「うわぁ……!」
ティオナは目の前に広がる光景に、大きく目を見開いて驚きの声を上げた。
数多の冒険者達が、テルスキュラの『儀式』のように戦い合っているが、その規模はテルスキュラの比ではない。
フレイヤ・ファミリアに滞在して以来、アスフィ達とオラリオ観光をしたりダンジョンに潜ったりしてヒリュテ姉妹はすっかり馴染んでいた。
せっかくだから合宿に参加してみてはどうか、とレヴェリアが尋ねたところ、姉妹が快諾したことで今回参加となった。
四派閥が主催するダンジョン50階層での合宿は、これまでと同じく多数の派閥が挙って参加していた。
合宿は始まったばかりだが、早くも黄金のドームが超広範囲に展開されて冒険者達を癒やし尽くしていく。
「……レヴェリア、治癒魔法の範囲がヤバすぎるわね」
ティオネの言葉遣いに、ティオナは微妙な顔となった。
レヴェリアの好みを彼女がフレイヤに聞きに行ってから、これまでとは全く違った言葉遣いをするようになった。
違和感は凄いが、そこを指摘したら面倒くさいことになった為、もう気にしないことにした。
「そろそろ行く?」
「行く」
ティオナの問いかけに、ティオネは短く答えて拳を握りしめ――駆け出した。
「51階層で教えてもらっていた時のほうがヤバかったですね……」
今回合宿初参加となるリリルカは、槍を振るいながらそう呟いた。
オラリオトップクラスの面々に扱かれたこともあり、この状況であっても彼女は冷静さを保っていた。
彼我の身体能力の差を考慮しつつ、防御・回避を主体としてカウンターを決めていく――同格・格上を狩る為の戦法を着実に実行する。
自分以外は全員敵であることから、四方八方から狙われる。
さらに相手は同格であっても巧みであり、防御や回避が間に合わず傷を負っていくが――すぐにレヴェリアの治癒魔法によって癒やされる。
私は治癒魔法を唱えるだけの機械になるんだ、と自嘲気味にレヴェリアが笑っていたことをリリルカは思い出す。
合宿の流れはシンプルだ。
合宿の前半、レヴェリアは参加せず治療に専念し個々人が戦い合う。
大休止後、後半からレヴェリア対全参加者となる。
後半戦は参加したくないリリルカだが、拒否してもアイズに引っ掴まれて強制参加させられそうな予感しかなかったので諦めていた。
その時突如として、リリルカの周囲にいた敵が一気に吹っ飛んでいった。
合宿は乱戦であるが、一応は大まかなエリアが指定されてレベル帯でもって分けられている。
レベル10同士の戦闘の余波で下位冒険者が戦闘不能に陥ってしまわない為だ。
もっとも、そんな区分けは時間が経つにつれて意味がなくなってしまうのだが。
ともあれ、リリルカのいるエリアはレベル1とレベル2しかいない筈であった。
「げっ」
思わずリリルカはそんな言葉が口から出てきた。
下手人が彼女の前に堂々と現れたからだ。
「やぁ、リリルカ。君の成長具合を確かめにきたよ」
にこやかな笑みを浮かべているのはフィン・ディムナ。
開幕早々レベル10とレベル9がいるエリアからやってきたようだ。
彼はリリルカの装いを見て、不思議そうに首を傾げる。
「レヴェリアが
「ナンパですか? 【
フィンの嫁になりたいという小人族の女性は多い。
そして、その中でも最有力候補がアストレア・ファミリアの【
恋話はフレイヤが大好物である為、ステイタス更新時に聞いてもいないのに教えてくれるのだ。
フィン本人は尻に敷かれそう云々と言っているが、満更でもないらしい。
「ナンパじゃないさ。最初にも言ったけど、成長を確認しにきただけだよ」
「勘弁してください」
「まぁまぁ、そう言わずに」
にこにこ笑顔のフィンに対して、覚悟を決めたリリルカは大きく息を吸って吐き――
「やってやろうじゃねぇかコンチクショウ!」
やけくそ気味に叫びながらフィンへ向かう――だが、動いたのは彼女だけではなかった。
「おぉおおお!」
雄叫びと共にフィンの背後から迫ったのはロキ・ファミリアの新米団員ルアン・エスペル。
フィンに憧れ、彼への熱い思いをロキにぶち撒けて入団した小人族だ。
「行くぞぉおお!」
「負けてられない!」
ルアンに続いたのは小人族の姉弟――ポットとポック。
レベル2のロキ・ファミリアの団員であり、2人の背後からは同じくロキ・ファミリアの団員である小人族の少女――メリル・ティアーが詠唱を開始していた。
一足早く動いたのは彼等彼女等だが、他の面々も負けじと動く。
圧倒的な格上であろうとも、挑まない理由にはならなかった。
リリルカやヒリュテ姉妹など、合宿初参加の面々は合宿前半で絶望を感じることはあまりなかった。
基本的には自分以外全部敵であり、なおかつ乱戦である為、余計なことを考える暇がなかったともいえる。
