「【神武闘征】――【フツノミタマ】!」
莫大な魔力が解放され、巨大な剣が天より現れた。
深紫の光剣は敵――レヴェリアの足元に突き立てられた。
半径50Mにも及ぶ効果範囲を持つ、ヤマト・命の重圧魔法。
格上の敵ですら足止めできるが、強力であるがゆえに閉鎖空間――ダンジョン内ではなるべく使わないようタケミカヅチに言われている代物だ。
だが、ここはフレイヤ・ファミリアのホームにある広大な原野。
それ故に一切の躊躇なく、命は初手から放っていた。
彼女は仲間達へ事前に伝えてはいたものの、それでも実際に使用されるとなると驚きは大きい。
人に対して使用されたのは初めてである為だ。
レヴェリア対タケミカヅチ・ファミリア――その模擬戦の開幕であった。
今回、模擬戦へ至った理由は春姫がレヴェリアへ命達を鍛えてほしい、と頼んできた為だ。
命との再会後、春姫はタケミカヅチ・ファミリアのホームへ赴き、カシマ・桜花達とも再会を果たしている。
彼等彼女等の為、どうにか力になりたいという春姫の思いによるものであった。
レヴェリアは快諾しつつも、対価として魔法が発現している者がいた場合はその効果や詠唱などの開示を求めた。
もしもいなかった場合、春姫からの依頼という体裁にして彼女に適当な報酬を支払ってもらおうと考えた。
幸いにも命が魔法を発現していた為、それを教えてもらうことで話がついた。
もしも春姫に払ってもらう場合、レヴェリアは適当なコスプレをして給仕でもしてもらおうと考えていた為、命によって救われた形だ。
もっとも、春姫からすればその報酬でも問題なかったのだが。
「ほう……! 素晴らしいな、これは……!」
重力結界に囚われたレヴェリアは感嘆の声を上げ、対するタケミカヅチ・ファミリアの面々は驚愕に目を見開く。
命の【フツノミタマ】を受けながらも、レヴェリアは倒れるどころか膝をつくこともよろめくこともせず、平然と立っていた。
「これが『頂天』か……!」
団長の桜花は呟き、得物を握る手に力が入る。
そんな彼に対して心配げな視線を送りつつも、ヒタチ・千草もレヴェリアが抜け出してきたならば即座に射るべく、弓を構えた。
他の面々もまた各々の得物を構え、レヴェリアの次の行動を注視していた。
今回の模擬戦を観戦しているのは言い出しっぺの春姫だけでなく、少し離れたところにいるアルフィアだ。
会いたくなったからきた、今から出かけるぞとやってくるなり宣言した彼女であるが、先約があるからとレヴェリアが言ってきた。
私よりも大事な用事なのか、とアルフィアは問い詰めながら、レヴェリアの長耳を引っ張ったり頬を突くなどをしていたところ、タケミカヅチ・ファミリアの面々がやってきた。
彼等彼女等からすればフレイヤ・ファミリアにやってきたら、ヘラ・ファミリアの【静寂】がレヴェリアと乳繰り合っている場面に出くわした形だ。
2人がそういう関係であることは、タケミカヅチ・ファミリアの面々も噂に聞いていたが、実際に目の当たりにした際の衝撃は筆舌に尽くしがたいものがあった。
ともあれ、その流れでアルフィアも観戦することになったのである。
そんな彼女は初手から魔法を使った命に対して良い判断だと思いつつ、次なる一手がまったく打てていないことに眉を顰める。
範囲内に入ったモノ全てに効果が及ぶゆえ、結界の外から攻撃を加えようとも重力に捻じ曲げられてしまい届かない。
かといって結界の中に入って直接攻撃するなど論外であった。
自分の魔法ならば届くかもしれない、とアルフィアは考えつつ、【フツノミタマ】は足止めに特化した有用な魔法だ、と結論づけた。
「ふむ……どうやら結界内に攻撃を届かせることはできないようだな」
タケミカヅチ・ファミリアの面々を見回し、レヴェリアは確信をもって告げた。
そして、アルフィアへ視線を送った。
「【
瞬間、放たれた音の砲撃。
だが、予期していたレヴェリアは大きく後ろに跳んで避けた。
アルフィアならばやってくれるという確信があったからこそ、迅速であった。
「重力が変化しようとも、音には関係がないらしいな」
そんな事を呟きながら、レヴェリアは涼しい顔でわざわざ結界の中央に歩いて戻ってきた。
「次は【ジェノス・アンジェラス】を叩き込むか?」
「それは今度、ダンジョンでな」
物騒な発言をするアルフィアに対して、レヴェリアは答えながらそのまま歩いて命達の方へ向かう。
あっという間にレヴェリアは結界を抜けてしまった。
「さて、次はどうする?」
彼女の問いかけに、反射的にタケミカヅチ・ファミリアの面々は動いた。
タケミカヅチに鍛えられた彼等彼女等はレベル1であっても、『技と駆け引き』はその範疇には収まらない。
千草が牽制として矢を連射する中、桜花を先頭に団員達が四方より迫る。
だが、右肩へ向けて一番に飛んできた矢をレヴェリアは難なく片手で射付節のあたりを掴み、そのまま千草目掛けて投げ返しながら、残る矢を身体を軽く横にずらして回避。
