「おぉ……!」
レヴェリアは目の前に並んだ料理の数々に目を輝かせていた。
団長ともなると専用の大きな天幕を使うのだが、今やそこはレストランと化していた。
いよいよ明日早朝、レヴェリアによる黒竜偵察が実施される。
昼間のうちにアルフィアや輝夜、フリュネといった他派閥にて関係が深い面々とは個別に時間を取って言葉を交わしていたが、その際、レヴェリアは我慢してどうにか口付けだけに留めた。
またその後、ある事を思いついた為、それが実行可能かどうかカサンドラに尋ねていた。
話を聞くなり彼女はすぐに寝ます、と言って隣にいたダフネを呆れさせていたが、いつものことである。
他にも様々な用事を終えたところで、レヴェリアの待ちに待った夕食となった。
ベヒーモス、リヴァイアサンの時もそうであったが、ダンジョンと比べれば補給は楽な部類だ。
故に、今回もミアに自身が食べたいものを出発前に伝えていた。
いつものようにミアは呆れていたが、何だかんだで注文したものを作ってくれることをレヴェリアはよく知っていた。
そして今、特大のステーキ、デッカイ海老をスパイシーソースで煮込んだものからフライドチキンをワッフルで挟んで甘辛いソースを掛けたものなどなど、レヴェリアが頼んでいた通りのものが揃っていた。
給仕役は熾烈な
彼女は満面の笑みを浮かべて、端っこに立ってレヴェリアを見つめていた。
レヴェリア様がいっぱい食べる御姿、とっても愛おしいんですよねー!
勿論、狙いはそれだけではない。
食後、いっぱい愛でてもらおうという魂胆だ。
「いただきます」
両手を合わせ、レヴェリアが食事に取り掛かろうとしたその時だった。
「レヴェリア、ちょっといいかい?」
天幕の出入り口から顔を覗かせながら声を掛けたフィンであったが、間が悪かったことを即座に察した。
ドラゴンも逃げ出しそうな形相で自身を睨みつけてくるヘイズ、長耳を垂れさせてしょんぼり顔となったレヴェリア。
彼女の前には美味しそうな料理の数々。
「あー……2時間くらいしたらまた来るよ」
緊急時はともかく、彼だって食事の邪魔をされれば――それも今まさに食べようとしていたところで――気分はよろしくない。
怒れるヘイズに斬撃をぶっ放される前に、そそくさと退散することにした。
そして、フィンが出ていってから数分もしないうちに、別の人物がやってきた。
「レヴェリア様、よろしいですか……?」
おずおずと声を掛けて入ってきたのはカサンドラ。
それに対してヘイズは困ったように、眉毛をハの字にしてレヴェリアへ視線を送る。
フィンは部外者だが、カサンドラは身内――それも弄りがいのある可愛い妹弟子であり、問答無用で叩き出すなどとはできなかった。
ヘイズの視線を受けてレヴェリアは問題ない、と軽く頷いてみせる。
そして、彼女は単刀直入に尋ねる。
「どうだった?」
「大丈夫だと思います。ただ……」
言い淀むカサンドラに対して、レヴェリアは真剣な面持ちとなる。
何かしらが起きるのではないか、と予期したが為に。
しかし、その考えは外れることとなった。
「その、レヴェリア様とアイズさんが……黒竜の顔にラクガキをしていました」
「あー……」
何とも言えない顔となるレヴェリアと、何のことだか分からず首を傾げるヘイズ。
カサンドラの『予知夢』に関することは、アスフィ達にはレヴェリアとフレイヤより教えられてはいた。
だが、どうにも信じ難く思えてしまう。
他人には信じられないというところまで含めてカサンドラの予言なのだ、とレヴェリアが伝えた為、ヘイズはそういうものか、と納得していた。
そして、2人のやり取りから何となく察した。
明日の偵察、アイズが連れて行けーって言ってレヴェリア様が承諾する流れですかねー?
そう考えているヘイズとは裏腹に、レヴェリアはやるだろうなという確信があった。
冒険者達の恐怖を少しでも和らげて後日の討伐を優位に進める為に、そしてこれまでの意趣返しも兼ねて。
やれるならばやらない理由がない。
「ともあれ、カサンドラ。ありがとう」
「い、いえ! その、こちらこそ……」
レヴェリアからの感謝に対して、両手の人差し指を顔の前でつんつんと突き合わせ始めたカサンドラ。
ちらちらとレヴェリアの顔に視線を向ける。
その意図を察し、レヴェリアはにこりと微笑んでカサンドラの元へ。
そして、彼女を抱きしめて頭を撫で始めた。
むむむ、ま、まぁ、いいでしょう!
