ベル・クラネルは緊張の極みにあった。
これまで何度も経験したことだが、いつまで経っても慣れることはないと彼は確信していた。
「お待たせしました」
やがて彼の前に現れたのはリュー・リオン。
ベルが一途に思い続けている相手であり、緊張のあまり顔が少し強張っている彼とは裏腹に常と変わらぬクールな表情だ。
しかしながら、やってきたのは彼女だけではない。
その背後、少しだけ開いた扉から見え隠れしているアリーゼを筆頭としたアストレア・ファミリアの団員達。
声こそ出していないが、表情とジェスチャーからベルを応援していることが容易に分かった。
これもまた毎回のことだが、ベルは余計に羞恥を感じてしまう。
「……後ろは気にしないで下さい」
リューもまた慣れたものだ。
しかし、彼女はベルが自身へ恋心を抱いているなどとはまったく考えていない。
ベルは10歳の時にゼウス・ファミリアへ入団し、僅か2年でレベル7へ至った。
14歳の今ではレベル9に至っており、さらなる高み――レベル10が見え始めていた。
4年でレベル9とか、アルフィアやレヴェリア様よりもこの子がぶっちぎりでヤバいのでは――?
そんな具合に神々の間では評判である。
また、その容姿の愛らしさと性格の良さ、腕っぷしの強さにより男性冒険者ランキングでは常に上位に位置している。
とどのつまり、彼は半端なくモテるのだ。
リューとしては自分のような者にかまっているよりも、もっと素敵な女性に時間を費やした方がいいのではないかと常々思っている。
度を超えた潔癖かつ恋愛観をこじらせまくっている為、同胞からもドン引きされるが彼女も乙女である。
年月を経ても変わることなく、自分のところへ来てくれるベルを心の奥底では好ましく思っていた。
彼女がこういう思いを抱くのは彼が初めてだ。
今日は何の用事だろうか、とリュー自身も知らず知らずに心を弾ませながら、彼の顔を見つめる。
その視線を受けて、緊張の極みにあったベルは意を決して告げる。
「リューさん……今度の怪物祭、僕と一緒に行ってくれませんか?」
デート! デートよ! 今年からベルは積極的になったわね! 何回目かしら?
今回で5回目じゃないか? ていうか、うるさい。あほ団長。
どこぞの色ボケ色情狂弩変態妖精の積極性をほんの少しだけ見習ってほしいくらいですねぇ、このポンコツ鈍感妖精め。
リューの背後からアリーゼ達の声が小さく聞こえてきた。
ベルだけでなくリューにも当然聞こえているのだが、彼女は怒るよりも彼への答えを優先した。
「構いませんよ。そして、申し訳ありません……少し、話をしてきますので」
ベルの誘いに、リューはあっさりと承諾した後、背後に向き直った。
憤怒の形相を浮かべた彼女がアリーゼ達を睨みつける。
「きゃー! リオンが怒ったわ!」
「毎回怒っているだろ。毎回やっているアタシらもアレだけど」
「お前が誘いを受けている時点で、心の奥では答えが出ているだろうに……ぶわああああああぁぁぁかめぇ!」
いけしゃあしゃあと宣う彼女達に、リューは飛びかかっていく。
わーわーぎゃーぎゃー騒ぐアストレア・ファミリアの面々を見ながら、ベルは苦笑してしまう。
こうなるのは毎回のことだった。
ヘファイストスを前にして、ヴェルフ・クロッゾは極度の緊張状態にあった。
喉はカラカラに乾いて嫌な汗が背筋を伝い、心臓は早鐘を打つ。
こうなったのは数日前、ベルが工房にやってきた時のことだ。
そういえばヴェルフ、今度の怪物祭……ヘファイストス様と一緒に行ってみたら?
