「レフィーヤ、生きてるー?」
肉体的にも精神的にも疲労困憊となり、大の字になって倒れているレフィーヤの顔を覗き込むのはティオナだった。
つい先程まで、レフィーヤはアイズ達が引き連れてきたモンスターの大群を前衛のダフネ、リリルカと協力して殲滅し続けていた。
ちなみに後衛にはレフィーヤ以外にもカサンドラが配置され、治癒魔法でもって前衛の支援に徹していた。
小休止の指示がアスフィより出たことで、ようやく一段落ついた形だ。
「たぶん生きてます……」
彼女に対してレフィーヤは呟くように答えた。
するとティオナは花の咲いたような笑顔でもって言う。
「そっか、じゃあ大丈夫だね」
「あのぅ、ティオナさん。つかぬことをお聞きしますが……」
「んー?」
「いつもこんな感じなんですか?」
「こんな感じだよー」
ティオナの言葉に、レフィーヤは乾いた笑いが出てきた。
どういう事をやるのか道中で説明を受けて恐れ慄いたのだが、絶え間なく押し寄せるモンスターを前にすると怯える暇もない。
前衛を信じて必死に詠唱して魔法をぶっ放していた。
幸いにも瀕死となったら即座にヘイズから治癒魔法が飛んでくる為、そこは安心だ。
また彼女以外にもアスフィやヘルンが緊急時は介入できるよう控えていた。
「レフィーヤ、なかなかやるね」
「初めてでこの動きはスゴイと思います」
「良い意味で予想を裏切られました。もっとこう、あわあわするかと思いましたけど……」
「ありがとうございます!」
共に戦ったダフネとカサンドラ、リリルカに言われて、レフィーヤは慌てて起き上がって礼を言う。
しかしながら、ダンジョン篭もりはまだ始まったばかりであり、合間にはアスフィ達との様々な形式での模擬戦も控えていた。
「フィルヴィスさん……私なんてゴミ虫ですぅ……」
長耳をへたれさせて、テーブルに突っ伏して情けない声を出すレフィーヤ。
彼女の対面にはフィルヴィスが座っているが、彼女もまた長耳が垂れている。
どうやって声を掛けたらいいものか、と困っている為だ。
ダンジョン篭もりは初参加のレフィーヤがいることから、今回は1週間で終わった。
モンスターとの戦いではさすがの働きを見せた彼女であったが、合間に行われた模擬戦ではあまりよろしくない結果に終わった。
レフィーヤが後衛魔導士であることから、前衛を配置して模擬戦を主として行ったのだが、敵役に引っ掻き回されてしまったのだ。
そして、模擬戦の休憩時間にクロエがカサンドラと1対1で戦ってみたらいいところいけるかもニャなどと言い出した。
カサンドラがある程度の戦闘行動ができることは、先のモンスターとの戦いでレフィーヤも把握していた。
近づいてきたモンスターを杖で殴ったり、蹴ったりしていたのを見たからだ。
やるだけやってみよう、とレフィーヤが乗り気になり、またカサンドラもダフネに後押しされる形で戦ったのだが――結果として、レフィーヤはカサンドラにボコボコにされた。
魔法を詠唱している間に一気に距離を詰められ、杖でぶん殴られたのである。
レフィーヤもどうにか詠唱の時間を稼ごうとしたが、彼女の駆け引きはカサンドラにはまったく通用しなかった。
あれこれ悩んだ末、フィルヴィスは残酷な事実を告げる。
「……並行詠唱は必須だ。もしもお前ができれば、勝負の行方は分からなかっただろう」
レフィーヤが勝つとフィルヴィスは言わなかった。
カサンドラは性格的に戦闘は不得手だが、同じ釜の飯を食ってきた仲である。
所属はダフネと共に
有力な治癒魔法と解毒・解呪魔法が使えるから傷を負っても生きていれば何とかなる、とカサンドラはレヴェリアから指導を受けており、またカサンドラからレヴェリアへの思いもあってしっかり鍛えていた。
「ですよねー……身を以て分かりました。カサンドラさんの杖、本当に痛いんですよ……」
フィルヴィスの言葉を肯定しながら、模擬戦を思い返して、げんなりとした顔を披露するレフィーヤ。
そんな彼女にフィルヴィスも苦笑する。
『えいっ』というカサンドラの可愛らしい掛け声と共に振り下ろされる杖、鈍い音と共に迸る激痛。
自身の力不足、経験不足をレフィーヤが痛感する出来事となった。
そこで彼女はおずおずと尋ねてみる。
「そのぅ、フィルヴィスさん。並行詠唱のやり方、教えてくれますか……?」
「無論だ。アスフィ達にも協力を頼もう」
「ありがとうございます!」
フィルヴィスの答えに、レフィーヤは花の咲いたような笑みを浮かべて礼を言った。
そのように
目の前で繰り広げられている戦いに、レフィーヤは目を奪われていた。
今、彼女がいるのはダンジョン50階層であり、戦っているのはレヴェリアとレオンだ。
彼が『学区』の教師となって以後、メレン帰港時には夜から朝に掛けてレヴェリアや四派閥の冒険者達と戦っており、これは『学区』の出港前日まで続けられる。
これに加えて『学区』で世界を巡って様々な危機を解決することで、彼はレベル9に至っていた。
しばらく観戦していて、あることにレフィーヤは気づいた。
まだどちらも本気ではなく、ウォーミングアップであることに。
その理由は両者共に魔法を使っておらず、剣だけで戦っている為だ。
レオンには魔法が1つ発現している。
授業の際、その話になった時に本人は完成までに時間が掛かる魔法だと苦笑していたが、その分強力であることは触り程度にしか知らないレフィーヤでも知っている。
