『――なるほど、見事だ。よもやこのレイピルに手傷を負わせるとはな』
「へっ、その余裕いつまでもつかなァ?」
などと三下めいた舌なめずりをしながらも、レイピルの向う脛に突き立った斧が思いのほかがっぷり食い込んでて抜けないので焦っているティエスちゃんだ。こりゃ無理だな。頑張れば抜けないこともないが、流石にうんとこしょとやっている時間はくれないだろう。
俺は潔く斧から手を離し、飛びずさって距離をとる。目の前を大振りに振られたレイピルの曲刀が擦過した。あぶねー、斧に固執してたらずっぱりやられてたな。今のは斬るためじゃなくて払いのけるために振るわれた感じだが、当たれば死ぬことに変わりはない。
十分な間合いを取り、もう一本の手斧を引き抜く。これで城門で拾った武器は最後だな。あいや、あの謎ビームソードがあるか。ともあれ、そろそろジリ貧感が出てきた。ここらで一発逆転しないときついかも。
後席の姫をチラと窺う。さんざんアクロバットしてたから目を回してるかと思いきや、ちゃんとしっかり意識はあるようだ。鋭い目で正面の光画盤を睨んで、戦いの推移を一つも見逃さないようにしているように見える。まぁだいぶきつそうだけどな。強い女だよホント。
『フ、余所見をする余裕があるのか?』
「こっちは同乗者がいるんでね」
ウィドー王の皮肉めいた声に、は? 余裕ですが? という態度で返す。機体性能で負けて技量はトントンなら、気持ちで負けるわけには行かねーからな。
正面のレイピルは向う脛に突き立った斧を、まるで棘を抜くようにひょいと抜いて後方に放った。やはり尋常じゃねぇパワーがある。とりあえず傷ついた装甲がみるみる回復する、みたいないんちきは無いようなのでひと安心だ。傷はちゃんとそこにある。しかし斧刃は駆動系にまでは達していなかったらしい。
ならば、傷口にもう一撃くれてやるだけだ。手斧を両手持ちにして、機体の腰を浅く落とす。ギラリと青白く光る斧刃の周囲が、ゆらりと揺らめいた。
『もう
「悪いが魔法にかけちゃ天才なんでね」
まぁティエスちゃんは天才ですから? 目の前のでくの坊なんてぎったぎたのバッキバキにしてやりますよ。いかんなコレ負けフラグか。
『余計なことは考えるな』
「へいへい」
オティカからもお叱りが飛んだので、気を引き締め直す。レイピルの構えが変わった。腰を浅く落とし、片手で振り回していた曲刀を両手持ちにして、正眼に構える。
――攻め筋が一気に減った。まだまだ本気じゃなかったってことかよ。
「オイオイ、マジかよ。遊んでやがったのか?」
『せっかくこんな辺鄙な場所まで来たのだ。記念品に一本くらいは獲らせてやらねばな』
「舐めやがって、よォ!」
俺は半笑いになって、全力で手斧を投擲した。いろいろなパターンを脳内でシミュレーションしたが、いかにバリヤーを破れても、この手斧じゃ有効打は与えられなさそうだったからな。
凄まじい速度で手斧が飛ぶ。もちろんこれでどうこうなるとは思っていない。
『これで終わりとは、言うまいな!』
「ああ!!」
レイピルが飛来した手斧を難なく弾くと同時に、ぬるりと動く。わずかに開いていた距離は滑るようなすり足によって一瞬で食いつぶされ、間合いに。曲刀が閃く。フェイントも小細工もない、しかし目にも止まらない神速の打ち込み。剣の切先は容易く音を置き去りにする。
『オォ——!!』
まるでオオカミの咆哮にも似た、裂帛の気合。それを俺は――真っ向から、受ける!
「貰ったァ!!!」
『何ィ!?』
鯉口を切る。鞘走るのは一瞬。
俺の快哉と、金属の破断音、そしてウィドー王の驚愕の声が、謁見の間に響く。
曲刀を振り下ろしたレイピルと、剣を逆袈裟に振り上げたスーパーアーゼェンレギナ。粘ついた時間に絡めとられた二つの巨体は、まるで彫像のように静止していた。1秒が10秒にも感じられるような、スローモーションの世界は静かだ。
レイピルの曲刀が、半ばより断ち切られている。肉厚な刃の切断面を露出して、スーパーアーゼェンレギナを両断するはずだった切先は、いま宙を舞っている。
スーパーアーゼェンレギナの振り上げた剣は、実用の剣に似つかわしくない刀身を持っていた。その刃先はあまりにも薄く、刀身の向こうを透かせるほど。地金の色をした峰から刃先にかけて、透明度のグラデーションがある種幻想的な刃文を形成している。
その刃文に、俄かにひびが入った。びしりという金属の軋む音が、一瞬の無音を破る。粘ついていた時間がその流動性を回復して、世界は再び動き出す。
刀身全体にまで広がったひび割れは遂に限界に達し、バリンというガラスの割れるような音を立てて砕け散った。同時に、切断されたレイピルの曲刀の切先が、地面に突き立つ。
静止した二つの巨体。レイピルとアーゼェンレギナ。最初に動いたのは――俺だ。
「オオォァッ!!」
言葉にならない声を上げて、一足踏み込む。砕け散った剣には、既に
手首を返して剣の柄を両手で握る。大上段の構えから、袈裟懸けに振り下ろす。狙いは一点。さっき手斧で傷をつけた、向う脛。
過たず、刀身は傷口を捉えた。もはやバリヤーなど意味をなさない。堅牢な装甲もまた、意味をなさない。この剣の前には!
レイピルの群青色の装甲が深々と切り裂かれる。その切断面はまるで鏡のよう。分子一個分の薄さにまで研ぎ澄まされた切先は、分子結合そのものを断ち切る
「届いた……ッ!」
鋭さと硬度を極限まで追求した刃は、その犠牲として靭性を失っている。さっきレイピルの刀を斬った後に刃が砕けたのもそのためだ。そしてそれは今回も例外ではない。
レイピルの向う脛を深々と切り裂いた刃は、その脚部を両断するには至らず、半ばで粉々に砕け散った。しかし、今度は確実に、人工筋肉を断ち切った感覚がある。フレームにも食い込んでいるだろう。上々だ。これでレイピルは、足を使えない!
二脚の機動兵器が足を失うということは、すなわちその戦闘能力のほとんどを喪失したも同然である。俺はほくそ笑んだ。勝ったなガハハ。