「いやー、皆さんガン見してきましたねー」
まいったまいった、と笑うヘイズ。
そんな彼女の頭にはカーバンクルのカールが乗っかっている。
ダンジョンから連れ帰る際、彼女は懐に入らず誰かしらの肩や頭の上に乗っていた。
帰路ですれ違った四派閥の団員達は面白そうなことをしているな、という反応が大半であり、そのうち女性冒険者の多くがカールを撫でたり抱きしめた。
それはカールが狙っていた展開であり、この為にあえて懐に入らなかったのである。
しかし、すれ違ったのは四派閥の面々だけではない。
むしろ、割合では四派閥以外の派閥に属する冒険者の方が多く、彼等彼女等はアスフィ達が連れているカーバンクルに仰天した。
カーバンクルとの遭遇がまず稀であるのに、逃すことなく調教した――というのは信じ難かったが、ここでアスフィ達の実力が幸いした。
あそこまで強ければそういうことも可能なのかもしれない、と冒険者達は考えたのだ。
また下手なことを言って目をつけられると厄介なことになりかねない為、深掘りはしなかった。
市民や神々も冒険者達と同じく、アスフィ達がカーバンクルを連れている光景に目を疑った。
だが、恐れたりすることはなかった。
それに加えてカーバンクルの容姿が美しい上、アスフィ達に懐いていたことも大きな理由だった。
「何事もなくホームに帰ってこれましたね」
「他派閥や神々から何か言われるかと思いましたが、そういうのも無かったですね」
レフィーヤ、アスフィの言葉を聞いてアイズはふんす、と胸を張る。
「大丈夫、この子は悪い子じゃない」
すっかり絆された彼女がそう言って、カールの頬を指でつつけばぺろり、と舌でアイズの指先を舐める。
そして、彼女はヘイズの頭から今度はアイズの頭の上に飛び移った。
「アイズに取られてしまいましたー! しくしくしく……」
泣き真似をするヘイズと頭にカールを乗せながらドヤ顔をするアイズ。
そんな2人に苦笑しながらアスフィとレフィーヤは告げる。
「さっさと行きますよ。今日はレヴェリア様は執務室にいらっしゃると思いますから」
「たぶんフレイヤ様もいますよね。今朝は出かけていませんでしたし」
わいわい騒ぎながら、4人はレヴェリアの執務室へ向かった。
その頃、執務室ではレヴェリアが書類仕事の手を休めて、フレイヤのほっぺを弄っていた。
これまで数え切れない程に弄ってきたが、飽きがこない極上の触り心地だ。
手のひらで餅をこねくり回すかのようにしてみたり、摘んでぐにぐにしてみたり。
私のもちもちほっぺをたっぷり堪能しなさい、と言わんばかりにされるがままのフレイヤ。
悪戯を仕掛けるのは基本彼女であるが、レヴェリアがやらないというわけでもない。
悪い笑みを浮かべた彼女は、フレイヤのもちもちほっぺを程よい感じに引っ張った。
「引っ張らないでー!」
「相変わらずよく伸びるなぁ……」
引っ張って戻してまた引っ張る、その繰り返し。
だが、フレイヤはやられっぱなしを良しとするわけがなかった。
頬を膨らませた彼女は片手でレヴェリアの片頬を、そしてもう一方の手で片耳を摘んだ。
「レヴェリア、あなたのもちもちほっぺとその長耳……たっぷりと弄ってあげるわ」
さぁこれから反撃だとフレイヤが手を動かそうとしたその時、扉が叩かれた。
誰何すればアスフィ達であった。
普通ならばここでやめるところだが、天下無敵のたわけ女神が気にするわけがない。
レヴェリアも分かっている為、フレイヤの好きに弄らせながら入室を許可した。
執務室に入ったアスフィ達の視界に飛び込んできたのは、レヴェリアの長耳と頬を弄りまくっているフレイヤの姿。
しかし、いつものことであるので誰も気にしなかった。
私も触りたいなぁとかレヴェリア様に触られたいなぁ、とか各々思ったりもしたが、それはさておき早速本題に入る。
レヴェリアとフレイヤの視線はアイズの頭の上に乗っているカーバンクルに注がれているので、単刀直入にアスフィは告げる。
「レヴェリア様、通常のモンスターとは極めて異なる個体と遭遇した為、本人……カーバンクルの希望を聞いた上で連れてきました」
