ティエスちゃんは中隊長   作:永多真澄

236 / 236
5-96 黒幕ムーヴはほどほどにね

「…………呆れた。本当に全部倒しちゃったのね」

 

 レイフィール城からほど近い、常であれば一等地であろう区画に、その民家はあった。

 外観は、さして特別なものもない。森域に一般的な木造コロニアル葺の平屋で、敷地面積は200平米と少し。そう広いわけでもなく、つくりも質実ではあるが華美ではない。普通の会社員が30年ばかりのローンを組めば、購うことは難しくないだろう。

 問題があるとすれば、それは普通過ぎることにこそあった。

 平時であれば、その有様には一つの問題もない。ただ周囲の住宅街に埋もれて、一切の存在感を放つこともなかっただろう。しかし今、ここレイフィール城下は戦火の真っただ中にある。ティエスの放ったブースター爆弾はレイフィール城そのものにはいささかの痛苦も与えなかったが、そのひざ元である城下についてはその限りではない。城を中心に半径数百メートルの範囲は膨れ上がった膨大な熱量に焼かれ、焼失を免れた家屋にあっても、直後に発生した衝撃波と爆風によって悉くがなぎ倒された。

 しかし。その一軒だけは、まるで空間から切り離されたように健在だった。あまりにも普通なその民家は、炎と瓦礫で埋め尽くされた中にあってあまりに異質だった。

 そして――その民家の存在に、戦場にいる誰もが気付いていないこともまた、異常である。

 そんな民家の、青々と茂る芝生の庭に面したテラスで一人、ティーカップを傾ける少女がいた。年のころは十ばかり、長い金の髪を伸ばすままにした、翠玉の目を持つ少女だ。その容姿に獣人(ジューマン)の特徴は無く、一見して王国人に見える。

 

「フム、本当によくやるものだ」

 

 少女がピクリと片眉を上げる。背後から聞こえた声は、招いたつもりのない人物のものだったからだ。のけぞるように背後へ首を回すと、そこには水色の髪をした麗人が壁に背を預けて立っていた。

 

「相変わらず無作法ね、アマリ。昔はいい子だったのに」

 

「鍵(・)が開いていたのでね。なに、3000年も生きているとこうもなる」

 

 少女の皮肉めいた声を、女――アマリエルは悪びれる様子もなく答えた。少女はひとつフンと鼻を鳴らすと、細い指でテラスに備えてある椅子を指し示した。

 

「立ち話もなんでしょ? 座りなさい。お茶くらいは出してあげるわ」

 

「では、ご相伴にあずかるとしよう」

 

 勧められるがままに着席したアマリエルの目の前に、ポンとティーカップが現れる。少女は手元のポットをふわりと浮かせて、危なげなく茶を注いだ。

 

「キラルとラグーンは一緒じゃないのね」

 

「少し野暮用を頼んでいる」

 

「ふーん。……それで? 今日はどうしたの」

 

「なに、一緒にこの騒動を観戦しようと思ってね。ハイライトには少し遅れてしまったが」

 

「なら用は済んだわね。お帰りはあちら」

 

 少女はぴしっと玄関のほうを指した。アマリエルはけらけらと笑う。

 

「そうすげなくしないで欲しいな。ほら、私でもたまに来てやらないと、この椅子だって用が果たせなくて可哀想だろう?」

 

「おあいにく様。こないだウィドーが来て座っていったわ」

 

 アマリエルは出された茶に全く無警戒に口をつけながら、自身の座る椅子のひじ掛けをつうっと指でなぞる。この椅子だって、家の外観にたがわない民生品だ。安物というわけではないが、さりとて貴人をもてなす用途には、些か格がない。

 少女は呆れたように半眼でアマリエルを見てから、自身も茶をすする。先ほどよりも茶に苦みが増した気がするのは、気のせいだろう。

 アマリエルが少しだけ真剣味を増した声で言った。

 

「――エルディオル。あの子の目論見は、果たせると思うかい?」

 

「どうかしらね。わからないわ」

 

 アマリエルの問いに、少女――エルディオルは降参とばかりにだらしなくもろ手を挙げる。ひどく疲れたような色があった。

 

「わたしは所詮、長く生きているだけしか取り柄がないんだもの。政治はさっぱりわからないわ」

 

「それは謙遜だろう」

 

「事実よ。というか、そういうのはあなたのほうがよくわかっているでしょ? 答え合わせがしたいなら他所でやりなさい」

 

 エルディオルはぴしゃりといって、カップを傾ける。アマリエルはそんなエルディオルをしばらく見てから、ハァとこれ見よがしに嘆息した。

 

「止めなかったのかい。エルディオルの言うことなら、ウィドーだって蔑ろにはしないだろう」

 

「止めたわよ」

 

 エルディオルは整ったかんばせを微かに歪ませた。

 

「ほんと、兄弟そろって強情なんだから。誰に似たのかしらね」

 

「ル・リンの血がそうさせるのではないかな? 少なくとも私の知るル・リンは、みな強情っぱりだ」

 

「喧嘩売ってるなら買うわよ」

 

「まさか。結果の見えている勝負はしない主義でね」

 

「よっぽど引き摺ってるのね」

 

「おっと、それ以上は戦争だ」

 

