ある日のこと。
レヴェリアは買い出しからの帰り道、ヘルメスとばったり出会った。
彼女を見るなり、彼は開口一番に尋ねてきた。
「レヴェリア様、幽霊船に興味はあるかい?」
ヘルメスの問いかけに、レヴェリアは目を輝かせる。
死ぬと魂は天へ還る為、幽霊は存在し得ない――それは他ならぬ神々が認めていることだ。
しかしながら、ヘルメスがそういう話題を持ってきたということは、それっぽい事象が発生したとレヴェリアは考えた。
「神ヘルメス、私の除霊料は高いぞ?」
「やる気満々だった! レヴェリア様って意外とオカルト好き?」
「オカルト的なものもいた方が世界はもっと楽しくなるからな。それで、何があったんだ?」
レヴェリアからの問いかけに、ヘルメスは経緯を説明していく。
10日程前から、メレンで幽霊船の噂が出回り始めたこと。
真相を確かめに行ったニョルズ・ファミリアの漁師達やメレンのギルド支部から依頼を受けた冒険者達が行方不明になっているものの、恩恵の数は減っていないとのことだった。
ギルドからの依頼書もあるから引き受けてくれれば、タダ働きにはならないと彼は最後に付け足した。
説明を聞き終えたレヴェリアは尋ねる。
「お前のところでは荷が重いと判断したのか?」
ヘルメス・ファミリアは
ギルドが公表している情報では団長のリディスがレベル4であるものの、団員達はレベル2とレベル1しかいないとされていた。
もっとも、高額な税金や遠征の
奴ならやりかねない、という神々の証言によるもので
レヴェリアからの問いかけに対して、ヘルメスは情けない顔となった。
それだけで彼女はだいたいの事情を察する。
本心なのか、あるいは表に出せない仕事用のカモフラージュなのか、その両方であるかは不明だが。
「リディスは留守だ。休暇を取って
羨ましい、と言いたげなヘルメスに対して、レヴェリアは肩を竦めてみせた。
やがて気を取り直した彼は提案する。
「オレの眷族も派遣するよ。情報収集や斥候として役に立つからさ」
レヴェリアは彼の言葉に込められた意味を正確に読み取る。
ヘルメス・ファミリアはその特性上、情報収集や斥候としての能力に優れる団員が多い。
だが、レヴェリアが伝手を使えば高レベルかつそういった能力に優れた人材を動員できる。
そのことは当然ヘルメスとて分かっているが、あえて言ってきたということは都市外勢力とのやり取りに発展する可能性あり、という意味合いであった。
そういった事に関してヘルメス・ファミリアはオラリオにおいてもっとも手慣れた派閥であり、証拠品の確保なども上手くやるだろう。
「構わないぞ。報酬の取り分は?」
「そっちが9割でいいよ。レヴェリア様を動かすんだから、そのくらいは誠意を示さなきゃね」
いけしゃあしゃあと宣うヘルメスに対して、レヴェリアは確信する。
どこぞの勢力絡みであり、そっちから賠償金をふんだくるつもりだ、と。
そこまで彼女が考えたことを見透かして、ヘルメスは告げる。
「幽霊船の話は本当だぜ。それを利用している不届き者がいた場合、迷惑料を貰うだけさ」
「そこらはそちらに任せる。取り分に関しても問題ない。明朝、都市門に集合で良いか?」
「構わないよ」
ヘルメスの答えに、レヴェリアは満足げに頷いてみせた。
彼女は今回の依頼に自分1人で参加するつもりはなかった。
こういうことを楽しめそうな、未知に興味がある面々を誘う気満々であった。
ルルネ・ルーイはにっこにこの笑顔である一方で、ローリエ・スワルは緊張した面持ちであった。
今回の依頼に同行する彼女達が集合場所へ赴いたら、そこにはダンジョンの深層も軽々と踏破できる面々が集っていた。
楽な仕事だ、ルルネは鼻歌でも歌い出しそうな程にご機嫌だ。
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この布陣で倒せない敵が幽霊船に潜んでいたならば、そっちの方が大問題である。
「お、畏れ多い……」
ローリエは喘ぐように呟いた。
白黒王女のように見聞を広めたい、と
