『学区』外縁部に集った大勢の生徒達は息を呑み、静まり返っていた。
たった今、『学区』の目前にて停車した馬車から降りてきたレヴェリア。
その美貌に誰もが言葉を失っていたのだ。
前回帰港した際に彼女を間近で見た生徒も例外ではない。
集った生徒達を一瞥した後、黄金色の長髪を靡かせて、颯爽と歩いていく姿は気品に満ち溢れていた。
そしてレヴェリアが『学区』内へ入っていったところで、ようやく生徒達は我に返り――熱狂した。
特に騒がしいのはエルフの生徒達であり、それはレフィーヤも例外ではなかった。
「何から何まで、すごくすごいですっ!」
「語彙力が消えているぞ。あと、ヤツは知っての通り色ボケだ。学生には手を出さないが、卒業すればその限りではないらしい」
ナッセンは冷静に指摘した。
レヴェリアが色ボケであることは『学区』でも知られているが、彼女が学生には手を出さないことも知られていた。
そして、学生でなくなればその限りではないことも。
「……さすがにもう解放を……いや、うるさいからなぁ……」
一方のアリサはバーダインを横目に見ながら呟いた。
不敬極まりないことを絶対叫ぶから、という理由でエルフの生徒達によって、馬車の到着前に彼は猿轡をされて、更に鉄鎖でぐるぐる巻きにされて床に転がされていた。
いよいよ明日にはレヴェリアによる特別講義が開催されるが、その内容は明かされていない。
専門分野に偏ったものではないこと、質問は1人につき1回だけということが通知されていた。
『
全生徒が希望したと言っても過言ではなく、席は一瞬で埋まり、立ち見ですらもギュウギュウ詰めの状態だ。
昨日の乗船時を除けばレヴェリアは学生達の前に姿を現していない。
彼女がいるところに生徒達が一斉に詰めかけて危険だから、という単純な理由であるのだが、生徒達はあれこれ噂した。
姿を隠す魔道具を使っているだの、変身魔法や透明化魔法を使っているだのと好き放題だ。
生徒達の興奮と緊張が高まっていく中で、いよいよその時がきた。
レヴェリアが壇上に姿を現し、講堂内全生徒の視線が一斉に集中し――誰もが息を呑む。
乗船時とは比べて今回は距離が近い。
女神の如き美貌に生徒達が見惚れる中、レヴェリアは口を開いた。
「さて、では始めようか」
玲瓏な声が講堂内に響き渡り、生徒達は我に返った。
レヴェリアが何を語るか、一言一句聞き逃すまいと誰もが思わず身を乗り出す。
「今回のテーマは黒竜についてだ」
その瞬間、生徒達に緊張が走った。
定期的な間引きにより、竜の谷から出てくる竜の被害は激減している。
だが、それでもゼロではなく、また竜以外のモンスターによる被害も多い。
世界を巡る『学区』だからこそ、世界の惨状を生徒達はよく知っていた。
神時代史上もっとも強い眷族達が多数揃っているにも関わらず、オラリオは竜の間引きでお茶を濁しているように見えるのは事実だった。
「最低でも推定レベル11以上、100K超えの射程を持つ超威力のブレス。まずここまでは良いな?」
レヴェリアの問いかけに異論を挟む者は誰もいない。
公表されている情報だからだ。
「かつて黒竜が北へ飛び去った時に落としていった鱗を我々は入手しており、これまで実験を重ねてきた」
急に出されたとんでもない情報に、生徒達はどよめいた。
鱗の現物があるのならば、どのような攻撃が有効であるか検証ができる。
それでもなおオラリオが黒竜討伐に乗り出さないのは不思議でしかなかったが、その疑問はすぐに氷解することとなった。
「【英傑】や【女帝】といったレベル10の冒険者達がスキルや魔法を駆使し、全力で攻撃してようやく表面に傷がつく程度の防御力を有している」
その言葉を生徒達は十数秒程掛けて、ようやく理解したところで更にレヴェリアが告げる。
「レベル9以下の攻撃では威力不足でひっかき傷すらつかない。無論、あらゆる属性に対しても極めて高い耐性を持っている」
そこまで告げたところで、レヴェリアは例外事例を挙げる。
「だが、
そう言いながらレヴェリアは黒板にチョークを走らせ、イラストを描いてみせる。
それは紡錘形をした物体であり、胴体中央部に大きな翼が4つ、尾部にも同数の小さな翼がある。
対黒竜用試製徹甲弾『グランドスラム』――かつてレヴェリアが黒竜の鱗を絶対に叩き割るという断固とした決意でもって作り上げた代物だ。
あの実験から7年程の歳月が経過しているが、今に至るまで有効な攻撃手段は発見されていない。
「総重量は30トン程だが、その大部分は
それはそうだ、と生徒達は誰もが頷いた。
「故に、私達が強くなっていくしかない」
そう述べた後、レヴェリアは実際の取り組みや竜の谷の状況、この1000年で黒竜が未知の能力を獲得している可能性などについて語った。
真剣な面持ちで生徒達は聞き入り、黒竜討伐の困難さを理解することとなった。
