「もうすぐ『学区』がやってくるな……」
工房にて作業をしていたレヴェリアは、手を休めてしみじみと呟いた。
弟子が増えたこともあり、前回からレヴェリアは『学区』がオラリオに――正確にはメレン帰港時――帰ってきた時に赴くようにしていた。
もう3年経ったのかと毎回思っている彼女だが、一昨年から昨年に掛けて弟子の人数が一気に増加したこともあり、今回はいつも以上に時間の流れが早い気がしてならなかった。
「前回から始まった研究発表会、今年はどんなことになるのかな」
以前より、レヴェリアはオラリオ帰還時に教師陣による研究発表会の開催を『学区』側に提案していた。
教師陣が各専門分野における取り組みや研究の進捗などを発表することで、学生達の学びを深める狙いだ。
勿論、レヴェリアも発表する側である。
彼女は初回となった前回、
だが、予想に反して飛んできた質問は当たり障りのないものばかりで拍子抜けであった。
今回もレヴェリアは
弟子達を鍛えたり合宿や竜の間引きや遠征など多忙な日々であったが、研究はちまちまと進めてきた。
そんなレヴェリアだが、今もっとも興味があるのはカサンドラの『予知夢』だ。
昨年、ダフネとカサンドラが入団して以来、レヴェリアは積極的に調査をしてきた。
カサンドラ本人からの聞き取りだけでなく、ダフネからもどう感じたか、予言の通りになった場合にどう思ったかなど聞き取りをしてきた。
ダフネの先入観や性格もあるのだろうが、彼女は基本的にカサンドラの予言は信じておらず、当たったとしても偶然そうなったに過ぎないと思ってきたとのことだ。
そして、カサンドラの方は――
レヴェリアが彼女のことを考えたその瞬間、工房の扉が叩かれた。
誰何すれば、そのカサンドラである。
入室許可を出せば扉がゆっくりと開いた。
「その、そろそろ休憩時間かなって思いまして……」
おずおずと告げた彼女が手に持っているトレイには、ティーセットとクッキーが盛られた皿が載っていた。
あの子はチョロいから、と入団してすぐの頃にダフネが渋い顔をして言ってきた。
さすがにそこまでチョロくはないだろうと聞いた時にレヴェリアは思ったものの、 ダフネの言う通りだった。
カサンドラが『予知夢』を見た時は教えてもらい、また『予言』の詩を一緒に解釈するなどしていくうちにレヴェリアはすっかり懐かれていた。
カサンドラからすれば誰にも信じてもらえなかった事を信じてもらえる、というのはそれだけ大きな事であった。
そして、レヴェリアもこの状況を歓迎していないわけがなかった。
「ありがとう、カサンドラ」
微笑んで礼を告げるレヴェリアを見て、カサンドラは照れたように微笑みを浮かべた。
レフィーヤ・ウィリディスは大きく目を開いて、学内掲示板に張り出されたばかりの通知を見ていた。
彼女の隣にいるアリサ・ラーガストも、他の学生達も僅か数行の通知内容を食い入るように見つめていた。
その通知はメレン帰港時、レヴェリアが乗船することを知らせるものだ。
直近で彼女が『学区』へ来たのは前回のオラリオ帰還時――3年前となる。
以前はオラリオ以外の場所に『学区』がいようとも通っていたのだが、近年は弟子が増えたことも影響してメレン帰港時に限定されていた。
「うぉおおおおお!」
これまで聞いたこともない、凄まじい雄叫びと共に握り拳を天高く掲げたのは牛人のバーダインだ。
隣にいる小人族のナッセンは耳に指を突っ込んでいるが、あんまり効果はなさそうだ。
レフィーヤ、アリサも所属している――正確には『させられた』形だが――『第7小隊』の面々であった。
バーダインがここまで大きな反応を示すのは、彼の性癖から誰の目にも明らかだった。
女子生徒達――特にエルフ――は親の仇を見つけたと言わんばかりの凄まじい形相となる。
レフィーヤも例外ではなく、彼女達と同じ反応だ。
レヴェリアの成し遂げた功績や逸話はレフィーヤの故郷であるウィーシェの森にもよく届いている。
誰よりも自由だったエルフ詩人――『ウィーシェ』を慕ったエルフ達が興した里であり、本人から名を貰ったのがウィーシェの森の起源だ。