「本人の希望を聞いた?」
レヴェリアの問いかけに答えたのはカーバンクル――カールであった。
彼女は一声鳴いて頷いてみせる。
「フレイヤ」
その行動を見たレヴェリアはすぐさま傍らにいるフレイヤの名を呼ぶ。
魂を視ることができるからこそ、何かしら違いがあるのかもしれない。
即座にフレイヤは答える。
「普通のモンスターではないわね。薄桃色で純粋な感じ」
その言葉を聞いたレヴェリアが片手を差し出せば、アイズの頭の上からカールはジャンプしてうまく手のひらに着地した。
そして彼女は手のひらに頬ずりした後、ぺろぺろと舌で舐め始める。
その愛らしさに、レヴェリアは頬を緩ませた。
「飼っていい?」
その様子を見ながらアイズが尋ねた。
対するレヴェリアは大きく頷いて宣言する。
「この子はうちの子だ。誰にも渡さない」
喋るモンスターの手がかりかもしれないなどではなく、ただ単純にカールが可愛いが為であった。
「フレイヤは?」
「勿論いいわよ」
フレイヤとレヴェリア、2人の許可が出たことにアイズとヘイズは喜んで互いにハイタッチ。
そこにレフィーヤも加わり、アスフィも少し恥ずかしがりながら交ざった。
だが、それで終わるフレイヤではなかった。
「でもでも、私のほうが可愛いから! ぽっと出のカーバンクルなんかには負けないわ!」
腕を組んでドヤ顔をしてみせるフレイヤ。
レヴェリアは軽く溜息を吐いて告げる。
「小動物と張り合うんじゃない。そもそも、この子とお前の可愛さではベクトルが違う。比較できるものではないだろう」
レヴェリアの嘘偽りのない言葉に、フレイヤは満面の笑みを浮かべてみせる。
そんな彼女を尻目に、レヴェリアはアスフィに告げる。
「アスフィ、必要な物品の調達に関しては一任する。団内へは私とフレイヤの連名で通知しておく」
「分かりました。ギルドはどうしますか?」
「後ほど、その子を連れて私が許可を取りに行くとしよう。
そのやり取りが終わると、レヴェリアの手のひらの上で大人しくしていたカールは動いた。
彼女はレヴェリアの腕を伝って肩の上に行くや否や、その頬をぺろりと一舐めした後、頭の上へ。
そして、そこで丸まって欠伸をかいた。
計画通り――と彼女は内心でほくそ笑みながら、睡魔に身を任せるのだった。
「本当に大丈夫なんだろうな……?」
ロイマンは机の上にいるカーバンクルを見ながら、対面のレヴェリアに問いかけた。
「問題ない。カーバンクルには有力な攻撃手段がないことくらいはお前も知っているだろう?」
「それはそうだが……市民や他勢力への影響だ」
「
その一言でロイマンはレヴェリアが言わんとしていることを察する。
ダンジョンから連れてきたモンスターを調教する様子を見世物としている時点で、市民や他国への影響など今更な話であった。
しかし、ロイマンはカーバンクルを一目見た瞬間から、ただのモンスターではないと直感していた。
喋るモンスターの件は彼も報告を受けていたからこそ、確認の意味を込めて尋ねる。
「だが、このカーバンクルは
その問いかけに対して、レヴェリアは肯定して答える。
「喋るモンスターに関係があるのかもしれないが、あいにくこの子は喋れない。だが、人の言葉を理解できる程に知性が高いのは間違いない」
「……喋れない、というのは幸いだったな。調教したモンスターで通しておく」
「頼む。それと、これは例の物だ」
レヴェリアが懐から差し出した小包をロイマンは受け取る。
賄賂のように見えるが、彼がレヴェリアに注文していた胃薬であった。
ロイマンの執政室から出て、レヴェリアが1階へ降りるとエイナが待っていた。
しかし、彼女はレヴェリアの頭の上にいるカールを見て瞬きした後、メガネを取って目を擦り、もう一度まじまじと見つめる。
レヴェリアがギルド本部にやってきた時、エイナはちょうど席を外していた為、見ていなかったのだ。
恐る恐るエイナは尋ねる。
「レヴェリア様……その、頭の上にいる子は……?」
「今度、うちで飼うことになったカーバンクルだ」