目の前で展開される光景を、ヘイズは良しとした。
だが、自分も食後、同じことを――いや、それよりももっと凄いことをしてもらおうと固く決意した。
「はふぅ……」
極楽はここにあったか、と言わんばかりにヘイズの表情は緩みに緩んでいた。
自分に尻尾が生えていたら、絶対ブンブン振っているんだろうなと思ってしまうくらいには心地良い気分だ。
彼女はレヴェリアに抱きしめられながら、頭を撫でられたり耳や頬を弄られたり、たっぷりと愛でられていた。
食事が終わり皿の片付けなどが済んだ後、ヘイズがレヴェリアにおねだりした結果だ。
「レヴェリアさまー?」
さらなる行為を求めておねだりの為、名を呼んでみるヘイズだが、しかしレヴェリアは我慢した。
勿論、ヘイズとて分かっている。これは駄目元でのおねだりだ。
「ダメだぞ」
「ちゅーだけでもしてくださいー」
「ダメだ」
「むぅー……ヘイズちゃんとちゅーするのがイヤなんですかー?」
問いかけて、上目遣いでじーっとレヴェリアの黄金の瞳を見つめるヘイズ。
するとレヴェリアは彼女の耳元に口を寄せて甘く囁く。
「我慢できなくなるからダメだ」
「もう、レヴェリア様のえっちーすけべー」
そんな具合で乳繰り合っている2人だったが、フィンの訪問を忘れていなかった。
「ヘイズ、そろそろフィンが来る」
「はーい。ところでレヴェリア様、寝る時に抱き枕って必要だと思いませんか? なんと今ならヘイズちゃんが添い寝を……」
「それだけで終わらないからダメだ。これで我慢してくれ」
断ったレヴェリアは、ヘイズのおでこに軽く口づけした。
ぷくー、と頬を膨らませたヘイズだが、レヴェリアが頬をむにむにと揉んだり摘んだりして弄っていれば、にへらと笑って機嫌を直す。
そして、彼女はぎゅっとレヴェリアに抱きついて、真っ直ぐにその瞳を見つめる。
「レヴェリア様、ちゃんと帰ってきてくださいね。でないと私、泣いちゃいますから……」
ベヒーモスやリヴァイアサンと違って黒竜は情報が少ない上、封印の中はどうなっているか皆目検討がつかない。
そのような場所にたった1人でレヴェリアは赴くのだから、ヘイズが抱く不安や心配は大きなものだ。
レヴェリアはヘイズの頬を両手で包みこむようにして触れて、彼女の紅い瞳を見つめる。
「ヘイズ、改めて……お前に伝えたいことがある」
そう切り出したレヴェリアに、ヘイズは瞬きすることもなく静かに言葉の続きを待つ。
「お前と出会えて、さらには私についてきてくれて……本当に良かった」
その言葉を聞いたヘイズは、より強くレヴェリアを抱きしめて顔を隠すように彼女の首筋に埋めた。
そんな彼女の頭をレヴェリアは優しく撫でる。
「ズルいです。こんな時に言うなんて……これじゃ生殺しですよぉ……」
「帰ってくるまで溜めておいてくれ」
「うぅ、レヴェリア様のいじわる……」
その時、天幕の外に気配を感じた。
フィンがやってきたのだ。
2人が何事も無かったかのように離れたところで、タイミング良く彼が問いかけてきた。
「そろそろいいかい?」
「ああ、いいぞ」
レヴェリアが返答したところで、ヘイズが素早く動いてレヴェリアの唇をさっと奪う。
そして、すぐに離れて悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「いただきましたー! これで我慢できそうですー!」
風のように出ていったヘイズを見送りながら、やられた、とレヴェリアは苦笑してしまう。
それから程なくして、フィンが天幕に入ってきた。
「いよいよ明日、君は黒竜を目にするわけだが……正直どう?」
「想定を大きく下回ることを期待している。軽く小突いたら即死してくれると最高だ」
ストレートにぶつけてきたレヴェリアに対して、フィンはけらけら笑う。
そんな彼に対して、彼女は溜息混じりに告げる。
「もっとも、そうはならないだろう。むしろ、これまで色々と考えてきた想定を上回る可能性もあるかもしれん」
「今、君が考えている最悪は?」
「封印の中に入った瞬間、『おはよう! 死ね!』という感じでブレスを放たれるパターンだな」
