ジャガ丸くんを両手で持ち、はむはむ食べているアイズ。
そんな彼女をレヴェリアはにこにこ笑顔で見守っていた。
今日は
調教が始まるまでまだしばらく時間がある為、ジャガ丸くんを食べたいというアイズの要望にレヴェリアが応えた形である。
「そういえばレヴェリア」
ジャガ丸くんを食べる手を止めて、アイズは対面に座っているレヴェリアを呼ぶ。
すると彼女は心得たとばかりに頷きながら確認の意を込めて尋ねる。
「おかわりか?」
「そうじゃなくて……聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
レヴェリアが尋ねれば、アイズはこくりと首を縦に振ってみせる。
昨晩、久しぶりに両親の夢を見て、そこで父から「お前だけの英雄に巡り逢えるといいな」と言われたところで目が覚めた。
アイズとしては自分の英雄はレヴェリアだと確信しているが、これまで問いかけたことはなかった。
若干不安はあるものの、モヤモヤしたままでいるよりは聞いてみようと思った次第だ。
「私の英雄になってくれる?」
「いいぞ。交換条件で私からも一ついいか?」
即答してもらえたことにアイズは喜ぶも、レヴェリアの交換条件とやらに難しい顔となる。
レヴェリアのことだから絶対エッチなお願いだ――!
フレイヤとかヘイズとかアイシャとかクロエとかティオネとかから聞いたような、スッゴイことを要求されるに違いない――!
ちょくちょくデートはするものの、アイズに対してそういったことをレヴェリアは一切してこなかった。
フレイヤからは「手を出さないわけがないわ。だってレヴェリアだし」とお墨付きを貰っていたこともあり、アイズは焦らなかった。
ここにきて遂に、と彼女はドキドキしながら言葉を待つ。
だが、レヴェリアが告げた交換条件は予想だにしていないものであった。
「古来より英雄には精霊がつきものだ。だから、お前は私の精霊になってくれ」
ボンという音がしそうな程、アイズは顔どころか耳まで一瞬にして真っ赤に染まった。
アイズの脳裏に浮かんできたのは
レヴェリアの交換条件とは、まさしくそれであった。
恥ずかしくもあるが、込み上げてくる喜びはこれまで感じたことがない程に大きい。
「答えは?」
微笑みながらレヴェリアに問いかけられ、アイズは首を小さく縦に振ってみせた。
カールは美しい秘晶獣『カーバンクル』の雌である。
彼女を含め、高い知性と人のように心を持っている存在は
そんな
その小さな体躯を活かして、物陰に隠れて彼女はこっそり見つめていた。
視線の先にいるのは鬼神の如き強さでモンスターを蹂躙している見目麗しい女冒険者達――カールイチオシの面子である。
初めて見た時から虜となり、たびたび彼女達を尾行して会話や触れ合いなどを覗き見していた。
カール自身は言葉を発することはできないが理解はできる為、彼女達が何を言っているのかも正確に把握している。
今日は4人しかいないが、カールにとっては眼福だ。
「そういえば、遂にアイズも大人の階段を昇ってしまったんですねー」
ヘイズはしみじみと告げた。
先日の
それだけで何があったのかを誰もが察したのは言うまでもない。
「すごくすごかった。頭から爪先まで……とにかくすごかった」
あの時のことを思い出して顔を少し赤くしつつアイズは言った。
分かります、とレフィーヤはウンウンと頷いてみせる。
「まったく、あの人は……」
アスフィは呆れ顔で溜息を吐いてみせる。
「アスフィはすっごくいやらしいことをレヴェリア様とやってそうですねー」
「アホなことを言わないでください」
からかってきたヘイズに、アスフィはピシャリと告げる。
否定も肯定もしていないところがミソであった。
会話をしている間にも彼女達は効率的にモンスターを始末していく。
今回の目的はダンジョン篭もりではなく、アスフィが魔道具に使うドロップアイテムの収集だ。
そこまで深い階層でもない為、ちょうど手が空いていた面々に声を掛けて手伝ってもらっていた。
覗き見をしていたカールはアスフィ達に聞こえないよう切なく鳴く。
あの子達や今日はいない子達の胸に抱かれたい。できれば服の中に潜り込みたい――
男嫌いで女の子の百合のような香りが好きな彼女にとって、それは切実な願いだ。
できることならば連れ帰ってもらい、毎日お世話をしてほしいと常々思っている。
自分の容姿を活かせばチャンスはあると考えつつも、実行に移すことはできなかった。
カーバンクルという種族は瞬間的には第一級冒険者の結界の如き強度を発揮する『魔力壁』を展開できるのだが、あいにくと彼女達は非常識な強さを持っている。
不用意に近づけば斬撃が飛んできて、『魔力壁』ごとスパッと両断される可能性がとても高かった。
こっそり眺めるだけで満足していたカールであったが、今日の彼女は不運であり、そして幸運であった。