そのことがきっかけで眷族となり、適性があったことから都市外での活動を主に担当している。
ところでローリエはある時、ヘルメスから衝撃的なことを教えられた。
派閥大戦後から始まった四派閥による竜の間引きがなかったならば、里の位置関係的に谷から出てきた竜によって里を滅ぼされていた可能性が高かったというものだ。
背筋がゾッとしたものの、そうはならなかったことに彼女が安堵したのは言うまでもない。
それはさておき、ローリエは王女達と間近で接するのは今回が初めてだ。
オラリオに帰ってきた際、これまでも何度か遠目には見たことがあったが、声を掛けるなぞできる筈もなかった。
ガチガチに緊張している彼女を見て、ルルネは肩を竦めた。
一方、白黒王女だけでなく、アスフィもレフィーヤもワクワクした表情であり、怖いとか恐ろしいとかよりも、好奇心が勝っていた。
幽霊を触ったらどんな感じなのか、壁を通り抜けられるのか、魔法は効くのかなどなどアレコレ話しながら、一行はいざ出発となった。
メレンに到着した一行は情報収集を行い、件の幽霊船は夜間、湖峡を超えた沖合に出現するらしいとの情報を得る。
同時に汽水湖でモンスターが増えたという話も聞いた為、幽霊船調査後に『
そして夜まで待機した後、漁師から借りた船で沖合へ乗り出した。
そこからしばらくして突然濃霧が湧き出し、やがて大型帆船が霧の中から姿を現したのだが――
「ハズレだな……」
「ああ、そうだな」
レヴェリアが船体に手を触れて軽く叩いてみると残念そうに呟いた。
彼女と同じことをしていたリヴェリアもまた同意する。
劣化や損傷が激しく、外洋どころか内洋の航海にも耐えられない外観をしているが、その触り心地はとてもしっかりとしたものであり、叩けば良い音が聞こえた。
つい最近、就役したばかりと言われてもおかしくはない船体だった。
念には念を入れる為、アスフィは懐から素材採取用のナイフを取り出し、表面を削ってみれば案の定であった。
「腐ってもいませんし劣化もしていません。この霧が悪さをして、そのように見せかけているだけかと」
削った面と木くずを確認して断言するアスフィ。
そして、レフィーヤは己の考えを述べる。
「船を丸ごと使った幻覚系の大型魔道具でしょうか? 大型魔道具の作製はアルテナの『高き者』の一派が得意と聞いたことがありますけど……」
学院系ファミリアが多数存在しているアルテナにおいて、もっとも過激で選民主義に凝り固まっていながらも最大勢力を誇っているのが、『高き者』とも呼ばれる『
勢力の規模から実質的にアルテナの主神と言っても過言ではないのだが、表に出てくることはあまりない。
かつてレヴェリアとフレイヤがアルテナにいた頃、オーディンがいることを耳にしたものの、ついぞ出会うことはなかった。
もっとも2人が別行動となったタイミングで、レヴェリアを高みへ導く為にオーディンが暗躍していた可能性は否定できない。
アルテナ国内へ
閑話休題。
「つまり、どういうことなんだ?」
「幽霊という未知はなく、単なる消化試合ということだ。リヴェリア、探ってくれ」
ルルネの問いに答えつつ、レヴェリアがリヴェリアに頼む。
行方不明となった漁師や冒険者達が生存しているのは恩恵が減っていないことで確認が取れている為、この船に囚われている可能性が高い。
リヴェリアの魔法、【レア・ラーヴァテイン】にて展開される魔法円には円内限定であるが人とモンスターを識別できる機能が備わっている。
識別できるのは横方向のみで縦方向にはできないが、彼我の位置関係から船底部分を探れるだろう。
「
「そうだろうな。幽霊船なのだからテーマパークにでもすればいいものを……」
アスフィの問いかけにレヴェリアが答えている間に、リヴェリアは詠唱を終え、巨大な魔法円が展開される。
大型帆船ですらもすっぽりと収まるサイズだ。
「人の反応が多数ある。行方不明者達かもしれん」
「おそらくな。船の動力源として魔力を吸われているのだろう。
そう答えた後、レヴェリアは更に告げる。
「犯人を捕まえた後、この船で港に戻るとしよう……せっかく、色々と持ってきたのになぁ」