レヴェリアが答えると共に、カールも一声鳴いて右前足を軽く上げ挨拶をしてみせる。
その仕草の可愛さにエイナだけでなく他の受付嬢達も見惚れてしまう。
だが、エイナはハッと我に返って用件を告げる。
「ウラノス様がレヴェリア様にお会いしたい、と……」
「この子の件か?」
「おそらく……」
「分かった。このまま行こう。案内してくれないか?」
オラリオにやってきてそれなりに長いレヴェリアだが、ウラノスと会ったことはこれまでなかった。
ギルド本部の地下、『祈禱の間』にてレヴェリアはカールを腕に抱きながら、ウラノスと対面していた。
しかしながら、彼女はこの場にいるのが彼だけではないことに気がついていた。
アスフィが開発したハデスヘッドのような透明状態になれる効果を齎す魔道具でも使っているらしく、視覚的には見えないが、暗がりに1人隠れ潜んでいる。
ウラノスには私兵がいる、という噂が以前から度々あった為、レヴェリアは気にすることなく尋ねる。
「神ウラノス、用件は……この子、いや喋るモンスターか?」
「如何にも。件のモンスターを『
「……他にもいるということか?」
レヴェリアの問いかけにウラノスは肯定してみせる。
その答えに対して、彼女は軽く溜息を吐きながら尋ねる。
「
「通常のモンスターとは違い知性を有し、何よりも心を持っている。破壊や殺戮の衝動に支配されることもない……
「だが、善良な者しかいないわけではないだろう?」
レヴェリアからの指摘に対して、ウラノスは肯定しつつ告げる。
「否定はできない。だが、現時点で確認できている
「対話を望むのが遅過ぎる」
ウラノスもレヴェリアが言わんとしていることはよく理解できる。
人類とモンスターは殺し合う――その普遍の真理を覆そうとする自らの神意の方が異端であることも分かっていた。
「先程、
「ガネーシャ、ゼウス、ヘラ、ヘルメスの4柱だ」
なるほど、とレヴェリアは頷きつつ、単刀直入に問いかける。
「神ウラノスよ、あなたの目指す先は何だ?」
「人と
ウラノスの答えが予想通りであったことに、レヴェリアは大きな溜息を吐いてみせる。
確率はゼロではないが、限りなく不可能に近い話だ。
ラクダが針の穴を通る方がまだ確率があるんじゃないか、とレヴェリアは思いつつ、肩を竦めて言う。
「人類はモンスターとの戦いで血を流しすぎた。心があるモンスターとは共存しよう、などと言ったところで気が狂ったと思われるだけだろう」
レヴェリア個人としては
だが、人類と怪物の共存が10年20年どころか、100年1000年といった
最低でも争ってきた年月と同じか、あるいはそれ以上の年月を掛けて通常のモンスターとは違うことを示し続けてようやく糸口が見えてくるかもしれない、と彼女は予想する。
「神意は定まっているが、持て余している。無理難題であることに間違いはない」
レヴェリアの言葉に対して、ウラノスはあっさりと認めた。
その言葉を聞いたレヴェリアは、話の雲行きが怪しくなってきたことを感じ取る。
モンスターとの共存に協力させられるのではないか、と疑いの目を向けたところで、ウラノスが切り札を切った。
「一つ言い忘れていたが、人型のモンスターに限っていえば多くが
「……そうなのか?」
レヴェリアが問いかけたのはウラノスではなく、抱いているカールであった。
事の成り行きを静かに見守っていた彼女は、肯定するかのように鳴いてみせる。
そこへ更にウラノスは告げる。
「通常のモンスターであるならば……例えばセイレーンやハーピィは人型であっても醜悪だが、
ピクリ、とレヴェリアの長耳が動いたのをウラノスと隠れ潜む者――フェルズ、そしてカールは見た。
程なくして、レヴェリアは何気なく問いかける。
「……例えばだが、ダンジョン内で補給等のサポートを
「可能だ」
「それならば話は別だ。やれるだけやってみるが……期待はしないでくれ」
カールを撫でながら、レヴェリアは澄まし顔で告げるのだった。
レヴェリアは人外娘も大好物。
一連のやり取りを見ていたフェルズの感想
「色ボケもあそこまでいくと、ある種の清々しさがあるような気がする」