「おぉ!? マジで映ったで! さすレヴェやなぁ!」
ロキは大型ディスプレイに映った荒地をバックに立っているレヴェリアを見て、興奮気味に叫んだ。
ここはギルド本部地下『祈禱の間』。
今、ここには大型ディスプレイが設置され、北の果てからの映像と音声が届いていた。
その横ではフレイヤが後方伴侶面で腕を組んでいる。
彼女の左手にはブレスレットがつけられていたが、これはただのブレスレットではない。
かつてレヴェリアがアスフィに渡した試作型の遠距離通信魔道具。
それを改良発展させた完成品をレヴェリアはフレイヤに渡していた。
ヘッドセットはフィンとの通信に使い、フレイヤとの通信はこのブレスレットで行う為だ。
『映っているか?』
ディスプレイの中でレヴェリアがブレスレットに問いかければ、フレイヤのブレスレットから彼女の声が聞こえてきた。
「ええ、レヴェリア。映っているわ」
フレイヤの答えに対して、レヴェリアは頷いてみせる。
伝送距離を伸ばす為、専用の中継装置を現地に持ち込んでいたが、それは問題なく機能しているようだ。
今回、わざわざオラリオにまで中継する理由は神々にも黒竜を見てもらい、神の視点から意見を聞く為だ。
とはいえ、オラリオ中の神々に見せたら良くも悪くも大騒ぎになってしまうのでディスプレイの設置箇所はギルド本部地下の『祈禱の間』であった。
ここにはウラノス及び眷族達が間引きに参加している派閥の主神達、そして参加してはいないが、フレイヤから今回の話を聞いていたアフロディーテが集まっていた。
オブザーバーという立場で参加している彼女だが、その理由はレヴェリアの勇姿が見たい、ついでに黒竜がどんな状態なのか気になったというものだ。
黒竜偵察を間近に控え、神々にも緊張感が漂っている――なんてことはない。
「なーなー、レヴェリアちゃん。めっちゃ色々なことに利用できるやろ、これ」
「エッチな配信とかできるゾイ! おっと、待つんじゃヘラ」
ロキの言葉に即座に告げたゼウス、すかさずヘラのビンタが飛んだ。
夫婦のいつものやり取りだ。
このままだと一発ネタをやってくれ、とロキあたりから言われそうな予感がした為、話が脱線していく前にレヴェリアは切り出す。
『そろそろ行くからな。しっかり観察していてくれ』
その時、アフロディーテがフレイヤのブレスレットに向けて艶めかしい声で囁く。
「レヴェリア、ちゃんと帰ってきたらご褒美をあげるわ。たっぷりとね」
『楽しみにしておく』
アフロディーテがいるとは予想していなかったレヴェリアは若干驚きつつ、そう返した。
「レヴェリア、私はアフロディーテよりももっとスゴイご褒美をあげるわ」
『いや、そこで張り合うなよ……』
フレイヤの言葉を聞いて、レヴェリアはツッコミを入れる。
彼女からはフレイヤの姿は見えないが、胸を張ってドヤ顔であることは想像に容易かった。
「レヴェリア、私の方が2人よりももっとスゴイからな。色々と」
イシュタルまでも加わってきた為、レヴェリアは軽く溜息を吐いた。
そして、画面に映っている景色が動く。
レヴェリアがカメラをヘッドセットに取り付けたことにより、彼女の視点とほぼ同じとなる。
すると、神々もさすがに真剣な面持ちで推移を見守るのだった。
ルーク・ファウルは自分が偵察に赴くわけではないのに、緊張により喉がカラカラに乾いていた。
大型ディスプレイには竜巻にどんどん近づいている様子が映っている。
彼の近くには第七小隊のメンバーが集っていたが、誰もが緊張しているのがよく分かる。
特にナノ――ナタリノーエ・クラッドフィールド――は恐怖と緊張が極限に達しているのか、ルークの手を無意識的に掴んでいる程だ。
まったく仕方がないな、と思うが、彼にも余裕はない。
黒竜を画面越しとはいえ見ることは精神に多大なストレスが掛かる可能性があるとして、事前に何度も注意喚起されていた。
授業としては間引きの観戦までであり、黒竜偵察の見学はあくまで志願者のみと生徒達に伝えていたが、見ないという選択をする者は誰もいなかった。
「レヴェリア様、どうかご無事で……」
ミリーリアが祈り、コールは気を落ち着けようと深呼吸を繰り返していた。
見渡す限り、他の学友達も同じような感じであったが、ある小隊のところでルークの視線が止まった。