そう言ったレヴェリアは残念そうに溜息を吐く。
対幽霊を想定して塩とアルヴの清水で清めた三節棍に自作の御札、十字架など様々であったが、どれも使いどころは無さそうであった。
事態の解決は迅速だった。
亡霊は霧による幻覚であった為、当初は無視して進んでいた。
しかし、アスフィが白い粒と粉を発見し、正体を見抜いて対処法を確立したことで進攻速度は更に上がることとなった。
霧は『
またリヴェリアの【レア・ラーヴァテイン】でもって階層ごとにサーチして、人の反応がある方向へ壁を壊して一直線に向かうという反則技を繰り出し、隠し部屋にいた船長達は呆気なく発見・捕縛となった。
そしてアスフィが船長に打った自白剤により、敵の狙いが『
「うーむ……これはスゴイ」
目の前に広がる光景に、レヴェリアは素直に称賛した。
その言葉が向けられたのは美しい朝焼けに照らされる大海原ではなく、要塞化された島とその周囲に陣を組んで展開している無数の軍艦。
目算で30隻は超えていそうだ。
「アルテナめ、こんなところに要塞を築いていたのか……」
リヴェリアが呆れ顔で告げた。
その時、アスフィがおずおずと口を開く。
「あの、レヴェリア様。あそこってセタスですよね?」
「セタスだな。
この群島はリヴァイアサンの脱皮した抜殻であり、その気配が残っていることからモンスターは寄り付かないという特性があった。
これを全面的に利用する為、抜殻の上に完全に移り住んでモンスターの脅威に怯えることがない国を築く――ということはしなかった。
そこらの陸地よりも強固であるとはいえ、ドロップアイテムではない以上ある日突然消えるかもしれないと古代の人々は考え、群島に近いところにある大陸沿岸部に都を築いた。
このおかげでリヴァイアサン討伐の実施に際して、
セタスもまた
「そのことについては私からご説明を……」
そう前置きしたローリエはセタスの現状を簡潔に告げる、
都市外担当である為、こういった情報は把握していたものの、まさかこうなるとは彼女自身も予想外だった。
「数年前、アルテナと関係が深いとある貴族が音頭を取って、セタスをアルテナとの共同研究開発拠点にするよう推進した結果……ああなりました」
それはアスフィも知らぬ情報であった。
両親との仲は良好であり、不定期に手紙のやり取りもしているものの、手紙の中で政治的な事柄については互いに一切触れていない。
また、積極的に調べようとしなければ都市外の情報は手に入りにくいことも要因であった。
ローリエの説明を聞いた面々はヘルメスがどうしてレヴェリアに話を持ってきたか、その意図を理解した。
オラリオにとって将来的に脅威になるから、どうにかしてくれない?
できれば島ごと沈めてくれると嬉しいな――!
そんなことを笑顔で宣っているヘルメスの姿が脳裏に描かれた。
最初からこうなることを彼が予想していたとしても、おかしくはなかった。
白黒王女は互いに顔を見合わせる。
「帰ったらやるか?」
「やろう」
レヴェリアからの問いに、リヴェリアは即答した。
何をやるのか、だいたい想像がついたが止める者は誰もいなかった。
その間にも敵艦隊は迫りつつあり、それを睨みながらレヴェリアは己の予想を述べる。
「戦力が多いだけでなく展開も速い。練度が高いな」
「まさかお前が狙いか?」
「私狙いならば、最低でもあの10倍をもってきてほしいところだ」
リヴェリアにそう返しながら、レヴェリアはアスフィへ視線を向けた。
「アスフィ、連中の度肝を抜いてやれ」
「いいんですか?」
他派閥の団員もいる為、確認を取ったアスフィだったが、レヴェリアは大きく頷いて答える。
「またとない機会だ。いいぞ」
その言葉に、アスフィは頷いて懐から白いマフラーを取り出して首に巻いた。
端っこに黒いチューリップが小さくあしらわれたこのマフラーは、レヴェリア手製のもので一定威力以下の攻撃から身を守ってくれる魔道具でもあった。
そして、彼女が
甲板からふわりと舞い上がった彼女は、放たれた矢のように猛速で敵艦隊へ向かっていく。