そんな提案をしてきただけでなく、僕はリューさんを誘ってみるよ、と付け足してきた。
柄じゃないとヴェルフは言ったものの、それは照れ隠しだ。
想い人とデートしたくないわけがない。
ヴェルフのそういった心情も同性であるからこそベルは理解できた為、彼の背中を押しに押した。
その結果、ヴェルフはヘファイストスをデートに誘うことを決意したのである。
彼の人生において、女性をデートに誘うなど初めてのことだった。
緊張の極みにある彼を見て、ヘファイストスはくすりと笑う。
「それで、何の用?」
彼女からの問いかけに、ヴェルフは大きく息を吸って吐く。
そして、彼は意を決して告げる。
「ヘファイストス様、今度の怪物祭……俺と一緒に行ってください!」
勢いよく彼が頭を下げたところで、ヘファイストスは答えた。
「いいわよ」
「……へ?」
あっさり承諾され、思わず顔を上げたヴェルフ。
間の抜けた顔をしている彼を見て、再びヘファイストスはくすりと笑う。
「偶にはそういう息抜きがあってもいいと思うわ」
そう伝えて、ヘファイストスは左目でウィンクしてみせた。
ヴェルフは嬉しさやら恥ずかしさやらで何も言えなかった。
そんな彼の様子に、彼女はくすくすと笑うのだった。
「……じー」
わざわざ擬音にして、あなたを見ています、とこれでもかと伝えているのはシルである。
デメテル・ファミリアのレストランにてレヴェリアが座った席の対面に座り、ある事を言って欲しそうな感じを全面に出していた。
昼時を外した時間帯である為、彼女がこうやってサボっていても大丈夫だ。
シルが求めるものが何か、レヴェリアは当然理解しているが食事を優先する。
そもそも事の発端はフレイヤだ。
シルがレヴェリアと一緒に怪物祭に行きたがっていたのよ。
私にジャンケンで勝てたらいいわよって言ってジャンケンをしたら……あの子が勝っちゃったの。
だから私を慰めて――
またアホなことをやっているな、とレヴェリアが呆れたのは言うまでもない。
それはさておき、
注文した料理を全て食べ終えたところで、レヴェリアは
「コーヒーを頼む」
「じーーーー! じーーーー!」
「今日は虫がよく鳴いているな」
涼しい顔で告げたレヴェリアに対して、シルは頬を膨らませながら席を立つ。
数分と経たずに彼女は戻ってきた。
コーヒーの入ったマグカップをレヴェリアの前に置くや否や、再び対面に座った。
「レヴェリアさんー? 私を手籠めにしてあんな事やこんな事をしているレヴェリアさんー?」
不満げな顔のシルだが、しかしレヴェリアは動じない。
食後のコーヒーをじっくり味わった後、ようやく彼女はシルに視線を向ける。
「シル、今度の怪物祭だが……一緒に行かないか?」
「いいですよ! ですけど! 私を散々弄んだ罰として、この後デートしてください! 今日の勤務はもうすぐ終わるので!」
待ちに待ったデートの誘いに即答しつつ、追加の要求をするシルに対してレヴェリアはくすりと笑う。
「構わないぞ。今夜は帰さないからな」
「もうー! エッチ! スケベ! 変態!」
レヴェリアからの欲望丸出しの要求に対して、笑いながらシルは遠慮なくそう返すのだった。
レヴェリアは自身の腕を枕にして、身体にしがみついて眠るシルを穏やかな表情で見つめていた。
2人がこのような関係になったのは6年程前だ。
ファンを自称し、明確に好意をぶつけてきていたシルに対して、レヴェリアが手を出さないわけがなかった。
そんなレヴェリアだが、シルの重大な秘密に気づいていた。
シルと出会ったのは7年程前のこと。
フレイヤが
フレイヤが街娘として生まれていたら、こんな感じかもしれない――当時レヴェリアはシルに対して思っていたが、次第に違和感を覚えた。
まずシルは出会った当時から今に至るまで容姿に一切変化がない。
エルフであるならばまだしも、彼女はヒューマンである。
またその背に恩恵が刻まれているわけではない為、高レベル冒険者のように全盛期の期間が長くなる――すなわち、老化が遅くなるという副次効果を得ているわけではない。
観察力――特に女性相手――には自信があるレヴェリアだが、こんな輩はシルが初めてだ。
また、シルには大きな二面性がある。
誰しも二面性はあるものだが、彼女の場合は
振る舞いや言葉遣いなど表面的にはどちらもほぼ同じだが、言葉や行動の端々に違いが出ていた。
何らかの精神的な病による二重人格的なものかもしれない、と考え、アミッドに事情を説明して、健康診断という形でシルを診察してもらったが、結果は問題なしであった。
こういったことから、小悪魔的な性格のシルと極めて献身的かつ愛が重いヤンデレなシルの2人がいるとレヴェリアは確信している。
