『B分隊はN-2フィールドへ、A分隊はこのままE-4フィールドだ! ついてこい!』
「り、了解!!」
通信機から飛び込んでくるノイズまみれの指示に、ハンスはやや上ずった声で答えた。
戦端が開かれてから果たしてどれだけの時間が経ったのか。ハンスはコクピットに備え付けのデジタルクロックに目をやって、それがゼロ合わせしてからたったの30分も経過していないことに軽いめまいを覚えた。
『ほら、ボサッとしない! 死にたいの、ガンズ7!』
「……っス! すんません!」
ガンズ5——ニアの鋭い叱咤が通信機から鼓膜に突き立って、ハンスははっと我に返った。慌てて操縦桿を握る手に力を籠める。
スプリガンズは現在、遊撃隊としてまさに東奔西走しながら味方の手の足りないところを補って回っている。A分隊は矢じりの形で鋭く切り込み、押し寄せる青い軍勢を割るように戦場を疾駆していた。
ハンスは矢じりの左翼を担当する。先端にはニアがいて、隊全体の後ろをガンズ3——トマス・ロコモが固める陣形だ。ベテランで新人を挟むような格好で、右翼のピーターとハナッパシラもそれに倣っている。ニアをベテランの括りに入れるかは一考の余地こそあれ、実力的には妥当なフォーメーションだろう。
それゆえに、ハンス一人がまごつくと、隊の足並みが崩れる。ベテランたちがその分を吸収してくれるから即座に致命的な事態に陥ることはないが、さりとて、それは余計な工数を発生させていることにほかならず、フォローにも限界がある。
そういう塵が積もって山になれば連携にも支障が出るし、この乱戦で連携が取れなくなってしまえば、果たして自分のような素人が生き抜けるかは、限りなく難しくなってしまうだろう。ハンスはなまじ頭が良いから、それはよく分かった。
ハンスはこめかみに滲む汗をそのままにして、光画盤を睨みつけた。操縦桿のトリガーを弾く。自身の機体が保持する
胴の真芯を撃ち抜かれた強化鎧骨格――レイアークⅡ――に人が乗っているのかはわからなかったが、確かめる気も暇もない。事前のブリーフィング通りなら、これらはすべて無人機なはずだ。ハンスは未だ、明確に人を殺した経験が少ない。魔物やモンスターの命を奪ったことは数あるが、殺人となるとやや趣が異なる。だからこのあやふやな状況が、ハンスの精神安定の一助となっているのは間違いなかった。
『7時方向、敵集団!』
後ろのトマスから鋭い警告が飛ぶ。バックモニタを確認すれば、確かに明確な意思でもってこちらに躍りかかってくる一団が見えた。トマスとハンスで処理しなければならないレンジだ。強化鎧骨格の色は、金。
ハンスは一瞬だけ身を固くする。乱戦というのは敵味方が入り乱れているから、どうしても殺意というものは散漫になる。しかしモニタに映る一団は、明らかに指向性のある殺意をこちらに向けていた。無人機特有の秩序だったお行儀のいい機動は見られない。その動きの端々から、搭乗している生の人間性を感じ取れてしまう。
「
ハンスは逃避気味に語気を荒げて、トリガーを弾いた。ハンスのアーゼェンレギナは進軍の足を止めないまま、レーザーライフルを保持している腕だけひじから逆方向に曲げて、背面の敵に正確無比な一射を放った。
拡張された身体感覚は、人体の関節構造を逸脱した動作に、奇妙でぞわりとしたフィードバックを返す。ティエスをして「黒板をひっかいたときの爪の感触に似ている」といわしめるその感覚にも、ハンスはもう慣れた。
銃口から迸った光線は過たず敵集団先頭の機体胸部に照射され、一瞬でその装甲を融解せしめる。慣性を殺せずもんどりうった標的は、後続の味方を巻き込んで雪崩をうった。あれで何人死んだろうか。
『やるじゃない』
「中隊長のキョーイクのおかげっスよ」
その光景をバックモニタで確認したのか、ニアからノイズまみれの賞賛が届く。ハンスは努めて軽口で返した。その間にも、華麗な背面撃ちで背後の敵集団を沈めていく。
工業製品である強化鎧骨格ならば、このように人体の構造を無視したような背面撃ちも技術的には可能だ。とはいえ、このように曲芸で鴨撃ちできるものは王国軍でも限られるが。
ハンスには機動射撃戦の類まれな才能がそもそもあったとはいえ、ここまでの芸当が可能になったのはティエス・イセカイジンの薫陶を受けたことが大きいだろう。軍に入って真っ先に回された部隊でティエスの下についてから、その型破りな戦い方をみっちりと教導されているハンス(とジャック)は、いわばティエスの一番弟子ともいえる。
「フゥー……っし」
ハンスは失われた――より正確に表現するならば、奪った――人命のことを、努めて頭から追い出した。
確かにハンスには戦争の経験はない。それでもこの数年、ティエスの下に居続けられたというだけで、戦闘経験はお釣りがくるほどに積んでいる。だからあとは心構えだけの問題で、それもこの濃密な30分で否応なく構築されつつあった。その是非を問う暇は今は無いので、後回しだ。
『上出来だ、ガンズ7。俺の仕事がないほどだったぞ。帰ったらエマと二人っきりになれるように取り計らってやる』
「ちょ、勘弁してくださいよ」
後ろのトマスから、からかいを多分に含んだ
『では中隊長殿と二人っきりになれるように取り計らってやろうか?』
「それはマジで勘弁っス」
思わずマジな声が出る。ティエスとの「二人っきり」には、その語に含まれる甘やかな響きが一切感じられない。きっと激しい個人レッスンとなることだろう。ハンスは自分が主導権を握りたいタイプだ。それを知っているトマスはからからと笑って、通信を切った。
「ったく、堅物みたいな顔してるくせにスケベ親父なんだ」
まったく過保護な人たちだ。ハンスは呆れ笑いを口の端に残して、汗のにじんだ掌で操縦桿を握り直す。
(中隊長、マジ頼んますよ……!)
ちっとも進まないデジタルクロックから目を離して、はるか遠くで孤軍奮闘しているはずの上司を想う。ハンスはティエスが失敗するとは微塵も思っていない。むしろ余計な戦果をずらずらと引っ提げてこないかのほうが心配だ。
なので安否を心配することはしない。さっさと向こうの仕事を終わらせて、こっちの仕事も手伝ってくれと願うばかりだ。他力本願上等である。こちとら戦争は初心者なので。
『見えたわ、救援及び掃討対象を視認!』
『突撃する! 全機、かかれッ!!』
先頭を行くニアの鋭い声に、続いてピーターの野太い声が響く。短い号令で、分隊の進軍スピードが倍近く速くなった。
「おいてかれて、たまっかよ……!」
ハンスは操縦桿を強く握りこむ。ぐんと加速したスプリガンズは、まさに戦場を割いて飛ぶ矢じりだ。
彼我の距離が急速に縮まる。その段になってようやくこちらを視認した敵機に向けて、ハンスは容赦なくレーザーライフルの引鉄を弾いた。