派閥内では知られているものの、他派閥には秘匿している魔道具の一つである為、ルルネ、ローリエ、リヴェリアは大きく目を見開いた。
そして3人のうち、もっとも早く我に返ったのはリヴェリアだった。
ぐんぐん遠ざかっていくアスフィを追うように甲板を駆けていき、船縁の欄干から身を大きく乗り出す。
「飛んだ! 飛んだぞ! 人が空を飛んだ! おいレヴェリア! どうして私に教えてくれなかったんだ!」
「切り札の一つだからな」
興奮のままに叫ぶ彼女に対して、そう答えたレヴェリアは腕を組んでドヤ顔だ。
後方師匠面である。
そんな白黒王女のやり取りを見たレフィーヤは、ほっこりしつつも自分の出番はなさそうだと呑気に考えていた。
次いで我に返ったルルネは憐憫に満ちた視線をアルテナ艦隊へ向ける。
「【
そう言った時だった。
鮮烈な音が響き渡り、空から蒼い斬撃が斜め下に飛ぶ。
先頭を航行していた軍艦が艦首から艦尾に沿って真っ二つに裂け、あっという間に沈んでいった。
投げ出された魔導士達が自艦の沈没によってできた大渦から逃れようと、必死に藻掻いているのが確認できた。
やっぱり、とルルネが肩を竦める一方で、ローリエは目を疑った。
都市外担当ゆえ、飛ぶ斬撃の話は耳にしたことはあっても実際に目の当たりにしたことはなかった。
彼女が驚いている間にも、空からの斬撃が止むことはない。
敵は自艦への攻撃を避ける為に必死に回頭を繰り返しつつ、果敢に空へ向けて魔導士達が攻撃魔法を放つ。
各属性の攻撃魔法が炸裂して空には色とりどりの花が咲き誇るが、
それどころかアルテナ艦隊は無秩序な回避行動により、陣形が崩れ去ってしまい、僚艦への支援がまったくできなくなっていた。
アスフィは群れから逸れた獲物を狼が狩るかの如く、攻撃魔法による対空砲火が絶対に届かない高度から狙いを定めて急降下。
ほぼ直角に等しい角度で突っ込んでいき、射程圏内となったところで斬撃を放ち、次々と轟沈させていく。
もはや戦いになっておらず、士気が崩壊したのか戦場から離脱しようとする艦も出始めたが――アスフィは見逃さなかった。
「レヴェリア、あの島はどうするつもりだ?」
アスフィの一方的な戦いを横目に見ながら、リヴェリアは問いかけた。
対するレヴェリアの答えはシンプルだった。
「レフィーヤ、出番だぞ」
「ふぇっ!?」
まさかの声掛けに、レフィーヤは間の抜けた返事をしてしまう。
そんな彼女に対して、レヴェリアはくすりと笑って告げる。
「セタスを完全に無力化してこい。緊急時には援護するから安心してくれ」
「……島を沈めなくてもいいですよね?」
「沈めなくていい。アルテナが実効支配しているようにしか見えないが、一応
「『
「心配いらない。アレの気配は相当なものだからな。ここにあるぞ、と欠片自身が教えてくれる。いざとなったら私が何とかするから、どんとやってこい」
「分かりました。行ってきます」
そう答えるとレフィーヤは詠唱を紡ぎ【エルフ・リング】でもって、リヴェリアの【ウィン・フィンブルヴェトル】を召喚し、海面を凍らせてその上を走っていった。
ローリエからすれば信じられない光景であった為、傍らにいるルルネに尋ねる。
「……ルルネ、
「海を凍らせるのは初めて見たけど、四派閥なら何をやってもおかしくないよ」
2人のやり取りをしている間に、アスフィが戻ってきた。
甲板に降り立った彼女をレヴェリアが労い、そこへリヴェリアが私も飛びたいのだが、と要望を伝える。
その時、セタスの上空に数多の魔法円が展開され、次々と隕石が降り注いでいく。
レヴェリアの再現魔法を【エルフ・リング】でもって召喚し、その上で【メテオ・スウォーム】を唱えたものだ。
【メテオ・スウォーム】を皮切りに、次々と繰り出されていく多種多様な攻撃魔法。
セタスが瓦礫の山と化すのも時間の問題であった。
『
オラリオ帰還後、白黒王女の手によってヘルメスはロールケーキの刑に処されました。
帰ってきていたリディスをはじめヘルメス・ファミリアの面々も参加し、ヘルメスの口に皆でロールケーキを突っ込んで大変な盛り上がりをみせました。