そして最後に質疑応答の時間が設けられたが、テーマが黒竜であることから生徒達からの質問はおふざけは一切ない。
質問は1人につき1回だけ、というルールがあったが、その権利を行使しない生徒は誰もいない。
こうなることは予想できていたので、時間はたっぷりと取ってあった。
レヴェリアは生徒からの質問が出尽くすまで、淀みなく答えていった。
「――! ――!!」
声にならない叫びを発して、枕を抱えたレフィーヤはベッドの上で身悶えていた。
そんな彼女に対して、ルームメイトでもあるアリサは生暖かい視線を送る。
気持ちは分からないでもない。
彼女もレオンに熱を上げていなければ、レヴェリア相手にそうなっていたかもしれないからだ。
特別講義は質問が出尽くしたところで終わった。
ただし、ナッセンは不満そうだった。
前回と同じく質問は1人につき1回だけ、そのルールがあったからだ。
回答は得られたが、それを踏まえた上で聞きたいことが幾つも出てきた、と彼は嘆いた。
マトモに質問できない、というのは質問を何回もできない、という意味合いであったらしい。
なお、あのバーダインですらもふざけたものではなく、戦士としての立ち回りについて質問をした程であった。
彼の視線はレヴェリアの胸に吸い寄せられていたが、そこは致し方なかった。
「レフィーヤ、感激しているのは分かったけど……明日はレヴェリア様との模擬戦よ。早く寝ないと……」
特別講義終了後、1時間程して発表された。
戦技学科を対象として、小隊ごとにレヴェリアが模擬戦形式で指導するものだ。
『第7小隊』は問題行動が多いものの実力はある為、彼女との対戦が最初に組まれていた。
アリサは錬金学科だが、『第7小隊』所属であるので勿論参加である。
なお、全小隊の模擬戦終了後は短時間であるが、個別指導やレヴェリアによる技や魔法の披露までも予定されていた。
アリサが声を掛けても、レフィーヤはベッドの上をゴロゴロ左右に転がるだけだ。
それを見て、アリサは何度目になるか分からない溜息を吐く。
これはダメだ、どうにもならない。放置しよう――
彼女は諦めて、さっさと寝ることにした。
驚愕のあまり、レフィーヤは目を大きく見開いていた。
模擬戦開始から30秒も経っていないが、第7小隊で立っているのは彼女だけだ。
それもレヴェリアがあえて残したからに過ぎないことは明白だった。
「レフィーヤ・ウィリディス」
「は、はい!」
レヴェリアに名を呼ばれ、レフィーヤは反射的に返事をした。
名前を覚えられていることに感激する暇もない。
「昨日、お前がした質問に対する私の答えを覚えているか?」
問われた彼女はハッとした。
レフィーヤがレヴェリアに行った質問は危機的状況時に心がけていることは何か、というものだ。
「今、お前は絶体絶命の状況だ。こういう時、まずどうする?」
問いかけに対して、レフィーヤは大きく息を吸って吐いた。
身体の緊張を解し、力を程よく抜く。
「そうだ、それでいい。リラックスすることが大事だ。だが、それだけか?」
問いかけに対して、レフィーヤは杖を構えてレヴェリアへ向ける。
リラックスをすること、どんな状況でも決して諦めないこと――当たり前といえば当たり前だが、それがレヴェリアの答えだった。
レフィーヤが示した答えに、レヴェリアは微笑みながら告げる。
「レオンから聞いている。戦技学科随一の魔砲使いだとか……」
「レオン先生……」
なんとも言えない微妙な表情となるレフィーヤ。
意外とお茶目なところがあるレオン先生らしいが、もうちょっと言い方というものがあるのではないかと彼女は思う。
その時、レヴェリアが倒れているバーダイン達へ視線を向けることなく問いかける。
「バーダイン、ナッセン、アリサ。まだまだやれるだろう?」
そこでレフィーヤは気がつく。
第7小隊全員の名前をレヴェリアが覚えていることに。
もしかしたら、模擬戦に参加している生徒全員の名前を覚えているかもしれない、とレフィーヤは思ったところで雄叫びが聞こえた。
「うぉおおおおおお! レヴェリア様の爆乳を拝む! 絶対拝む! できれば揉みたい!」
そんなことを言いながら、真っ先に立ち上がったのはバーダイン。
とんでもなく不敬な言葉を発した彼に対して、観戦している他小隊の女子生徒達から凄まじいブーイングが飛ぶ。
レフィーヤは杖の先をバーダインに向けようか、一瞬悩んだがさすがにやめた。
「聞きたいことが山程ある……! 戦闘中に質問させてもらうぞ!」
無茶苦茶なことを言いながら、ナッセンが立ち上がった。
「私は錬金学科なのにー!」
アリサもまたやけくそ気味に叫びながら立ち上がった。
「よし、それでは続けるぞ」
3人が立ち上がったことに満足げに微笑みながら、レヴェリアは宣言するのだった。