「…………呆れた。本当に全部倒しちゃったのね」
レイフィール城からほど近い、常であれば一等地であろう区画に、その民家はあった。
外観は、さして特別なものもない。森域に一般的な木造コロニアル葺の平屋で、敷地面積は200平米と少し。そう広いわけでもなく、つくりも質実ではあるが華美ではない。普通の会社員が30年ばかりのローンを組めば、購うことは難しくないだろう。
問題があるとすれば、それは普通過ぎることにこそあった。
平時であれば、その有様には一つの問題もない。ただ周囲の住宅街に埋もれて、一切の存在感を放つこともなかっただろう。しかし今、ここレイフィール城下は戦火の真っただ中にある。ティエスの放ったブースター爆弾はレイフィール城そのものにはいささかの痛苦も与えなかったが、そのひざ元である城下についてはその限りではない。城を中心に半径数百メートルの範囲は膨れ上がった膨大な熱量に焼かれ、焼失を免れた家屋にあっても、直後に発生した衝撃波と爆風によって悉くがなぎ倒された。
しかし。その一軒だけは、まるで空間から切り離されたように健在だった。あまりにも普通なその民家は、炎と瓦礫で埋め尽くされた中にあってあまりに異質だった。
そして――その民家の存在に、戦場にいる誰もが気付いていないこともまた、異常である。
そんな民家の、青々と茂る芝生の庭に面したテラスで一人、ティーカップを傾ける少女がいた。年のころは十ばかり、長い金の髪を伸ばすままにした、翠玉の目を持つ少女だ。その容姿に
「フム、本当によくやるものだ」
少女がピクリと片眉を上げる。背後から聞こえた声は、招いたつもりのない人物のものだったからだ。のけぞるように背後へ首を回すと、そこには水色の髪をした麗人が壁に背を預けて立っていた。
「相変わらず無作法ね、アマリ。昔はいい子だったのに」
「
少女の皮肉めいた声を、女――アマリエルは悪びれる様子もなく答えた。少女はひとつフンと鼻を鳴らすと、細い指でテラスに備えてある椅子を指し示した。
「立ち話もなんでしょ? 座りなさい。お茶くらいは出してあげるわ」
「では、ご相伴にあずかるとしよう」
勧められるがままに着席したアマリエルの目の前に、ポンとティーカップが現れる。少女は手元のポットをふわりと浮かせて、危なげなく茶を注いだ。
「キラルとラグーンは一緒じゃないのね」
「少し野暮用を頼んでいる」
「ふーん。……それで? 今日はどうしたの」
「なに、一緒にこの騒動を観戦しようと思ってね。ハイライトには少し遅れてしまったが」
「なら用は済んだわね。お帰りはあちら」
少女はぴしっと玄関のほうを指した。アマリエルはけらけらと笑う。
「そうすげなくしないで欲しいな。ほら、私でもたまに来てやらないと、この椅子だって用が果たせなくて可哀想だろう?」
「おあいにく様。こないだウィドーが来て座っていったわ」
アマリエルは出された茶に全く無警戒に口をつけながら、自身の座る椅子のひじ掛けをつうっと指でなぞる。この椅子だって、家の外観にたがわない民生品だ。安物というわけではないが、さりとて貴人をもてなす用途には、些か格がない。
少女は呆れたように半眼でアマリエルを見てから、自身も茶をすする。先ほどよりも茶に苦みが増した気がするのは、気のせいだろう。
アマリエルが少しだけ真剣味を増した声で言った。
「――エルディオル。あの子の目論見は、果たせると思うかい?」
「どうかしらね。わからないわ」
アマリエルの問いに、少女――エルディオルは降参とばかりにだらしなくもろ手を挙げる。ひどく疲れたような色があった。
「わたしは所詮、長く生きているだけしか取り柄がないんだもの。政治はさっぱりわからないわ」
「それは謙遜だろう」
「事実よ。というか、そういうのはあなたのほうがよくわかっているでしょ? 答え合わせがしたいなら他所でやりなさい」
エルディオルはぴしゃりといって、カップを傾ける。アマリエルはそんなエルディオルをしばらく見てから、ハァとこれ見よがしに嘆息した。
「止めなかったのかい。エルディオルの言うことなら、ウィドーだって蔑ろにはしないだろう」
「止めたわよ」
エルディオルは整ったかんばせを微かに歪ませた。
「ほんと、兄弟そろって強情なんだから。誰に似たのかしらね」
「ル・リンの血がそうさせるのではないかな? 少なくとも私の知るル・リンは、みな強情っぱりだ」
「喧嘩売ってるなら買うわよ」
「まさか。結果の見えている勝負はしない主義でね」
「よっぽど引き摺ってるのね」
「おっと、それ以上は戦争だ」
半眼でアマリエルを睨むエルディオルと、おどけたように返すアマリエルの間に、一瞬だけ剣呑な雰囲気が走った。とはいえそれは本当に一瞬のことだ。
エルディオルは深くため息をついて、それからひどく投げやりに言った。
「レイピルの名前を貸してほしいって言われたわ」
「許可したのかい?」
「許可も何も。もうレイピルは私の
エルディオルははしたなくどっかりと椅子の背もたれに体を預け、僅かにずり落ちながら続ける。
「レイフィールの再興を掲げるなら、確かにレイピルの名前を使えば箔が付くんでしょうね。……あの子に覇道を行くつもりなんてないんでしょうけど」
「膿を出すには、傷をつける必要がある?」
「最後に傷口を焼いて塞ぐための火もね。――どこまでがウィドーの仕込みなのかはわからないけど、ずいぶん苛烈な火を用意したものだわ」
言ってエルディオルは、テラスから見渡せる瓦礫の群れを見た。青い残骸の山を見た。
少し前まで、それはそれは苛烈な大立ち回りが繰り広げられていたのを、エルディオルはしかとその目で見ていた。まったく冗談のような光景だった。
「たった一人で敵陣に乗り込んで、向かってくる敵を全部斬り伏せて、最後は巨悪の首を獲る。ほんと、笑っちゃうくらい現実味がないわ。まるで物語の主人公ね」
「ティエス・イセカイジンには一度会ったのだろう?」
エルディオルはゆるゆると居住まいを正してから首肯する。
「レイフェンの神殿でね。少なくとも、彼女がここにあることについて、
「となると、彼女は……シンプルに
「そうなるわね。さとーさんみたいなものよ」
「勇作さんの同類かぁ」
アマリエルは遠い目をした。遠い昔の出来事が、今のように思い出させる。確かにティエスは、かつて自分が
そこでアマリエルは、その奇妙な符合に気付いた。
「そういえばティエス・イセカイジンの乗っている機体だがね。アレの名前は『アマツカゼ』というそうだよ」
「マジで? ウケる」