それはヴェルフ・クロッゾが13歳の時だった。
「ふざけろっ……!」
ヴェルフは思わず呟いた。
ヘファイストス・ファミリアに入団以来、何度似たような言葉を言ったか分からないが、今回は特大だった。
「実のところ、通常の魔剣の方が使い勝手が良いんだがな……」
そんな彼に対して、苦笑しながらレヴェリアは告げた。
彼女はヘファイストス・ファミリアの団員達からすれば鍛冶専業でもないのに、とんでもねぇ作品を作って持ってくるふざけたあんちくしょうである。
ヴェルフもその事は当然知っている。
レヴェリアが作品を買い取ってほしいと持ってきた際、ヘファイストスに誘われて買取査定に同席したこともあった。
魔剣を持ってきたこともあり、その際はツッコミを入れてしまったこともある。
過去のラキアによるやらかしから、エルフはクロッゾの魔剣を忌み嫌っており、その繋がりで魔剣自体に良いイメージを持っていないと聞いたことがあったからだ。
だが、今回は買取査定ではない。
【
レヴェリアが死蔵している色んなものを見せて、彼に刺激を与えようというのがヘファイストスの狙いだ。
そんなヴェルフに対して、レヴェリアが出したものは『折れない魔剣』だった。
世界に与える影響が大きすぎるが故に非公表としているものであり、フレイヤ以外ではヘファイストスにしか伝えていない代物だ。
『折れない魔剣』はガセネタの代名詞であるのだが、他ならぬヘファイストスが認めているのならば、ヴェルフも信じざるを得ない。
しかし、通常の――すなわち、折れる魔剣の方が使い勝手がいい、というレヴェリアの発言を彼は認められない。
武器は使い手の半身であり、武器だけは使い手を裏切ってはいけない――それが彼の信念であるが故に。
「魔剣が砕ける原因は内包された魔力が無くなることで、剣としての形を保てなくなる……その事は知っているな?」
「当たり前だ」
「この折れない魔剣は使用者から精神力を吸収して糧とする。その為か、威力も使用者の【魔力】に依存してしまうが……」
事も無げに語るレヴェリアだが、ヴェルフは息を呑む。
その考えに行き着いた鍛冶師は他にもいたかもしれないが、完成させた者がいなかったことは間違いない。
もしも『折れない魔剣』が世に送り出されていたのならば、世界の中心と称されるオラリオに、ましてやヘファイストス・ファミリアに情報が入ってこない筈がない。
レヴェリアは更に告げる。
「そもそも名称と形状が紛らわしい。魔剣は斬る為の剣ではなく、その本質は攻撃型の使い捨て魔道具だ。魔剣とは鍛冶師が作製できる魔道具だと私は思っている」
「あー……」
ヴェルフは何とも言えない顔となって、頭をかく。
そう言われると確かにそうであった。
「というわけで、こういうものを作ってみた」
そう言いながらレヴェリアが出してきたのは、手のひらサイズのオモチャにしか見えない剣であった。
ヴェルフは一目見て、それがオモチャではないことを見抜いてしまう。
だが、念には念を入れて彼は尋ねる。
「これも魔剣なのか?」
「魔剣だ。折れる方のな。持ち歩くには小型軽量であればあるほど良いだろう?」
「いや、まあ、それはそうなんだが……」
ヴェルフは再び頭をかきながら気がつく。
手のひらサイズの魔剣も世に広まったら大変なことになるのではないか、と。
小型軽量であるということは便利であるがその分、悪いことにも使えてしまうわけで。
しかもレヴェリア謹製となれば、恐ろしい威力であることは間違いないだろう。
「世に出したらマズイことになるから、倉庫にしまい込んでいる。持って行くのは間引きとか合同遠征とか、そういう場面だ」
なるほど、とヴェルフが頷いたところでレヴェリアは更に言葉を紡ぐ。
「話は戻るんだが、折れない魔剣は魔剣の良いところを殺してしまっている」
「精神力の消耗と威力が【魔力】に依存するからか?」
「そうだ。【魔力】依存も威力の不安定化を招くという点で問題だが、精神力の消耗はダンジョン探索では大きな枷となってしまう」
時間経過や専用の回復薬で精神力は回復できるとはいえ、消耗を抑制できるならばその方が良い――そのように彼女は補足した。
その言葉を聞いて、ヴェルフは顎に手を当てて考え込む。