第三小隊の面々だ。
歴代最底辺と呼ばれたりもするが、落ちこぼれというよりは小隊のメンバーが尖り過ぎている為、連携があまり取れていない。
その結果、小隊としては成績が悪くなってしまっている。
第三小隊とは授業以外ではあまり関わりがないが、ヤバいダークエルフがいるのはルークも知っていた。
そして、今まさにそのヤバいダークエルフの少女は画面を食い入るように見つめながら、ブツブツと呟いていた。
レヴェリア様のお役に立つだのあの御方に絶対仕えるだの、ルークの耳には聞こえてきていた。
彼女の名はレギ・ギギ。
畏れ多過ぎて傍に侍るのも無理と大多数のダークエルフがレヴェリアの元へ
授業の一環として、ルークも彼女とは戦ったことがあるが1対1では侮れない存在だ。
もっとも小隊対小隊の戦闘となると、相手側の連携がまるでダメな為に余裕で勝ててしまうのだが。
「レギ、もうちょっと抑えて……」
「無理」
小隊長のニイナが抑えようとしているが、一言で切り捨てられて情けない顔になっているのが見えた。
その隣ではイグリンがふんぞり返り――恐怖か興奮か、体が小刻みに震えている――クリスティアは何故か自信満々そうに胸を張っている。
第三小隊全員、ある意味で大物と言えなくもない態度だ。
「むぅー……ルーク、ニイナを見ているの?」
そう問いかけたのは、頬を大きく膨らませて私怒ってますと明確にアピールしているナノ。
どうして彼女が怒っているのか、ルークは首を傾げながら素直に告げる。
「いや、違う。レギだ」
「……ダークエルフがいいの?」
涙目になりながらナノは問いかけた。
何でそういう反応になるか、ルークはますます訳が分からない。
ミリーリアとコールは察している為、微笑みを浮かべて2人のやり取り見守っている。
恐怖や緊張はいつの間にか無くなっていた。
「わ、私だって負けないんだから!」
「何なんだ一体……?」
謎の宣言をするナノに、ルークは思いっきり首を傾げた。
目前にある竜巻を仰ぎ見て、レヴェリアは深呼吸をした。
いよいよ、彼女は『風印』へ足を踏み入れる。
野営地を出発する際、弟子達も含めて挨拶は済ませていた。
その時、カサンドラに最終確認をしたが新しい予知夢は見なかったとのこと。
ならば、あとは成功を信じて実行するだけであった。
竜巻への入り方は風精霊の力が込められたモノを身に着けていれば良いという。
外套でも護符でも何でも良い、とゼウスが言っていたのでレヴェリアは護符を持ってきていた。
竜巻の間近まで来ていても、風による影響を一切受けていないことから、彼の話は正しかったとレヴェリアは判断している。
『レヴェリア、大丈夫? 応援いる?』
いざ進まん、と足を踏み出そうとした時にブレスレットから聞こえてきたフレイヤの声。
応援という単語で、かつての派閥大戦時にフレイヤがやっていたことがレヴェリアの脳裏に蘇る。
レヴェリアは深く――それはもう深く溜息を吐く。
「おい、たわけ。帰ったら覚悟しておけよ」
『ひぃん!? なんで!? 私、変なことは言ってないわよね!?』
『派閥大戦の時のアレでしょ? そりゃそういう反応になるわよ』
『あれのおかげで、お前の威厳が消し飛んだのは笑えたな』
三女神のやり取りを聞きながら、レヴェリアは心の中では感謝する。
無意識的に力みすぎていたが、それが程よく緩んだことに。
『……レヴェリア、全部こっちにも聞こえているからね?』
ヘッドセットからフィンの声。
彼の言う通りであり、このやり取りもしっかり共有されてしまっていた。
すなわち、冒険者達及び『学区』の生徒達にも丸聞こえだ。
「すまない、ただ……少し力みすぎていた。フレイヤのおかげで、ちょうど良くなった」
『ねぇねぇねぇ、聞いた? 私のおかげだって! もうレヴェリアったら! ツンデレなんだからー!』
『フレイヤ、お願いだから少し静かにして頂戴』
ドヤ顔をしていることが容易に想像ができるフレイヤと呆れていることがよく分かるヘファイストスの声。
レヴェリアは苦笑しつつ、短く告げる。
「まずは触れてみるぞ」
そして、彼女は意を決して竜巻に向けて歩き、目前まで迫ったところで足を止めてゆっくりと手を伸ばす。
恐ろしい勢いの竜巻に手など触れようものならば一瞬で千切れ飛ぶだろうが、そうはならなかった。
