『――エライゾ卿を振り向かせないといけねーっスもんね。ぁだぁ!?』
『――俺さァ……この戦争が終わったら結婚するんだ』
『――中隊長とはいい仲なんだろう?』
「まったくパイロットって奴は……」
ノイズまみれの音声を垂れ流すスピーカーに悪態をついたミッティ・エライゾは、相も変わらず書類仕事に忙殺されていた。飛び込んでくる話題は色恋のものばかりで、聞くに堪えられなくなったミッティはぱちんとスピーカーの電源を落とした。
「おや、職務放棄かい?」
それを見咎めるように飛んできた声には多分なからかいの色が含まれていたので、ミッティはこめかみに浮かんだ青筋を何とか破裂させないように6秒堪えてから、書類の山越しに胡乱な目を向けた。
「……いーんですぅー。どーせ強化鎧骨格に乗り込んだら音も拾えなくなりますからねー」
「なるほど、覚えておこう」
「観光局の連中だってそんなことは百も承知でしょうに」
「そう勘繰らないでくれたまえ。私に観光局への伝手はないよ」
「どーだか」
ミッティが半目で鼻を鳴らして見せると、相対する声の主――ハラグロイゼ卿は、ハハハと笑った。
そしてそんな無駄口を叩きながらも爆速で書類仕事をこなしている。事ここに至って流石に一人だけティータイムをキメるほど、ハラグロイゼも鬼ではなかった。無論、これも彼の「貸し」リストに追加されているのだろうが……ミッティは辟易とした気分で大きな溜息をついた。
いっそペンを投げ捨ててコンテンポラリーなダンスでも踊り出してやりたい気分だったが、彼女の鉄の理性が奇行に走りたい衝動を何とか抑え込んで、事なきを得ている。
「しかし、意外だね。私はてっきりニア×ハンスだと思っていたのだが」
「何の話です!?」
「色恋の話だとも。特にこれはカップリングの話だ。なに、ちょっとしたブレイクタイムさ」
「下世話すぎますー。そんなだから義姉上から5回も別れ話を切り出されるんですよ」
「ははは」
何わろとんねん。ミッティはぴきりと青筋を立てた。毎回調停してるのは誰だと思っているのか。エライゾ家とハラグロイゼ家が今まで友好的な関係を保ってこれたのは、自分で言うのもアレだが陰に日向にミッティの支援があったからだ。そこのところ、この愚兄はわかっているのだろうか。
――わかったうえでおちょくっているのだろう、とミッティは結論付けた。果たしてそれは大正解である。ミッティの口からさらに大きなため息が漏れた。
「ニア小隊長は年上趣味ですよー。その組み合わせはあり得ません」
「それもあって、ハンス君に引き取っていただけるとありがたかったのだがね」
「それはー………………そう、ですわねー」
手先でシュバババと書類を捌きながら、ハラグロイゼ卿は半笑いになった。業腹だが、これに関してはミッティもハラグロイゼと同意見ではある。
ニア・テッテンドットが現エライゾ領主、スゴスギル・エライゾに対して恋慕しているというのは誰しもが知るところである。ミッティの調査により、それが裏表の一切ないまじりっけなし100%の恋であることは確認済みであり、ゆえにミッティは頭を抱えた。
「さすがに父上も、私よりも年下の小娘に靡くことはないとは思いますけどー……」
「テッテンドットだからねぇ」
「そうなんですよねぇ~~~!」
ミッティはたまらず机に突っ伏した。ニア・テッテンドットは国王からも信頼篤い親衛隊三騎士が長、テッテンドット卿の息女である。そんな家とのつながりが深くなるとすれば――。
父エライゾ卿の性格からして情に靡くことはないにしても、利に靡くことは大いに考えられた。実子のミッティから見ても、スゴスギル・エライゾという男にはそういうクレバーさがあった。無論ハラグロイゼ卿としても同意見である。
「……毎度、どういう顔をしてニア小隊長と話せばいいかわからなくなるんですよねー」
「おや。お得意の百面相も形無しだね」
「ぶっとばすぞー」
ミッティは片腕を力なく持ち上げてぶらぶら振り回した後、力尽きたように肩を落とした。
確かにこんな思いをするくらいなら、ハンスが頂いてくれちゃったほうがずいぶん助かるというものだ。そういう風に工作しようかしらん、などと画餅をつき始める妹を眺めて、ハラグロイゼはくつくつと笑った。ひとごとのような顔をしよってからに!
「しかし、その割にはイセカイジン卿と同衾する仲だそうじゃないか。彼女に貰ってもらうというのも手かもしれない」
「どーでしょうね」
むくりと上体を起こしたミッティが、半目のまま吐き捨てた。
「
「ふむ、なるほど。王都に戻ったら、そうお伝えするとするよ」
ハラグロイゼ卿が、微笑交じりに要領を得ない返事をした。ミッティの視線にやや真剣味が戻る。
「……あの噂、本当なんですか。その――」
「おっと、そこまで」
ぴしゃりと、ハラグロイゼはミッティの言葉を遮った。自分はこの件に関して、もう何もしゃべる気はないというポーズだ。同時に、どうしても知りたければ自力で調べろ、とも言いたげである。
ミッティは苦々しく唇を噛んでから、ハァ、と小さくため息をついて書類仕事に戻った。
そのタイミングで、統合府要塞全体に響き渡るようなサイレンが鳴り響く。作戦開始の合図だ。
「始まったようだね」
「ですねー。誰も怪我しなきゃいいんですけど」
「おや、ずいぶんお優しいことだ」
少し遠い目をしていったミッティに、ハラグロイゼ卿はさも意外だと言わんばかりの声を発した。
ミッティは書類を捌く手を一切留めずに、言った。
「今の私の立場、隊付き医官ですので—。これ以上仕事が増えるのはごめん被りますー」
「フフ、そういうことにしておこう。さて、そろそろ作戦本部のほうに顔を出すとするか」
ハラグロイゼ卿は小さく笑って、席を立つ。見れば書類の山が一つ片付いていた。ミッティはすこしだけ悔しくなった。
「あら、ずいぶんな重役出勤ですこと―」
「所詮私はオブザーバーだからね。気楽なものさ」