折れない魔剣は自身の信念に沿っているが、レヴェリアの指摘もまた道理であると彼は思う。
そして、彼女が自分にどうして欲しいのかもだいたい察した。
「つまり、折れない魔剣の欠点を解消したものを作ればいいんだな?」
「そうだ。お前がその身に流れる血を嫌うのは知っているが、コレはお前にしかできないことだと思う」
そう告げたレヴェリアは少しの間を置いて、意地悪な笑みを浮かべてみせる。
「
消耗なく使える折れない魔剣を作り上げれば、間違いなく初代クロッゾを超えたといえるだろう。
何ならレヴェリアをも超えたといえる。
彼女とて、その魔剣は作り出せていないのだから。
ヴェルフは獰猛な笑みを浮かべ、両拳を握りしめて決意の言葉を口にする。
「上等だ。それくらいできないと届かねぇ……!」
彼は折れる魔剣が嫌いだ。
だが、折れない魔剣の実物を出された上に、それを超えるモノを作り出せ、初代を超えろ――そんな発破をかけられて、奮い立たないわけがなかった。
ヴェルフの決意に、レヴェリアは満足気な笑みを浮かべて頷いた。
そして、彼女は告げる。
「参考になるかは分からんが、私が作って満足して倉庫にしまい込んだままとなっている武具を見せよう。神ヘファイストスからはそこまで頼まれているからな」
「ヘファイストス様が……」
「意外と相思相愛かもしれんぞ? そのように頼まれたのは今回が初めてだからな」
「なっ……!? バカなことを言うんじゃねぇよ!」
レヴェリアのからかいに羞恥のあまり声を荒げるヴェルフ。
そんな彼にくつくつと笑いつつ、彼女は更に告げる。
「女神を口説くコツは己を貫いて、我武者羅に突っ走ることだ」
ヴェルフは思わずレヴェリアを凝視した。
すると彼女は微笑んで、ウィンクしてみせたところである事を思い出して尋ねる。
「そういえば、お前はまだレベル1だったな?」
「……だったらどうした?」
問いかけに対して、若干間を開けてヴェルフは答えた。
魔剣を打てるにも関わらず、己の信念に従って打たない彼は派閥内では良くも悪くも浮いた存在だ。
ヘファイストスや団長の椿はよくかまっているが、それがまた他の鍛冶師達にとっては面白くない。
そういった事情でヴェルフはダンジョンに潜る際、同僚達から仲間外れにされており、かといってソロで潜るわけにもいかず八方塞がりとなっていた。
「死蔵品を見た後、ダンジョンに行くぞ」
にっこり笑顔で宣うレヴェリアに対して、ヴェルフは察した。
これはダンジョン篭りのお誘いでは?
頭のネジが外れる代わりに、効率的に強くなれるって噂の――!
その事が脳裏に過ったヴェルフ。
だが彼は鍛冶師として大成したいのであって、戦士として強くなりたいというわけではない。
ついでに言えば頭のネジも外れたくない。
手足が千切れても臓物をぶち撒けても、死んでいなければレヴェリアの治癒魔法があるから問題ないな、ヨシ!
そんな思考にはなりたくなかった。
もっとも、そんな思考の連中がいっぱいいるおかげでベヒーモス、リヴァイアサンは討伐され、黒竜にも王手がかかっているのは素直に喜ばしいことだが、彼個人としては戦う者ではなく創る者でありたい。
「せっかくだが……」
「断れると思っているのか?」
断ると言おうとしたヴェルフを遮って、レヴェリアは涼しい顔で問いかけた。
そして、彼が何かを言う前に彼女は畳み掛ける。
「知っているだろうが、鍛冶師であってもレベルは高ければ高いほど良い。椿が打った作品は出来がまったく違うだろう?」
その問いかけに対して、ヴェルフは静かに頷いてみせる。
かつての派閥大戦時、椿・コルブランドはレベル3であった。
大戦後、レベル4へランクアップした彼女は己の作品をもっと試したい、と合宿や間引きに積極的に参加し始めた。
それから斬ったり斬られたりしていく中で順調にランクアップをしていき、昨年遂にレベル8へ至った。
その結果、四派閥合同遠征には鍛冶師兼補助戦力として、ヘファイストス・ファミリアから唯一参加するまでになっていた。
そして、そんな彼女の打つ作品達はヘファイストスが『良い出来栄え』と評価する程だった。
「当たり前のことだが、ランクアップを繰り返せば修得できる発展アビリティは増える。先祖に挑む前に、まずは己の器を拡げてみたらどうだ?」