アリサだったら30分くらいは語ってくれるだろうし、この場にいれば興奮のあまりに卒倒したかもしれない。
あるいは、ナッセンならばこの戦闘について早口で実況の如く捲し立てて、バーダインならば遥かな高みにある『技と駆け引き』に感激のあまり男泣きしたことだろう。
「学びになるか?」
真横から聞こえてきた声に、レフィーヤはギョッとしてそちらへ顔を向けた。
いつの間にか来ていたのか、そこにはアルフィアの姿があった。
彼女とは何度か顔を合わせたことがあるが、キツイ言葉を浴びせてくるが内容はこちらを奮い立たせるようなものであった。
その事もある為、すごく不器用な人だ、とレフィーヤは密かに思っていた。
「まだウォーミングアップの段階ですけど、学びになっています」
レヴェリアは講義が終わった後、レオンと毎晩戦っていること――四派閥の冒険者達の乱入あり――をレフィーヤが知ったのは、今日この場に来てからだ。
なお、50階層まで来る際にレヴェリアに背負われた為、緊張や興奮、羞恥など色々とごちゃまぜの感情を抱くことになった。
「よく見ておけ」
その言葉が合図となったかのように、レオンは自らの得物である大長剣を鞘に入れた後、地面に突き刺す。
武器を手放したようにしか見えないが、どうしてそうしたのかはレフィーヤですらも知っていた。
彼は高らかに詠唱した。
「【煌めけ烈光。すなわち雄たる十五席】――【ブレイズ・オブ・ラウンド】」
光り輝く風とともに魔力がレオンの手に集束していき、構築されたのは光の片手剣。
その剣を手にしてレヴェリアへ果敢に向かうも、拍子抜けする程に呆気なく砕けた。
レヴェリアの反撃に耐えられなかった為だが、砕けた片手剣は光の粒となってレオンの手に収まり、新たな得物を形作る。
次に彼の手に現れたのは双剣だった。
武装を破壊される度、対応する能力が強化されていく――それこそがレオンの魔法だ。
それをレフィーヤも知っているからこそ、レオンの武装が現れる度に破壊されていくことが信じられなかった。
まるでレオンが強化効果を受けていないかのように思えてしまうからだ。
「あれが『頂天』……!」
無意識的に呟き、レフィーヤは息を呑んだ。
そんな彼女に対して、アルフィアが告げる。
「ヤツが作り出す武装は超えるべき壁と定めた者が扱う得物と同じタイプで、それぞれ名がついている。今、破壊されたものは『
そこまでは知らなかったレフィーヤは、その名を聞いてハッとする。
ゼウス・ファミリアの【暴喰】ザルドだ。
それから程なくして、9番目の武装が破壊された。
「忌々しい……」
呟いて不機嫌となったアルフィアの様子から、どうやら9番目は彼女の名がついているようだ、とレフィーヤは察した。
それから更に2つの武装が壊された。
「10番目、11番目は【女帝】と【英傑】」
そう告げたアルフィアに、レフィーヤは首を傾げる。
最後はレヴェリアだとして、今ヘラとゼウスの団長が出てきたのならばあとは誰だ、と。
やがて11番目の武装が壊されたところで、アルフィアが告げる。
「12番目は【猛者】だ」
「オッタルさん……ですか?」
思わず問い返したレフィーヤに、アルフィアは軽く頷いてみせる。
「派閥大戦の時、最後に吼えてみせた。レオンは当時、【猛者】に及ばなかった」
そういえば両親から聞いた派閥大戦の話にもオッタルさんが少し出ていたな、とレフィーヤは思い出す。
話の内容は大半がレヴェリアのことであった為、こればかりは仕方がない。
その時、疑問が出てきた。
「レオン先生はいつ魔法が発現したんでしょう……?」
「派閥大戦後だろうな。それ以前に発現していたならば、あの戦いの時に使わなかったことが説明できない」
「もしかしたら、オッタルさんの行動が魔法発現のきっかけですか?」
「かもしれん」
そのやり取りをしている間に、『
「13番目、【
リヴァイアサン討伐の立役者にして、レオンが窮地を救った相手でもあった。
槍が壊され、次に現れたのは長剣。
「14番目、レヴェリア。これでヤツの魔法はようやく完成だ」
『
その証として獅子色の光粒を彼は身体に纏う。
『
これまでの武装破壊によってランクアップに等しいか、一部能力ではそれを上回る強化効果を得ている彼が、更に
実質的には2レベル分底上げされていると言っても過言ではない。
レオンは地面に鞘ごと突き刺してあった大長剣の柄を握りしめ、引き抜く。
大長剣にはリヴァイアサンのドロップアイテム『リヴァイアサンの蒼牙』が使用されている。
これはフィンが窮地を救ってくれたお礼として、渡してきたものだ。
自分には過ぎた素材だ、加工に莫大なカネも掛かるし――
そういった現実的な理由で倉庫にしまい込んでいたが、派閥大戦にてレヴェリアがオッタルの大剣を斬ってみせたことから、派閥大戦後に引っ張り出してきたという経緯である。
派閥大戦後に発現した魔法――【ブレイズ・オブ・ラウンド】による最大強化状態での戦闘にも支障は一切なかった。
もっとも、作成時に掛かった費用は予想通り莫大であり、それに伴ってあちこちと様々な因縁が生まれた為、素直に喜べなかったが。
「毎度のことだが、随分と待たせてしまったな」
「構わん。では、そろそろ始めようか」
短い2人のやり取り。
どんな戦いになるのだろうか、とレフィーヤが固唾を呑んで見守る中――遂に戦闘が始まった。
それは彼女の想像を遥かに超えており、瞬きすらも忘れる程であった。