 半眼でアマリエルを睨むエルディオルと、おどけたように返すアマリエルの間に、一瞬だけ剣呑な雰囲気が走った。とはいえそれは本当に一瞬のことだ。

 エルディオルは深くため息をついて、それからひどく投げやりに言った。

 

「レイピルの名前を貸してほしいって言われたわ」

 

「許可したのかい?」

 

「許可も何も。もうレイピルは私の幻想機(モノ)じゃないもの。出涸らしみたいな私の力じゃ、フウに許可をとる手段なんてのも持ち合わせてないし。……そう言ったら、ではお借りするって」

 

 エルディオルははしたなくどっかりと椅子の背もたれに体を預け、僅かにずり落ちながら続ける。

 

「レイフィールの再興を掲げるなら、確かにレイピルの名前を使えば箔が付くんでしょうね。……あの子に覇道を行くつもりなんてないんでしょうけど」

 

「膿を出すには、傷をつける必要がある?」

 

「最後に傷口を焼いて塞ぐための火もね。――どこまでがウィドーの仕込みなのかはわからないけど、ずいぶん苛烈な火を用意したものだわ」

 

 言ってエルディオルは、テラスから見渡せる瓦礫の群れを見た。青い残骸の山を見た。

 少し前まで、それはそれは苛烈な大立ち回りが繰り広げられていたのを、エルディオルはしかとその目で見ていた。まったく冗談のような光景だった。

 

「たった一人で敵陣に乗り込んで、向かってくる敵を全部斬り伏せて、最後は巨悪の首を獲る。ほんと、笑っちゃうくらい現実味がないわ。まるで物語の主人公ね」

 

「ティエス・イセカイジンには一度会ったのだろう?」

 

 エルディオルはゆるゆると居住まいを正してから首肯する。

 

「レイフェンの神殿でね。少なくとも、彼女がここにあることについて、輝星(カガセ)の意志の介在はないわ」

 

「となると、彼女は……シンプルに化け物(イレギュラー)ということか」

 

「そうなるわね。さとーさんみたいなものよ」

 

「勇作さんの同類かぁ」

 

 アマリエルは遠い目をした。遠い昔の出来事が、今のように思い出させる。確かにティエスは、かつて自分が殺し損ねた男(・・・・・・)――佐藤勇作にどこか通ずるものがある。もっとも、人格面では大きく水をあけているというか、ティエスが些かはっちゃけ過ぎだとは思うが。

 そこでアマリエルは、その奇妙な符合に気付いた。

 

「そういえばティエス・イセカイジンの乗っている機体だがね。アレの名前は『アマツカゼ』というそうだよ」

 

「マジで? ウケる」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

TS若返り傭兵は旅をする(作者:Aa_おにぎり)(オリジナル:SF/日常)

嘗ての伝説的な男傭兵が女になっちゃった!おまけに若返っているんだが?!▼TS若返りした元傭兵が運び屋をしながら色々と街を巡って旅をするお話。▼※なろうでも出してます。▼外伝作品▼TS若返り傭兵は旅をする 喫茶支線▼https://syosetu.org/novel/428050/


総合評価:6675/評価:8.65/連載:487話/更新日時:2026年10月14日(水) 12:00 小説情報

転生した私がゾンビアポカリプスの世界でコロニーを作る(作者:ソロモンは燃えている)(原作:They Are Billions)

They Are Billionsというゲームを元にしたゾンビ戦記です。▼人間同士の対立がメインになってゾンビが添え物になりがちな作品が多い中、最後までゾンビが脅威であり続け、人間側に足の引っ張り合いをする余裕がない話を読みたいと思って書き始めました。▼舞台は日本です。


総合評価:1403/評価:8.66/完結:48話/更新日時:2026年09月16日(水) 03:16 小説情報

倉持技研2番研究所所長スネイルです(作者:蓮太郎)(原作:インフィニット・ストラトス)

スネイルっぽい人になったからACを作り企業に貢献しようと奮闘する心優しい男(当社比)。▼なお周りにイラつかせる要素が多すぎる模様。


総合評価:15723/評価:8.8/連載:36話/更新日時:2025年08月27日(水) 22:32 小説情報

貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士(作者:道造)(オリジナル:ファンタジー/戦記)

タイトルまんま。▼第13章連載中▼オーバーラップ文庫より書籍版7巻が発売中です。続巻も決定▼コミックガルドでコミカライズが開始しています▼https://comic-gardo.com/▼【書籍版から読み始める方』▼書籍版は一章(一巻)~七章(七巻)の内容を含んでおり、完全な上位互換です。▼八章からお読みください▼【注意】▼感想欄での返信で、先の展開を作者が…


総合評価:83250/評価:9.28/連載:270話/更新日時:2026年04月17日(金) 07:00 小説情報

シンギュラリティ・ラッドピース(作者:物部。)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

ファミ通文庫様から【書籍化】します。▼ 『迷宮都市ヤマト』▼ 熟練のゲーム好きでも匙を投げる緻密なフラグ管理、キャラ一人一人に与えられた前日譚と言う名の回避不能鬱イベント。マイナーゲーマーならば一度は名前を聞く、鬼畜恋愛ゲームの世界にある青年は転生した。▼ 本編より10年前の世界。▼ 九条鋼と言う名の、ゲームでは名前すら登場しなかったモブと呼べるのかも怪しい…


総合評価:12920/評価:8.74/連載:45話/更新日時:2026年01月23日(金) 21:42 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>