ティエスちゃんは中隊長   作:永多真澄

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1-2 ティエスちゃんは見舞われる①

「はっはっは、さすがの貴卿もかの女史には敵わなんだか」

 

「はぁ、お恥ずかしい限りであります」

 

 あれよあれよとその日の午後にはすでに病院着に着替えさせられ、あてがわれたベッドに縛り付けられたティエスちゃんだ。現在来客対応中。ベッドサイドの丸椅子に腰かけて愉快そうな笑い声をあげているオッサンは、俺の所属する駐屯地を預かる基地司令であり、この領を治める領主さまでもある伯爵さま、エライゾ卿である。――いやギャグじゃないんだって。マジでこういう名前なんだって。俺も初めて名前きいたときは思わず笑っちゃって無礼打ち寸前までいったもん。その辺おおらかなオッサンだったから何とか事なきを得たけど、あれが今までで一番死を身近に感じた瞬間だったよホント。

 

「まあ、これも一つの機会だ。ゆるりと体を休めるとよかろう。貴卿がなかなか有休を消化してくれないと、総務課のものも嘆いておったことだし」

 

「いやぁ、ははは、恐縮であります。けどさすがにひと月は暇であります」

 

「そうであろうな。私ならば耐え難い。はっはっは」

 

 封建制がしっかり残っているくせに、そういうところは妙に文明的である。別に俺もワーカーホリックというわけではないのだが、しかしこの世界は前世に比べると娯楽が少ないので休みをもらっても特にすることがないのだ。寝通すにしたって二日が限度である。笑い事じゃねぇ。

 

「であるからな。見舞いの品を持ってきたぞ」

 

「えっマジですか。おいしいフルーツとかでありますか?」

 

「はっはっは、それも考えたのだがな。一瞬で消費できてしまうものでは、暇つぶしには不足であろう?」

 

「それは確かに」

 

「うむ。であるから――」

 

 エライゾ卿は足元に置いていた紙袋から取り出したものを、どさりとベッドサイドのテーブルに置いた。明らかに紙束のたてる音だ。俺は嫌な予感がした。

 

「大隊長昇級試験の傾向と対策をまとめた問題集である。まあ、貴卿にとってはクロスワードよりも簡単な問題ばかりであろうが……」

 

「えぇ……、小官、これ以上の出世は望んでないんですが……」

 

「はっはっは」

 

 クロスワードのほうがよっぽどましだった、と言外に込めるも、エライゾ卿はあっさりと笑い飛ばす。

 王国軍には尉官、佐官、将官といった階級はない。士官階級は小隊長から始まり、中隊長、大隊長を経て将軍となる。たとえば今俺の就いてる中隊長という職は、前世の軍隊的には大尉から少佐くらいの地位だ。だから今みたいに入院すれば、こうして個室をあてがってもらえる。そのくらいのわがままが利く階級だな。

 部隊指揮官として大勢の部下に対し責任を取る必要があるが、それでもどちらかと言えば「使われる側」の人間である。

 それが大隊長になると、「使う側」に片足突っ込むことになる。派閥がどーのこーのといった軍内の政治的なsomethingに少なからず絡まざるを得なくなって、ただ強化鎧骨格を乗り回して剣を振っていればいい立場ではなくなる。俺は賢いのでわかるのだが、それはあんまり窮屈で、きっと楽しくないものだ。

 なので、これ以上の出世はごめんこうむる。

 

「我が領は万年人手不足であるからな、有能な人材を遊ばせておくわけにもいかん」

 

「買い被りでは……」

 

「大学の次席卒業者で買い被りなら、ほかに何を望むものがある?」

 

「ぐぅ」

 

 正論パンチだ。ぐうの音くらいしか出ない。でも俺はそんなしがらみまみれの世界は嫌なんじゃ、そのためにわざわざ大学の研究職も蹴ったし、王都守備隊も蹴ったんじゃァ……と、そんな心の中の泣き言が表情にばっちりメソメソ出ていたのだろう。エライゾ卿は小さく苦笑すると、席を立った。

 

「ふむ、今のはジョークということにしておこう。先も言ったとおり、これは暇つぶしであるからな。卿の無聊を慰める助けになれば、それでよかろうさ」

 

「エライゾ卿……」

 

 トゥンク。俺は卿の懐深さに、思わず感涙するところだった。エライゾ卿は俺の肩にポンと気さくに手を置いて、そんでもってズイ、と耳元に顔を近づけて、小さくささやいた。

 

「ま、「今は」だがね」

 

「エライゾ卿ォ……」

 

 ぞくりと背が粟立った。冗談きついぜ。冗談だよな?

 

「ではティエス中隊長。くれぐれも、お大事に」

 

 顔を離したエライゾ卿は、はっはっは、と最後に大きく笑って病室を後にした。あとには辞書ほどもある紙束と、確かな気疲れだけが残った。

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