「……過去、似たようなことがあったから笑えない話だね」
その事例はフローメル兄妹の故郷だ。
封印があるにも関わらず、それをも貫通してブレスは届いた。
その意図は自らの力がどれだけ戻っているかを黒竜が確認したのではないか、と考えられている。
レヴェリアが封印に入るタイミングで、黒竜がそういう事をしないとは誰も保証できなかった。
カサンドラの予言通りならば何も問題はない。
レヴェリアも彼女の事は信じているが、それでも今回ばかりは不安を拭いきれない。
「まあ、そうならないことを祈っておくさ。それはそうと一つ提案があるんだが……」
「提案?」
「偵察が上手くいったら、私と一緒に黒竜を見に行くのはどうだろうか? 慎重を期すため、1人ずつだが……」
レヴェリアから出された提案に、フィンは思考する。
映像越しで見るよりも、実際に現場に赴いた方が遥かに多くの情報を得られるのは間違いない。
また偵察に用いられる各種魔道具の数も問題はない。
偵察時に黒竜が大暴れし、レヴェリアが死亡した上でそのまま黒竜討伐戦へ移行という最悪の事態を想定している為、装備や物資、魔道具類は万全であった。
「参加者は?」
「主攻に参加する者達が優先だが、余裕があれば助攻側の主力も連れていきたい」
レヴェリアの言葉に対して、フィンは頷いてみせる。
「僕は賛成だ。【英傑】や【女帝】にも意見を聞いてみるが、2人共賛同すると思う」
「よろしく頼む」
「任せてくれ。それじゃ早速行ってくるよ」
快諾し、フィンは天幕から出ていった。
1人となったレヴェリアは軽く息を吐く。
紅茶でも飲むか、と動こうとした時だった。
「レヴェリア、ちょっといい?」
その声と共に入ってきたのはアイズだった。
彼女は決意を固めた表情をしており、その顔を見てレヴェリアは察した。
故に彼女は先手を打った。
程よい緊張感は大事だが、緊張し過ぎるのはよろしくない。
だからこそ、アイズの気を削ぐべくレヴェリアが告げた。
「アイズ、お前の用件を当ててやろう……黒竜の偵察に私も行きたい。違うか?」
ずばりと当てられたが、アイズに驚きはなかった。
レヴェリアならば自分の考えを見通してくる筈だと予想していた為に。
黒竜を前にして理性が消し飛んで怒りと憎悪で暴走するからダメだ、とレヴェリアが反対してくることをアイズは想定している。
そして、その説得の為、色々と考えてきたのだ。
「うん。だから……」
「いいぞ」
レヴェリアの肯定に、思わずアイズは目をぱちくりと数回瞬かせる。
「えっと……?」
「だから、いいぞ」
「ほ、本当に? やっぱりダメっていうのは無しだよ?」
「本当にいいぞ」
変わらぬ答えを返しつつ、レヴェリアは先程のフィンとのやり取りを説明する。
なるほど、とアイズは頷いてみせる。
そんな彼女に対して、レヴェリアは意地悪な笑みを浮かべながら尋ねる。
「もしも暴走したら、どうしてくれようかな?」
「暴走しないから大丈夫だよ」
胸を張って答えるアイズに対して、レヴェリアは手招きしてみせる。
その意図を察して、アイズは彼女に飛びついた。
大きな胸に顔を埋めたところで、すぐに気がつく。
「ヘイズの匂いがする……」
呟いて、ジト目でレヴェリアを見つめるアイズ。
とはいえ、実のところ彼女はヘイズが何をしたかを知っている。
レヴェリアの天幕を出たヘイズは、その足でアスフィ達と合流し、去り際にレヴェリア様の唇を奪ってしまいました、と満面の笑みで惚気をぶちかましたのだ。
それが引き金となってドッタンバッタン大騒ぎとなったが、いつものことなので周囲は誰も気にしなかった。
「私の匂いで上書きするから」
そう宣言してアイズは自身の身体を擦り付けてくる。
その愛らしさにレヴェリアはほっこりしながら、アイズの頭を撫で始めた。
そして、撫でながらレヴェリアは口を開く。
「アイズ、黒竜は皆で倒す。その為の戦力も装備も揃えてきた。だから、お前だけが焦る必要はないからな」
レヴェリアの言葉にアイズはしっかり頷いたのだった。