「ここが……」
警戒心もあらわに呟くティエスちゃんだ。強化鎧骨格の膂力で何とか開く大扉が地響きを上げるたび、その向こうの景色が見えてくる。扉の向こうから攻撃が飛んでくる、ということも考えられたが、それはないようでひとまず安心だ。向こうも筋は通すつもりらしい。
俺はアーゼェンレギナの足を力強く踏み込ませて、その衝撃をそのまま扉に押し当てた掌へと伝える。いわゆる発勁に似た何か。じりじりと動いていた大扉は強烈な外力を加えられ、バン! と轟音を響かせながら完全に開き切った。
「フェンヴェール王国陸軍中隊長、ティエス・イセカイジンだ。リリィ・ル・リン・レイフィール王女殿下の要請を受け、その首、頂戴しに参った!!」
外部スピーカの音量を最大にして啖呵を切る。大扉を潜った先——謁見の間は、その名に反して殺風景な、しかし広大な空間だった。俺の声もよく響く。
内装に華美な装飾は一切なく、超構造体の内壁がむき出しのその部屋は、しかし強化鎧骨格が飛んで跳ねても十分以上に余裕があるほどに大きい。謁見の間というよりも、練兵場、体育館と言われたほうがまだ納得のできる佇まいだ。あるいは、闘技場。
その部屋の最奥、大扉から最も遠い高座に、それはあった。
『ほう。ずいぶんと早く着いたものだ』
重厚な声を発するのは、高座にポツンと設えられた空っぽの玉座の背後。剣を大地に突き立てて屹立する、金で縁取られた深い群青の装甲で身を固め、独特な狼を模した頭部ユニットを持つ、一機の強化鎧骨格だった。いや、強化鎧骨格と分類していいのかもわかんねーな。何しろデカい。距離があるからはっきりとしたことは言えねーが、少なく見積もってアーゼェンレギナの2倍はタッパがある。なるほど、ハナッパシラ君たちの報告にあった「レイピル」って奴に間違いはなさそうだな。
となれば乗っているのも、「野生の後継者」首魁のウィドー王に相違あるまい。まさかマジで自分で出てくるとはな。
「ウィドー王とお見受けする。相違ないか」
『いかにも。我こそは賢狼王――ウィドー・ル・リン・レイフィールである』
ウィドー王はそう発するとともに、えもいわれぬプレッシャーを放った。それはきっと王の威厳だとか、そういうものに該当するんだろう。背後の姫が息を呑んだ。それが気圧されたが故なのか、はたまた父本人であると確信したが故なのか。どちらにせよ、こっちまで呑まれてたら世話がないな。
『やはりチャドラ如きでは、貴様を止めること能わぬようだな、ティエス・イセカイジン』
「ハン、「奴は四天王の中でも最弱……」を生で聞けるとは思わなかったぜ」
俺はそう軽口を叩きながら、ずかずかとスーパーアーゼェンレギナを謁見の間の中ほどまで進ませる。まだ攻撃はしてこないだろうな、という、半ば確信めいた直感があった。背後でひとりでに、大扉がバタンと閉まる。退路は断たれた。
レイピルが、その巨体を一切感じないぬるりとした動作で動く。地に突き立てていた剣の鞘も払わずに、いっそ無造作とも思える所作で歩み寄る。やがてそれは、両者の剣の間合いの、僅かに外側で止まった。
『その意気やよし。この首、獲れるものならば獲ってみるが良い。単身この城に乗り込んできた貴様にならば、その権利もあろう』
「随分とあっさりしてるんだな。世界を敵に回すイカレ野郎の癖に」
『フン、なんとでも言うが良い』
その声にあまりにも邪気がなく、俺は鼻白んだ。もう少し悪の親玉感をムンムンさせてくると思ったんだが、その声には深い理知の色がある。姫の口から聞く狂王にはとても見えない。やりづれぇなあ、と正直思う。もう少しキチガイな感じなら、気兼ねなくぶっ殺せたんだけど。俺は動物を殺すことに躊躇はないが、人間なら多少は躊躇するくらいの倫理観はあるのだ。
「投降するなら今のうちだぜ。捕虜の扱いは、王国の法に定めるとおりを約束する」
『フン、もう勝った気でいるらしいな。貴様の勇名は確かにここレイフィールまで届いているが――果たして、このレイピルと打ち合ってなお勝てると思っているのか?』