彼女が隠れている場所のすぐ近くで壁一面に罅が入った。
モンスターが出てくる、と察知したカールが離脱しようと動いた瞬間、天井の一部が崩落して目の前に落下してきた。
幸いにも彼女が崩落に巻き込まれることはなかったが、突然のことで足が止まってしまう。
そして、その僅かな時間で壁から大量のモンスターが生まれ出てしまう。
通常のモンスターにとって、
カールを発見したモンスター達は雄叫びを上げながら彼女へ迫る。
『ヤバッ!』となった彼女は『魔力壁』を自身を覆うように展開したところで閃いた。
この階層はカーバンクルの出現階層とは大きくズレている。
モンスターに追われている体で彼女達のところへ逃げれば、モンスターの排除を優先してくれる筈――たぶん。
落ち着いたところで仲間達から教わった服従のポーズをすれば、もしかしたら願いが叶うかも――
そこまで考えたカールは早速実行に移す。
自分の存在をアピールするべく大きく鳴いて、一目散にアスフィ達のところへ駆け出した。
「カーバンクルがモンスターに追われている? 妙ですね……」
その光景を目撃したアスフィは呟いた。
大量のモンスターを引き連れて、カーバンクルがこちらに駆けてきていた。
カーバンクルは『魔力壁』を展開しており、また悲鳴のように大きく鳴いている為、アスフィ達へモンスターを誘導しているわけではなさそうであった。
「どうしますー?」
問いかけたヘイズに、アスフィは答える。
「とりあえずカーバンクル以外のモンスターを叩きましょう」
彼女が指示を出した瞬間、ヘイズ達が動く。
そして、大量のモンスターは1分と掛からずに殲滅された。
「……逃げませんね、この子」
つぶらな瞳でこちらをじっと見つめているカーバンクルに対して、レフィーヤもまたじっと見つめながら呟いた。
一方、アイズは困惑していた。
有力な攻撃手段を持たず、『魔力壁』を張って逃げに徹するカーバンクルとはいえ、モンスターであることに変わりはない。
モンスター死すべし慈悲はない――それが信条のアイズであるが、目の前でちょこんと座っているカーバンクルからは忌避感や嫌悪感をまったく感じなかった。
こんなことは初めてであった。
「もしかして喋るモンスターだったりします?」
冗談めかしてヘイズはカーバンクルに問いかけた。
昔、ゼウスとヘラの眷族達が発見したという喋るモンスター。
その存在は与える影響が大き過ぎる為、世間一般に公表されていないどころか四派閥でも一部の者しか知らない情報だ。
アスフィ達はレヴェリアから教えられていたが、彼女も出会ったことがないという。
もしも出会った場合は報告するように、と併せて伝えられていた。
問いかけに対してカーバンクル――カールは言葉を話せないことをかつてない程に悔しく思いつつ、頷いてみせる。
「喋らない……いえ、喋れないのですか?」
アスフィの問いかけに、再びカールは頷いた。
その様子に、こちらの言葉は理解できているとアスフィ達は判断する。
「レヴェリア様に報告するのは確定だとして……この子、どうしますか?」
レフィーヤの問いかけに対して、真っ先に反応したのはカールだった。
彼女は仰向けになってお腹を見せた。
「……服従のポーズ?」
アイズの言葉に、カールは仰向けのまま首を縦に振ってみせる。
そんな彼女に対して、アスフィは告げる。
「あなたを害したりはしませんので、行ってください」
その言葉にカールは飛び起きて、キューキューと悲しそうに鳴きながらアスフィに近寄り、その足に頬ずりを始めた。
それを見たヘイズが屈んで、にこやかな笑みを浮かべて尋ねる。
「一緒に来ます?」
問いかけに、カールは大きく鳴いて頷いた。
「ヘイズさん、いいんですか?」
「大丈夫ですよ。他の冒険者に見られても調教したって言えば何とでもなりますし」
レフィーヤの問いかけに、ヘイズは答えながらカールへ手を差し出す。
待ってました、と言わんばかりに彼女が動く。
ヘイズの手のひらに収まるどころか、そのまま腕を駆け上がっていき肩に乗ったところで満足そうに鳴いた。
「可愛いのは正義だって神様達も仰っていますので、この子は正義です」
ふんす、と大きな胸を張ってみせるヘイズにアスフィは肩を竦めた。
一部始終を黙って見つめていたアイズは、意を決してカールへ恐る恐る手を伸ばす。
すると彼女はヘイズの肩からアイズの手のひらに飛び乗って、そのまま腕を駆け上って肩に行き、その頬に頬ずりをしてみせる。
おお、と感嘆の声を上げたアイズはその感触を率直に告げる。
「……ふわふわでもふもふ」
「アイズさん、次は私が……」
ウズウズしながらレフィーヤがアイズに頼む。
自由奔放な妹弟子達にアスフィは軽く溜息を吐き、そして自身の思いを素直に告げる。
「……私も触りたいです」
彼女も可愛いものは好きだった。