外の世界に興味を持っていたからこそ両親含め、ウィーシェの森のエルフ達は挙って派閥大戦の観戦にオラリオへ行ったのは言うまでもない。
そんな事もあり、レフィーヤは幼い頃からレヴェリアの話はよく聞かされて育ってきた。
もしかしたらレヴェリア様が偶々里にやってきて、自分を弟子にしてくれるかも――などと妄想したこともよくある。
里を飛び出す『きっかけ』は『学区』が里の近くにある港町にやってきたことだ。
レヴェリアが創設に関わっており、非常勤講師として教鞭を取ることもあると聞いてレフィーヤはこの機会を逃してはならない、と幼心に即決したのだ。
バーダインに言葉を発させてはならない、とレフィーヤは断固とした決意でもって動こうとしたが、彼女の位置からでは間に合わなかった。
「レヴェリア様の爆乳を俺は拝みたい! 水着を着てほしい! 爆乳最高!」
叫んだバーダインは女子学生達によって叩き伏せられた。
前回のオラリオ帰還時にはまだいなかった為、彼もレヴェリアを実際に見たことはない。
だが、幾つもの証言が『学区』には残されており、神々や教師陣からレヴェリアの話を聞くこともよくあった。
バーダインがズタボロになったところで、彼を睨みつけているレフィーヤに対してアリサが尋ねる。
「ところでレフィーヤ、先生達による研究発表会って知っている? 前回から開かれるようになったものだけど……」
「あ、聞いたことがあります。ずっと前からレヴェリア様が提案していて、形になったものですよね?」
レフィーヤの問いかけにアリサは頷いて、声を潜めて告げる。
「レヴェリア様も出席されるのだけど……ほぼ確実に疑問点を尋ねてくるらしいのよ」
アリサの言葉でレフィーヤは察した。
そういった発表会では質疑応答の時間が設けられるのが普通である。
レヴェリアが簡単に答えられる質問を投げかけてくるわけがなかった。
「もしかして、レヴェリア様も発表を……?」
「ええ。レヴェリア様が前回発表されたのは、『錬金学科』で研究している
「先生達はどんな質問を?」
「質疑応答で、レヴェリア様は目をキラキラさせて待ち構えていたらしいんだけど、そもそもあの方が変な発表をするわけもないから、無難な質問しかできなかったみたい」
それはそうだ、とレフィーヤも頷く。
「で、レヴェリア様は先生達の心をへし折ろうとしているんじゃないかってくらいに鋭い質問をしてきたらしいの」
「あー……ここ最近、先生達の顔色が妙に悪いのはもしかして……」
「前回のことがトラウマになっているんじゃないかしら」
かといって発表会を取りやめるというのもできない話だ。
前回の発表会終了後に行われた学生へのアンケートでは好意的な反応が圧倒的多数を占めていた為に。
「【
「ナッセン、無茶を言わないでください」
いつの間にか横にやってきていたナッセンからの無茶な要求に、レフィーヤは溜息混じりに答えた。
「多分だけど、特別講義が組まれると思うわ。前回もそうだったらしいし」
「マトモに質問などできないぞ」
「それもそうね。でも、レヴェリア様との伝手なんて……レオン先生に頼んでみる?」
伝手なんてない、と言いかけてアリサは提案してみた。
昔からレヴェリアと関わりがあるらしく、簀巻きにされたこともあるという。
またオラリオ帰還時、毎回レヴェリアに挑んではボコボコにされているらしい。
「同じことを考える連中はたくさんいる。もっとこう、何かないか……前回もダメだった……」
思案顔となるナッセンに、アリサとレフィーヤは彼の発言を聞き逃さなかった。
さらりと3年前にも彼は在籍していたことが明かされたのである。
「え、もしかして年上ですか……?」
「嘘でしょ……?」
2人の驚愕に対して、ナッセンは構うことなく思考を巡らせていく。
彼等彼女等のように、3年ぶりとなる帰港とレヴェリア乗船に学生達は上へ下への大騒ぎ。
『学区』全体がお祭りのような雰囲気であったが、迎えるメレン側も負けてはいない。
学区帰港は一大イベントであり、オラリオから大勢の人間が一目見ようと押し寄せていた。
そして、難所である湖峡を超えて『学区』は帰港を果たし、程なくしてレヴェリアがやってきた。