そよ風が当たっている程度にしか感じられない。
その旨をフィン達と神々に伝えた後、すぐに封印に入るのではなく、まずは祈りを捧げることにした。
我が身を犠牲にして黒竜を封じてくれた大精霊『アリア』、黒竜をこの地に追いやってくれたアルバート、そしてこれまでモンスターと勇敢に戦い、散っていった数多の名も無き戦士達に対してだ。
短い祈りの後、レヴェリアは各種装備が整っているか、その最終確認を行う。
出発時にも確認しているが、念の為だ。
全て揃っていることを目視で確認した後、透明化の魔道具を起動させた。
「行くぞ」
ゆっくり彼女は歩みを進め、竜巻へ入った。
先程竜巻に触れた時と同じように、そよ風が当たっているようにしか感じられない。
しばし歩けば、そよ風は徐々に弱くなりやがて完全に消え失せた。
竜巻を抜けて封印の中に入った証拠であり、同時に視界に飛び込んできた光景にレヴェリアは息を呑んだ。
そして、カサンドラの予言が透明化の魔道具の有無で変わった理由を嫌でも理解した。
地面には膨大な灰が積もっており、巨竜達が屯しているのが遠くに見えていた。
そのどれもが
大きさはそこまで変わっていないように見えるが、体色が明らかに違う。
緑や黄、赤など竜の体色は様々だが、見える範囲の竜達はどいつもこいつも黒一色に染まっている。
魔石を大量に食っただけではこのようにはならない為、黒竜の影響であることは明らかだ。
もっとも、だからといって竜達が共食いをしていないという保証もない。
むしろ、共食いをした上で黒竜によって強化されているという最悪の可能性を考えておいたほうが良いくらいだった。
「透明化の魔道具が無ければ、そもそも偵察自体不可能だった……そういうわけか」
レベル9やらレベル10やらの竜達の強化種を倒すことは可能だ。
しかし、この封印内で戦闘になれば黒竜が一瞬で目覚めるだろう。
つまるところ、偵察に必要であったモノは取り巻きの竜達に気づかれず行動できる道具というわけであった。
なお、竜巻内は
レヴェリアも
勿論、竜達が彼女の存在に気がついて戦闘態勢に入れば話は別だ。
声を潜めてレヴェリアはフィンに尋ねる。
「見えているか?」
『ああ、見えているよ。予想していたよりは竜が少ないね』
「確かに数は少ないだろう。問題は質が高いことだ。神時代でよく言われる、量より質をモンスターまで真似しなくてもいいんだが……」
『よろしくない予想の一つが当たってしまったかな』
「黒竜関連の予想はよろしくないものしかないだろう」
そう返した後、彼女は結論を告げる。
「黒竜には同族を強化する能力があることは間違いない」
その直後、ブレスレットからゼウスの声が響く。
『うぅむ。昔はそんな能力は無かったか、あるいはあったとしても大して影響のない程度じゃったのじゃろうが……封印されとる間、得たのかもしれんのぅ』
「『下界の未知』は下界生まれである黒竜にも適用されたようだな」
からかうレヴェリアに対して、ゼウスは笑って誤魔化す。
個神的には面白い、興味深いと思っているのは事実であったが、さすがに表には出さなかった。
そこへフレイヤが尋ねる。
『ねぇねぇねぇ、レヴェリア。ということは、最悪のパターン……恩恵の強制封印能力を持っていることもありえるのかしら?』
「かもしれん」
レヴェリアは黒竜が得ているかもしれない未知の特殊能力について、想像できるものを全て纏め、神々やフィン達に意見を求めたことがある。
荒唐無稽なモノからありえそうなものまで様々であったが、その中には恩恵強制封印もあった。
それは無い、と誰もが口を揃えて言ったものだが、もしかしたら持っているかもしれない、という疑念が湧いてきていた。
まったくどうしたものか、とレヴェリアは溜息を吐いてしまう。
だが、ここで話をしていても始まらない為、彼女は言葉を紡ぐ。
「ともかく、まずは黒竜の姿を拝もう」
そう告げた後、彼女は事前に伝えていた注意事項をもう一度告げる。
「再三伝えていることだが、画面越しでも精神汚染等の影響を受けるかもしれないから、各自十分注意をしてくれ。また治療師は万が一に備えて、以後画面を見ないように」
レヴェリアはそう告げて、封印の中を進み始めた。