にやり、と笑って挑発的に言ってくるレヴェリアに、ヴェルフは深く溜息を吐く。
「……ヘファイストス様はそこまであんたに頼んでいたのか?」
「いや、違う。作品を見せてほしいというところまでだ。ランクアップに関しては私の善意だな」
そこらの冒険者だったならば泣いて喜ぶだろう。
レヴェリアの指導を乗り越えられれば大成する――巷ではそのように囁かれている。
その理由としては、アスフィを筆頭とした弟子達という実績があるのが大きい。
またフレイヤ・ファミリアに所属していない外部弟子では、ディアンケヒト・ファミリアのアミッドが有名だ。
彼女は3年前からレヴェリアに師事し、以後順調にランクアップを重ねていた。
ヴェルフは両手で自身の頬を叩いて、己に活を入れる。
「分かった、よろしく頼む」
そう答え、ヴェルフは頭を下げるのだった。
今年で17歳となったヴェルフは作業が一区切りついたことで、小休止に入るべく背筋を思いっきり伸ばす。
そして、壁に掛かったカレンダーを何気なく見て、ふと気がつく。
「もう4年か……」
自身にとって、転機となったあの日のことは今でも鮮明に思い出せる。
レヴェリアが見せてくれた死蔵品の数々はとんでもなかった。
そこには作っただけで満足した普通の武具から浪漫に溢れるものまで様々なモノがあった。
ヴェルフの目を引いたのは、折れない魔剣を物理攻撃型へ進化させたものだ。
それは『使い手の精神力を無尽蔵に吸って、強固な光の刃を形成する杖』であったが、試験により実戦では使い物にならないと判明して、倉庫にしまい込まれたというオチだった。
私は大魔王じゃないから扱えなくても仕方がない、とレヴェリアが変な事を言っていたのが妙に印象的だった。
ともあれ、そこまでは良かったのだが、その後のダンジョンは全体的に酷いものだった。
インファント・ドラゴンと一騎打ちをさせられた時は、俺は鍛冶師だって言ってんだろうが、とヤケクソ気味に叫んだ程だ。
レヴェリアからの治癒魔法による支援もあった為、どうにかこうにか倒したものの、それだけで終わらなかった。
そのおかげでランクアップをしてレベル2となり、【鍛冶】も修得できたのだが――それからも不定期にダンジョン篭りに連れて行かれただけでなく、椿に引きずられて合宿にも毎回参加させられる羽目になった。
どれほど死にかけたか数え切れないが、その甲斐はあった。
「俺がレベル5とか……未だに信じられねぇ」
先週、彼はレベル5へランクアップを果たしていた。
だが、合宿に参加したことで得たモノはランクアップだけに留まらない。
まず同僚達から向けられる視線が変わった。
これまでの嫉妬とか羨望とかではなく、畏敬の念が篭ったものになったのだ。
そして、もっとも大きな成果は、四派閥をはじめとした色んな派閥の面々と顔馴染みとなったこと。
ヴェルフにとって嬉しかったことは、彼等彼女等はクロッゾであることなどまったく気にせず、椿が連れてきたやる気のある新米としか認識しなかったことだ。
良くも悪くもぶっ飛んでいて面白い連中ばかりであるが、特にヴェルフと気が合ったのは――
その時、扉が叩かれた。
「おう、開いてるぜ」
ヴェルフが声を掛ければ、扉がゆっくり開いた。
そこに立っていたのは白髪に深紅の瞳が特徴的なヒューマン――ベル・クラネルだ。
「ヴェルフ、剣と防具の整備……お願いしてもいい?」
「勿論だ。まあ入れよ。茶くらい出すぜ」
ヴェルフは二つ返事で引き受けながら、ベルを工房へ招き入れた。
4年前、10歳のベルはゼウス・ファミリアの新米だった。
彼とヴェルフは合宿の大休止中に、同じ新米かつ年齢も比較的近いということで話が盛り上がったのだが、その最中にヴェルフが告げたのだ。
専属鍛冶師はまだいないのか? なら俺がなってやるよ。
えっとじゃあ、お願いします――
ヴェルフの申し出にベルが応じて、そこで契約が結ばれていた。
もっとも、それからベルがたった2年でレベル7に至るとは、ヴェルフもまったく予想していなかったが。
「で、ベル。【疾風】との進捗はどうなんだ?」
「ヴェルフこそ、ヘファイストス様との進捗は?」
互いに尋ねて2人揃って苦笑い。
その様子はまるで兄弟のようであった。