通常は前者が出ており、後者は稀にしか出てこないのだが今回、デートをしたのは後者だった。
デメテル・ファミリアのレストランで会話をしていた時は小悪魔的なシルだったが、勤務終了後に合流した時はヤンデレなシルであった。
他にも様々な事柄――ベッド上での振る舞いや技量なども含む――から何となく予想はついているが、シルの秘密を解き明かす必要性をレヴェリアは感じていなかった。
シルはシルであり、それで十分だ。
今回のデートも他愛のない話をしながら服飾店や雑貨店などを回り、夕食を共にして宿に入り、肌を重ねた。
ヤンデレなシルは飢えた獣のように激しく強く求めてくる。
また、彼女の時は名前を呼ばれながらの行為がとても強く感じるらしく、レヴェリアは名前をたくさん呼びながら愛を囁くことにしていた。
今回もそうしたので激しくなったのは言うまでもない。
レヴェリアはシルを自らへより抱き寄せ、その唇に軽く口付ければ身動ぎした。
やがてシルは瞼を開け、レヴェリアと視線が交差する。
小悪魔的なシルに伝える機会は多いが、ヤンデレなシルは稀にしか出てこない。
ならば、今伝えておくべきだとレヴェリアは確信して言葉を紡ぐ。
「たとえ誰であろうとも……私にとって、お前は街娘のシルだ」
その言葉にシルは大きく目を見開いたが、言葉を告げることはできなかった。
レヴェリアが彼女に口付けし、そのまま貪り始めた為に。
それから程なくして、室内には嬌声が木霊した。
「アパートまで送っていただいて、ありがとうございます」
「気にするな。私がそうしたかっただけさ」
頭を下げるシルに対して、レヴェリアは微笑みを浮かべてそう返す。
シルが住んでいるアパートまで送るのは毎回のことだ。
早朝ということもあり、2人以外誰もいない。
シルが頭を上げたところで、レヴェリアはおもむろに彼女の頬へ手を伸ばし、優しく触れて数回撫でる。
そして、そのまま顔を近づけて彼女の唇を奪う。
シルは拒むことはなく目を閉じて、口内へ入り込んできたレヴェリアの長い舌に自分の舌を絡ませる。
与えられる快感と溢れ出す多幸感に溺れ、やがてシルが身体を大きく震わせたところでレヴェリアが離れた。
彼女は名残を惜しむように、シルの唇を舌で丁寧に舐めて頬に口付けした後、優しい笑みを浮かべて告げる。
「シル、また会おう」
「はい……! 必ず……!」
シルは力強く答えた。
そんな彼女をレヴェリアは抱きしめ、頭を優しく何度か撫でた後、耳元で囁く。
「愛しているぞ、シル」
「私も、愛しています……! あなたのことを、ずっと……!」
溢れ出る思いのままに、シルはレヴェリアを抱きしめ返しながら告げた。
アパートの一室に入ったシルは鍵を掛けた後、そのまま魔法を解いた。
露わになった姿は灰色髪の少女――ヘルンだ。
彼女は自らの身体を両手で抱きしめながら、その場にへたり込む。
シルとしてヘルンがレヴェリアと過ごす機会は稀にあるのだが、終わった後は毎回こうなっていた。
あの日あの時レヴェリアに教えることがなかった、ヘルンの本当の名前。
フレイヤと名を交換したことで自分のモノではなくなったにも関わらず、呼ばれると大きな喜びを感じてしまう。
度し難い程の愚かさだ、と自身へ告げてヘルンは自嘲気味に笑った。
おもむろに、彼女は懐から髪留めを取り出す。
昨日店舗を巡っている際、お前に似合うから、とレヴェリアが買ってプレゼントしてくれたものだ。
その際、これはお前だけのものだ、と念を押すように告げられた。
以前よりプレゼントを渡される際はそのように言われる為、既にバレているのではないか、とフレイヤもヘルンも薄々感じていた。
そして、今回それは確信に変わった。
たとえ誰であろうとも……私にとって、お前は街娘のシルだ――
その言葉から察するに、レヴェリアは気がついている。
正体までもおそらくは。
だが、秘密は秘密のままで良い、としたのだ。
ヘルンは深く息を吐く。
このアパートには面倒事を避ける為、シル以外の住民はいない。
所有者はフレイヤであるが、幾つもの商会を噛ませてレヴェリアにバレないよう徹底的に対策をしている。
またシルの住まいとしているが、あくまでそれは設定上のもの。
ベッドなどの家具や調度品は一応揃えてあり、着替えなども置いてあるが生活感が無いことが一目で分かってしまう。
故に、フレイヤもヘルンもシルとしてレヴェリアをこの部屋に招いたことは一度もない。
壁が薄いから、というもっともな理由をつけていた。
「シャワーを浴びてから……いや、でもその前に……」
火照った身体を静めてからだ、とヘルンは決めた。
そして彼女は服を脱ぎ捨てて、ベッドへ向かうのだった。