「な、なんなのだ、奴は……!!?」
幾十の量産型――レイアークⅡ——の頭上を軽々と飛び越え、ここ、城門を目指して何の躊躇もなくカッ飛んでくる異形の強化鎧骨格を目の当たりにして、チャドラ・コンカチネートは口許を戦慄かせた。
チャドラはそもそも、自ら戦うつもりでこの場に出てきたわけではない。レイアークⅡの監督という役こそあったが、実質は物見遊山であった。
無謀な単騎駆けが「野生の後継者」の誇る物量に無残に押しつぶされる様を安全圏から眺めて、その上で皮肉の一つでも言って笑ってやろうと思ってやってきたにすぎないのだ。
それが蓋を開けてみればどうだ。
敵は鬼神のごとく暴れまわり、既に百に届かんばかりのレイアークⅡを屠っているというのに、そのスカイブルーの装甲版には目立った傷の一つもない。
化け物め、と毒づく。
そもそもティエス・イセカイジンの勇名は森域に広く轟いていて、ここレイフィールにまで聞こえるほどだった。曰くエルフとオークの戦場に乱入して両軍を壊滅させただとか、1対50の戦力差を軽々ひっくり返しただとか、生身で強化鎧骨格を千切っては投げていただとか。
そのような荒唐無稽な流言飛語は戦場の常であり、そしてだいたいが誇張に誇張を重ねて丸々と着ぶくれた虚飾の塊であるのだ。たかが一兵卒が何するものぞ、とチャドラは高をくくっていた。
おおよそであれば、チャドラの思考で正しい。そのような馬鹿話にいちいち真面目に付き合う必要などはないからだ。そのような暇もない。だから今回のように、それらがすべて本当の事であったとして、チャドラの配慮不足を誹るのは可哀想というものだった。
それでも、確実に勝てるはずの戦でここまで損耗を押し付けられたとなれば、その責を問われるのは間違いなく。
そこまで頭が回って、チャドラはようやく我に返った。
「ぬ、ぐ……! レイアークども、奴を撃ち落とせぇッ!」
チャドラは城門前に展開しているレイアークⅡに一斉に命令を発した。ティエスの機体は未だ空中。しかも推進力を失って、慣性による等速運動のさなかにあった。これを好機と言わずしてなんというか。どんな劣悪なFCSを積んでいたとして、この程度の偏差射撃は失敗の仕様がない。周囲のレイアークが一斉にレーザーライフルを射撃するのを見て、チャドラはほくそ笑んだ。ほとんど光の速さで殺到する十数条の破壊光線を、なんの足掛かりもない空中で回避できる理屈がない。まさに飛んで火にいる夏の虫そのもの。
「くくく、横着をして飛び上がったのが仇に――何ッ!?」
勝ちを確信したチャドラの声は、すぐに裏返った驚愕の声に上書きされた。信じられないものを見た。レーザーが迫る中、ティエス機が奇妙に手足をばたつかせたかと思うと、次の瞬間にはレーザーは一条も機体を掠らず虚空に消えた。完璧な対空砲火、完璧な十字砲火だったはずだ。それをあの化け物は、手足の慣性変化だけで紙一重の回避を実現せしめたのだ。
「バカな、そんなことが――」
可能なのか――たかが強化鎧骨格の手足を動かしたところで、そこまで大きな慣性モーメントは発生しない。まるで不可能な芸当。それでも実際、こうして目の前で起こっている。こんなもの、魔法でもなければ――そう続けようとしたチャドラは言葉を飲む。空中で一瞬きりもみ回転したティエス機がもんどりうつように地に墜ちて、しかしけろりと立ち上がると、そのまま大地を蹴る。その無機質な相貌が睨みつけているのは、間違いなく。
「―――ッ!?」
背中を特大の悪寒が通り抜ける。狼狽するチャドラのヤーラ・レイアークを庇うように、供回りのレイアークⅡが2機、前に出た。それで一手、救われた。どう、と重い音がしてその二機の胴に無数の風穴があく。散弾だ、と気づくより先に、ティエス機が間近まで迫る。速い。あまりにも。
チャドラはいま何が起きたのか、まったくこれっぽちも知覚できていなかった。ただ目と鼻の先にティエス機の相貌があったから、半ば恐慌状態となって手当たり次第レバーを引く。それが幸いした。振り回されたヤーラ・レイアークのマニュピレータが、ほとんど偶発的に
ティエス機が急制動をかけてバックジャンプで距離をとる。なぜだ、思ってチャドラが外の状況を確認すると、光画盤の右側だけがやけに煌々と明るい。
「は? …………は、はは」
その光の正体がなんであるか。チャドラの灼けついたような喉から、乾いた笑いが出力される。ティエス機はレイアークのレーザー攻撃を避けるため、さらに後ろに下がった。物理的な距離が開いたことで、チャドラの胸中にはかすかに余裕が生まれていた。
「はは、はははッ! なるほど、かのティエス・イセカイジンも、このレイ・ブレードが恐ろしいと見える!」
ヴォン、という独特な駆動音をまき散らして、ヤーラ・レイアークは光の剣――レイ・ブレードを機体前面に構えた。これといった構えは無い、ただ剣を前に突き出すだけの稚拙なもの。それでもその突き出された剣が、超高温で何もかも溶断する致死の刃であれば、それだけで牽制になった。
「よくぞここまで、単騎で乗り込んできたとほめてやろう! しかぁし! 貴様はここで朽ち果てる定めよ! このワシ、チャドラ・コンカチネートの手によってなぁ!!」
先ほどまでの怯えはどこへやら、チャドラは急速に自分の気が大きくなっていることを自覚していた。既存の兵器体系にない全く新しい、そして絶大な破壊力を誇る武器が手元にある。それを認めるだけで、チャドラの脳裏にはいくつもの勝利への道筋が描き出された。
『チャドラ・コンカチネートッ!!』
「ほう、その声は姫様とお見受けする! くくく、よくぞ参られた!!」
撃発したように飛んだ姫の叱声に、チャドラは少しも驚いた様子もなく答えた。姫の戦場入りは王より可能性を聞かされていたし、その際の
チャドラは登録されたモーションパターンから、ヤーラ・レイアークに達人級の剣舞をトレースさせる。レイ・ブレードがくるくると手の中で踊り、光の軌跡がいっそ幻想的ですらあった。害意で塗り固められた殺人舞踏は、チャドラの気分を更に高揚させる。
折よく、周囲のレイアークⅡの放ったレーザーがティエス機の得物を焼く。たまらず武器を取り落としたティエス機が身じろぐ。それがチャドラには、怯えに見えた。完全に形勢は逆転した。
「さぁ死ねぃ、ティエス・イセカイジン! 邪魔な姫諸共なぁ!!」
チャドラが狂気じみた声を上げ、そして、それがチャドラ・コンカチネートの最期の言葉となった。