「ふむ、そろそろついた頃か」
「もうそんな時間か……我々もそろそろ出撃ですな」
トマス・ロコモの呟きに、時計に目をやったピーター・フックは書き上げた詳報の硬質な表紙をパタリと閉じた。
市民公園の管理棟の一部が王国軍に与えられた臨時のブリーフィングルームで、今はピーターとトマス以外に人気はない。パイロット連中は皆、めいめいに出撃までの最後の余暇を楽しんでいるのだ。その時間まで仕事をしているのはいかにもピーターらしいとえばらしい。トマスは若い衆と混じって歓談する気分でもなかったから、残ってコーヒーの紙コップを渋く啜っている。
ピーターが凝った肩をほぐすと、コキコキと小気味のいい音がした。この仕事だって本来はティエスが書かなければならないモノだ。
とはいえ、いつもティエスに請われてなんやかんやでピーターが書いていたから、臨時で部隊の指揮権を受け継いだところでさほどの混乱もなかったのは怪我の功名というやつだろうか。いや、怪我というほどではないか、とピーターは内心苦笑する。ティエスに代筆を頼まれる度にいい思いをしていたのは事実だからだ。ティエスはあれで床上手である。男の悦ぶところは大体知っている。
「あまり心配してはいなさそうだな」
「……そんなに浮き足立っていましたかな?」
トマスは少し意地悪く笑いながら、飲み干したコーヒーの紙コップを机に置く。腰を浮かしかけていたピーターは少し照れたように笑う。トマスは小さく首を横に振った。
「そうでないから聞いた。中隊長とはいい仲なんだろう?」
「まぁ、中隊長ですからなぁ」
ピーターは「いい仲」という表現には触れずに答えた。実際可愛がられてはいるのだろう。数ある恋人のうちの1人として。
「あの人が戦場で死ぬイメージが、どうもね」
「ま、確かに。あの人が死ぬとすれば、背中を刺された時くらいだろうな」
「気の多い方ですからなあ」
「お前も厄介なオンナに惚れたな」
「まあ、ハハ」
ピーターは隊長代理とはいえ、小隊長としてはトマスが先任だ。故に2人の間には遠慮があまりない。
詳報のほか、机に広げていた書類をトントンとまとめる。厄介というのは本当で、こうして余計な仕事を抱える羽目になってしまっている。まぁ、それをひっくるめてピーターはティエスに惚れていたから、苦労話は惚気のようなものだ。
トマスもそれは重々承知しているから、肩をすくめて見せる。恋は盲目とはよく言ったものだ。
「ピーター隊長代理、そろそろ……ん?」
そのタイミングで入室してきたエーリカ・テッペが室内の生ぬるい雰囲気に小首を傾げる。
「ああ、気にするなエーリカ小隊長。ちょっと恋バナをな」
「それはまた、興味深い。ティエスだな?」
「そういえば、エーリカ小隊長と中隊長は訓練隊の同期でしたな」
余計なことをいうトマスと察しの良すぎるエーリカに挟まれて、ピーターはこのままいじられてはたまらないとばかりに矛先をずらした。水を向けられたエーリカはひどく遠くを見るような目をした。過去を懐かしむような、もしくは自嘲するような、あるいは如何にしてピーターをいじってやるか思案していうかのような。
「あいつを射止めるのは骨だぞ、ピーター隊長代理。何せ訓練隊の全員で挑んでなお仕留め損なった。あいつはなかなか心を許さん。……体はあっけらかんと許すがね」
「それはまた」
トマスがフハッと思わず吹き出した。ピーターもまた、愉快そうに笑う。エーリカの言葉は場を和ませるジョークではなく全き真実であるが、それはともかく。
「では、中隊長が無事仕事を終えるまで、我々も仕事にかかるとしましょう。無様な姿は見せられませんからな」
「おいおい、俺たちはお前の点数稼ぎの駒か?」
「ふふ、隊長が隊長なら部下も部下だな」
そんな心無い言葉を投げかけられたピーターは一瞬半笑いになってから、すぐに表情を引き締めて令を発した。
「だまらっしゃい。……トマス小隊長、エーリカ小隊長、招集を。スプリガンズ、出撃するぞ」
「「応!!」」