だが、大休止を挟んだ後の後半――絶望をたっぷり味わうこととなった。
「アルガナ達が言っていたことがよく分かったわ」
料理を食べる手を止めたティオネは合宿を振り返り、しみじみと告げた。
長期間に渡る合宿を終えてオラリオに帰還した後、いつものように大ホールを一つ貸し切って、四派閥の奢りによる大宴会が開かれていた。
派閥関係なく飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。
その輪の中に交ざっているアイシャやクロエを横目に見ながら、アスフィ達は端っこで料理に舌鼓を打つ。
騒ぎたい面々と静かに飲み食いがしたい面々で分かれた形だが、これもまたいつものことだった。
「斬撃って飛ぶんだね! 私も飛ばしてみたいなー!」
「レベル7になって身体強化系のスキルか魔法があればいける。得物は長剣がオススメ。大剣でも……まあいいよ」
無邪気なティオナに、アイズはぐっと親指を立ててみせる。
一方、リリルカはエールを大ジョッキで一気飲みして叫ぶ。
「リリはもう一生分戦った気がしますっ! いきなり【
「私達も同じような感じでしたよ……」
アスフィは遠い目をして告げた。
合宿で新人を上位層が鍛えにやってくるのは、よくあることであった。
ヘイズがにこにこ笑顔で告げる。
「大丈夫ですよ。だんだん、気持ち良くなってきますから」
「それはそれで問題しかないです」
ヘイズに答えながら、リリルカは肩を竦めてみせた。
気持ち良いかどうかはともかくとして、自信になったのは間違いない。
「今回の合宿でどれだけ能力値が上がったのか知りたいけど……テルスキュラに戻らないとステイタス更新ができないのよね」
そう言って溜息を吐いたティオネ。
アスフィがしれっと告げる。
「主神以外でもステイタス更新を可能とする
そんなものがあるとは思いもしなかったヒリュテ姉妹は、互いに顔を見合わせるのだった。
大宴会の翌日からフレイヤ・ファミリアは10日間の休養期間となる。
ダンジョン探索を推奨しないが禁止もしていない為、ダンジョンに行く者もいるが普段よりも人数は少ない。
原野で戦う者も同じく少なく、いつもよりのんびりとした空気が漂っていた。
そんな中、レヴェリアはフレイヤを膝枕しながら、髪を撫でたり耳を弄ったり頬を突いたりしていた。
「……なぁ、フレイヤ」
「なぁに?」
レヴェリアに名を呼ばれ、微笑んでみせるフレイヤ。
そんな彼女にレヴェリアもにこりと笑って問いかけた。
「神って下界では全知
「違うわ。全知零能よ」
ガバっと起き上がって否定するフレイヤ。
するとレヴェリアはすっとぼけたように尋ねる。
「全知
「その違いは文字にしないと分かんないわよ! 私は分かったけど!」
ビシッとツッコミを入れるフレイヤに対して、レヴェリアは更に問いかける。
「全知零能?」
「そう、それ!」
フレイヤの肯定に、レヴェリアは鷹揚に頷いてみせる。
「全知……その言葉に偽りはないな?」
「勿論よ」
ふふん、とドヤ顔で胸を張るフレイヤ。
今更何でそんなことを聞いてくるのか、と疑問に思うよりも何だか面白そうな予感がふつふつとしていた。
そして、その予感は正しかった。
「ヘイ、フレイヤ。黒竜を簡単にぶっ殺す方法をギャルっぽく教えてくれ」
「あーし的には、やっぱレベルを上げて物理と魔法で殴るって感じがオススメみたいな? レヴェリアには英雄になってキラキラ輝いてほしー!」
こういうのは初めてであったが、フレイヤは即座に対応してみせた。
同時にレヴェリアの意図を悟る。
色んなことを
これまでは大抵の場合、フレイヤが無茶振りする側であったので新鮮だ。
「ヘイ、フレイヤ。何か面白いことを言ってくれ。真面目清楚委員長っぽい形で」
「難しいことを言ってきましたね……あなたの面白いことと私の面白いことで認識が違う可能性があります。ですので、まずはそこから定義を始めたいと思うのですが……」
「ヘイ、フレイヤ。世界を平和にする方法を悪の秘密結社の女幹部的思想でもって教えてくれ」
「全人類がこの世から消えれば平和になるっ! 争う者がいなければ争いは起こらない!」
傍目から見れば、とてつもなくくだらないやり取りであるが、2人にとっては楽しいので問題ない。
ひとしきり遊んだところで、フレイヤが尋ねた。
「ねぇ、レヴェリア。ヒリュテ姉妹はどうする?」
「どうにかして引き抜きたい。魂的にはどうだ?」
「いい感じ。私も引き抜きたい」
意見が一致したところで、2人は互いに頷き合う。
「今のうちにあちこちへ根回しを終えて、テルスキュラに行っても問題ないように整えたいと思う」
「私も行く。レヴェリアをカーリー達から護らなきゃ……!」
ぐっと握り拳を作ってみせるフレイヤに、レヴェリアはほっこりとするのだった。