ティエスちゃんは中隊長   作:永多真澄

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5-80 ヤニカスども

「俺さァ……この戦争が終わったら結婚するんだ」

 

「死にたいらしいな」

 

 喫煙者に対する風当たりというのは、国境はおろか世界をまたいでもさほど変わらないもので、つまり共同体の認識として自らが進歩的で先進的であるという自負が強くなると、それに比例するように悪くなっていくものだ。それはここ五十年で文化レベルを一気に押し上げた森域においてもほかならず、広大な統合府要塞の敷地内に、喫煙可能なスペースというのは両の手の指で足りるほどしかない。

 危急の事態で多氏族が入り乱れる現在の状況にあっては、氏族間トラブルにつながりかねない喫煙についてはひどく慎重で、分煙の徹底が図られ、定められたスペース以外での喫煙には厳罰をもって処されることとなった。つまり、煙草とライターの没収・即時焼却である。

 そういう背景から、ここ、王国軍に割り当てられた整備区画から最も近い喫煙所も例外なくヤニを求めてさまよう亡者どもの巣窟と化し、紫煙にけぶる室内の大気は汚れに汚れ、マスクがなければ五分で肺が腐るような死の世界である。

 とはいえ、このような場所にたむろする連中は既に肺が腐りきっているヤニカス共である。誰気にすることもなく、各々が手にした煙草をスパスパとふかしまくっていて、室内環境悪化に一役も二役も買っている始末だ。

 そんなすし詰めの喫煙所で何食わぬ顔で歓談に興じているのは、エーリカ小隊長麾下のサクラ、トライア、レクタン、ドデカゴンの四人組である。

 紙巻きたばこをフィルターすれすれまで吸うトライアが、胡乱な発言をかましたドデカゴンに呆れたように半目を向けた。

 

「だいたい、誰と結婚するってんです。お前に彼女がいたなんて話、聞いたこたないですよ」

 

「そりゃ、サクラちゃんと?」

 

「殺すぞー」

 

 ドヤ顔をするドデカゴンの手の甲でタバコをもみ消したのは、エーリカ隊の紅一点(エーリカは既婚者なので選考外)のサクラである。可愛い顔をしてえぐいことをする。

 

「う、うオ……! これが愛の痛み……!」

 

「こいつだいぶキモくない?」

 

「いつもの事でしょ」

 

「そっかぁ」

 

 悶えるドデカゴンにドン引きするサクラだが、ドデカゴンにはドワーフの血が入っていることを彼女は知っている。この程度では火傷にもならないことを。呆れたように煙草をふかすトライアも同様だ。

 それを半笑いで眺めていたレクタンが、盛大に紫煙を吐き出してから言った。

 

「とりあえず、この戦争が終わったら軍警(MP)に突き出してやろう」

 

「おお、そいつは良いっすね」

 

「ひどいわぁん」

 

 レクタンの血も涙もない提案にサクラが即座に同意を返して、ドデカゴンはよよよ、としなを作る。筋骨隆々の男がやるにはあまりにもひどい絵面に、ほか三人がそろってうげっという顔をした。

 

「ま、お前は安心して軍警の厄介になればいいですよ。サクラちゃんは自分が幸せにしますんで」

 

「殺すぞー」

 

「ああ、煙草がもったいない」

 

 サクラは火をつけたばかりの煙草をトライアの手の甲に押し当てた。トライアは火魔法の認可もちであるから、押し当てられたタバコの火の温度を人肌に調整することくらいは容易い。当然サクラはそれを知っている。

 レクタンも同様であるので、まだ全然据える煙草を無駄にしたサクラの行為に非難めいた声を上げた。王国製の煙草は森域ではほとんど流通していないのだ。いわんや、このような非常時であれば追加の調達は難しい。

 

「丁寧に吸ってくれよ。もう残り少ないんだからな」

 

「いやー、いつも悪いっすねぇレクタン」

 

「火、貸しますよ」

 

「お、ありがと、トライア」

 

「吸い殻は俺が預かるぜぐへへ」

 

「殺すぞー」

 

 泣く泣く新しい一本を取り出してサクラに渡すと、さも当然とばかりにトライアがその先端に火を灯した。ドデカゴンは当てが外れて自分の煙草をふかした。

 サクラはけらけら笑ってから、新しい煙草の煙を肺いっぱいに吸い込み、吐いた。

 

「……不安か?」

 

 愉快そうな笑顔の端に滲む微かな機微に気付いたレクタンが、窺うように訊く。サクラはタバコを吸う動作をわずかに停止させ、そして弛緩したように煙を吐いた。

 

「そりゃまあ、不安ではあるっすよ。魔物とかモンスターはよく刈ってきましたけど、人間相手の戦争となると……ね?」

 

「遭遇戦の時は、うまくできてたと思うけどな」

 

「そう?」

 

 ドデカゴンが記憶をたどるようにして言う。整備区画から統合府要塞までの道すがらで遭遇した敵の強化鎧骨格を、サクラは少なくとも1機以上撃墜している。正確な数は論功行賞を待つことになるだろうが、十分な働きといえた。

 

「人間もモンスターも、そんな変わりませんよ。いつも通りやればいいんです。サクラならできますよ」

 

「……ありがと、みんな」

 

 トライアの励ましに、サクラはすこし思い悩んでから、はにかんで答える。トライア・レクタン・ドデカゴンの三人は、申し合わせたように精一杯のキメ顔をキメた。奇しくも、その胸中に浮かんだ言葉は一言一句同じであった。

 

(((サクラは……俺が守護(まも)る……!)))

 

 他所でやってくれねぇかなぁ。喫煙所に集まった、四人組以外の全員(ヤニカス)が思った。

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