないわ」

 

 ニアがフン、と鼻を鳴らした。ハンスは鼻の下をこすってからお守りを服の中に仕舞うと、真剣な顔のまま言った。

 

「エライゾ卿を振り向かせないといけねーっスもんね。ぁだぁ!?」

 

 整備区画に鈍い打撃音が響いた。

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