言われて、相対するレイピルを見上げる。うーん、デカい。近くで見ると迫力が違うな。物理法則に支配された世界で、デカさと重さは力だ。タッパが2倍あるってことは、単純計算で重さは2の3乗だ。重量比1:8。うへー、真正面から攻撃受けたらバラバラになっちまうんじゃねぇかなこれ。こんどは俺が蹴散らされる側になっちまったなガハハ。笑い事じゃねぇ。俺は強がった。
「さてな。一つ言えるのは、負けるつもりで挑む奴はいねぇってことだ」
『抜かしおる。しかし、それは私も同じことだ』
「野生の後継者」蜂起のことを言ってんだろうか。ティエスちゃんに政治はわからぬ。こんな俺一人でひっくり返せるようなガバガバな計画で、どう勝とうってんだか。え? 俺が規格外なだけ? それはそう。なはは。
俺はスピーカーをいったん切って、後席の姫を振り返った。敵を前にしてやるような動きではないが、ウィドー王は攻撃をしてこないだろう。それは確信に変わっていた。あいつはよーいどんで勝負をつけたがっている。少なくとも俺にはそう見える。
「姫、流石に俺でも、こりゃ手加減しては勝てなそうです。今のうちに言っときたいことがあれば――」
姫はほんの少しだけ逡巡する表情を見せたが、すぐに小さく頷いた。俺も頷いて、スピーカーのスイッチを入れる。
『――僭王ウィドー。レイフィールの正統なる王位を簒奪し、戦火で民をいたずらに虐げ、果ては森域全体を災禍に包んだ狂気の王よ』
『リリィか』
ウィドー王の声は凪いでいる。そこにいささかの動揺もない。姫が同乗してることは知ってたか、はたまたどうでもいいと思っているのか。何となく後者じゃない気がするんだよな。
姫が続ける。
『その心算がいかほどかを問うことはしません。僭王ウィドー。あなたを討ち取り、この下らない戦争に終止符を打つことを、ル・リンの名を持つものとして――リリィ・ル・リン・レイフィールの名をもって、ここに宣言します!』
姫は毅然とした態度で、力強く言い放った。ヒュー、いいね。これで大義名分もできた。姫が奥歯にものが挟まった顔してんのだけが気がかりだけど。ま、これは見なかったことにして差し上げよう。突っついても藪蛇だ。言わないってことは言わないことに意味があるんだろうしね、Need to knowってヤツだ。
正面のレイピルに視線を戻す。おや、その巨躯の肩が、微かに震えているのが見える。
『よく吼えたものだ。くく、誇り高き賢狼の姫ともあろうものが、虎の威を借る狐に成り下がるとはな』
ウィドー王の口調に、嘲るような色が混じる。同時に、強化鎧骨格に思わずフィードバックされるほどの、噛み殺しきれない笑みも。
『ティエス卿はわたくしの護衛騎士なれば、レイフィールに連なるものです。レイフィールのしでかした不始末を、レイフィールのものがつける。威を借る虎など居りませぬ』
『ハ、抜かしよる』
言われて姫は、毅然とした態度を崩さず、一切の呵責のない顔でいけしゃあしゃあと言った。詭弁だぁ……。でもなんか姫がすっきりしたような顔をしてるのでこれでいいのかもな。親父と口げんかなんてそうしたことない立場だろうし。これも一種のコミュニケーションだ。
『ティエス卿。父を頼みます』
「あいよ。まかしといてください」
俺はしっかりと頷いて、背に担いだ武器の一本を鞘払った。飾り気のない両刃の直剣は表で襲ってきた量産型ヤーラ・レイアークからかっぱらったものだ。まずはこいつでいいだろう。
俺が動いたのを見て、ウィドー王もまた、レイピルに剣を抜かせる。肉厚で幅広な曲刀は、カトラスや朴刀に似ていた。刃渡りだけでコッチの強化鎧骨格と同じくらいある。アレを受けるのは至難だろうが、ま、やるっきゃない。
得物を抜き放った状態で相対すると、否が応にも緊張が高まってくる。俺はすこし渇いた唇を舐めてから、改めて名乗りを上げた。
「フェンヴェール王国陸軍中隊長改め、リリィ・ル・リン・レイフィール王女殿下が護衛騎士、ティエス・イセカイジン!」
『賢狼王、ウィドー・ル・リン・レイフィール』
ウィドー王もまた、改めての名乗りを上げる。それは神聖なる一騎打ちの始まりを示す作法で、礼儀だった。操縦桿を握り締め、俺は叫んだ。
「推して、参る!!」
『来るが良い、ティエス・イセカイジン! 共々に、返り討ちにしてくれる!!』