その最中、放たれた時以上の速さで返された矢を彼女は避けることができず、矢はその腹部に深々と突き刺さった。
激痛に悲鳴を上げ、レヴェリアの目前にまで迫った桜花達の動きが鈍り、振り返ってしまった。
「私を前に余所見をするとは、随分と余裕があるな?」
その声に桜花達は己の失策に気づいたが、もう遅かった。
「春姫殿……どうしてフレイヤ・ファミリアが強いのか、その理由がよく分かった気がします」
何とも言えぬ微妙な顔で命が告げれば、春姫は苦笑する。
模擬戦は2時間程で終わり、講評後にレヴェリアはアルフィアに連れられていった為、既にこの場にはいない。
模擬戦にて、タケミカヅチ・ファミリアの面々が瀕死の重傷を負った回数は数え切れない。
覚悟していたとはいえ、手や足が飛んでいったりするのを何度も目にした時はモンスターと戦う方がマシではないか、と彼等彼女等は大なり小なり思った程だ。
「だが、効率が良いのは間違いない。色々なモノを投げ捨てているような気はするが……」
桜花の言葉に命も含め、タケミカヅチ・ファミリアの面々は頷いてみせる。
継続できる意思があれば、最高効率で強くなれる――今回の模擬戦で彼等彼女等は実感していた。
強くなれば潜れる階層も深くなり、稼ぎも増える。
そうなれば社への仕送りも増え、困窮した生活から抜け出せるかもしれない。
とはいえ、レヴェリアが毎回模擬戦をしてくれるわけがないことも理解していた。
正式に依頼でも出せば話は別だが、レヴェリアを動かすとなるとその報酬はどれほど必要になるか想像もつかない。
そういったところには春姫も気づいていた。
「実は提案があります」
春姫の言葉に桜花達は顔を見合わせ、命が代表して問いかけた。
「春姫殿、提案とは?」
「不定期ですが、ダンジョン篭もりを実施することがあります。私もサポーターとして同行しているのですが、その際、皆さんも一緒にサポーターとして来ていただければ……合間に鍛錬していただくことも可能かもしれません」
春姫はリリルカから聞いたことがあった。
レヴェリア達にサポーターとして雇われて、そのまま鍛えてもらったことを。
そして、それが自分にとって大きな転機となった、と。
「それは大変有り難いのですが……その、よろしいのですか?」
「駄目で元々、とりあえず試してみることが大事だとレヴェリア様達から教わりました。ですので、春姫もその精神で聞くだけ聞いてみます」
おずおずと問いかけた命に対して、にこりと微笑んで春姫は答えた。
詠唱速度向上など魔法に関連することを中心に鍛え、また性格的に戦闘には不向きであることを考慮しつつも最低限の自衛戦闘はこなせるよう、レヴェリアや姉弟子達からアレコレ教わってきた。
その中にあった教えの一つがそれであった。
その後、ダンジョン篭もりの際にサポーターとしてタケミカヅチ・ファミリアが同行することをレヴェリアはあっさりと許可した。
しかしながら、春姫は気づいていなかった。
彼女もまたフレイヤ・ファミリアに染まっていたが故、世間一般の価値基準とはズレていたことに。
「春姫殿ぉ!?」
「大丈夫だよ、命ちゃん。私も早い時期からここまで来て、サポーターとして働いていたから」
叫ぶ命に対して、春姫は柔和な笑みを浮かべながらも手慣れた様子で魔石やドロップアイテムを集めていく。
その最中、自身の真横にモンスターの首が落ちてきたが、気にも留めない。
ここは51階層の正規ルートから外れたところにある広大なルーム。
かつてのリリルカと同じように、戦乙女達に背負われてタケミカヅチ・ファミリアの面々はここまで連れて来られていた。
彼等彼女等の事情についてはレヴェリアがアスフィ達にも当然共有していた。
春姫の幼馴染ということもあって、わりと皆やる気に満ちていた。
かつてのリリルカと同じようにレヴェリアと弟子達全員参加でのダンジョン篭もり――という体での、タケミカヅチ・ファミリア育成及び金策と相成ったのである。
なお、昔を思い出してリリルカは遠い目になっていたのは言うまでもない。
「桜花さん、どうですかー? あのモンスターとサシで戦ってみたりとか……千草さんにアピールをするチャンスですよー?」
「からかうのはやめてくれ!」
ここに来るまでに命や春姫から色々と聞いていたヘイズがからかい混じりに問いかければ、桜花はそう返した。
2人の会話が聞こえた千草はちょっぴり残念そうな顔となった。
その様子を見ていた命は、あることに気がついてしまった。
「春姫殿、もしかして……タケミカヅチ・ファミリアの到達階層が51階層になったりしますか?」
「あ、そこらへんも大丈夫。こういう場合はギルドの公式記録にはならないよ。だから税金対策もバッチリだよ」
ぐっと親指を立て、春姫は笑ってみせた。
それを見て、春姫殿もフレイヤ・ファミリアなのだ、と命は改めて実感するのだった。